IQ [ 愛Q ] [サクカカ]

 

イチャパラはもちろん俺の愛読書で、人生の指南書だ。
男女間の機微はもちろんの事、それらを通して、人生たちが引き起こす摩擦や力や美しいもの醜いものすべてが網羅されていて、熱烈で強烈な愛読者である俺は、これだけで語れば、人生の達人と言ってもいいだろう。

・・・・まあ、当然のことながら、実際はそれからは、ほど遠い。
そうだな、たとえば、

「俺はサクラが好き」

という、こんな簡単なことすら、俺にはわからなかったのだ。



病室の白い天井を見上げて、ひたすら拗ねていた時。
ココにいても、本当は俺は癒えていなかった。
ちょっとでも気を抜くと、グッと意識の奥深くに引きずり込まれ、戦闘時の写輪眼への負荷がそのままよみがえり、俺は寝たまま何度もぶっ倒れる。
猛烈な頭痛に覚醒して、病室に誰もいないことを確認してからのたうち回る。
チャクラで脳の血管をなだめて、やっと息をする。
こんな状態だから、なかなか回復しないのも、仕方がない。
治療らしい治療がない状態らしく、俺は持久戦のように感じていた。
五代目が来て、テンゾウがこっそり来て、ナルトが心配そうに来て、いろんな連中が、疲れ切った俺を見舞っていったが、

サクラだけが来なかった。

比較的、意識が澄明な時はそのことを覚えていたが、自分と闘っているときは、当然のごとく、意識からすっ飛んでいた。
そして、冷えた汗に全身身震いする頃に思い出すのだ、まだ、サクラの顔を見ていないことに。
その頃には、俺は、自分のサクラを思い出す「感じ」を「縋るようだ」と気づいていた。
見舞いに来たナルトにそれとなく聞いたことがある。
「サクラはちゃんとやってる?」
と。俺の質問は特に変じゃない。チヨバア様があのような最期を遂げたのだ。ごく自然な問いかけだ。
しかし、ナルトはちょっと詰まると、
「変わった」
とだけ言った。
「変わった?」
俺の掠れた声に、ナルトは頷くと、
「俺が前に進むみたいに、サクラちゃんも進んでる」
ああ・・・
「会えば、俺の肩を思いっきり叩いて、昔のサクラちゃんだけど、」
ああ・・・ナルト・・
「ははは・・・ちょっと寂しい感じもするってばよ」
「そうか」
ナルトはナルトなりに、自分や同期の成長を、そう捉えていた。
もう、戻れない。
それがどんな居心地のよい過去だとしても。
「でも、俺は安心したよ。もう少し、このまま休めるな(笑)」
「そりゃあいいけど・・・早く良くなれよ、先生」
ナルトのまっすぐな純粋な目は、本当に愛おしくて俺はつかの間の甘い感傷に浸る。
思わず出した俺の手を、戸惑いながら握って、「また来るよ」とナルトは出て行った。
俺はベッドの中に潜り込む。
サクラは・・・・サクラも、頑張ってる・・・・
何度も口の中でそう繰り返して。



夜、何度か目を覚ます。
気の早い落ち葉が窓を擦って、空箱を叩くような軽い音を立てることを、俺は知っていた。
また、その音に目を覚ましたらしい。
最近は、頭痛の頻度も減ってきた。それでも、自分の記憶はどうしようもなく、写輪眼を使ったときの、人間の器を度外視した急速な消耗を思い出すたびに、俺は怯えた。
許されるなら、怖いと叫びたかった。
これを得た運命を呪って、またえぐり出して、自由になりたかった。
そのたびに、タイミングを計ったように、五代目やナルトが見舞いに来る。俺は、彼らの中に、俺にもある絆を強烈に感じ、ああ、これも俺を離さない運命なんだなと、諦めてまた拗ねる・・・・・・

「ずっと来れなくてごめんなさい」

俺は飛び上がった。
不意に聞こえた声は、錯覚でも、幻聴でもなく、ベッドサイドに立つサクラだった。
「サ・・・サクラ・・・」
「こんな深夜にごめんなさい」
「いや、いいよ。気がつかなかった」
サクラは、夜目にもわかる優しい笑顔で、俺の胸元の掛け布団をそっと抑えた。
「先生、なんか、寝てたから。まだ疲れてるのね」
その無垢な優しさに、俺のネガティブのすべてが、皮膚を突き破りそうになる。
「縋る」ってこれだったのか。
「頭痛が酷いんだ」
誰にも言わなかった、言えなかった言葉が、滑らかに出る。
サクラは、優しいまなざしを俺に向けたまま、そのひんやりした手で、俺の額に触れた。
「あ・・」
思わず声が漏れる。
脳の底に溜まった澱が、みるみる流れ去るような心地よさだった。
「サクラ・・・」
「どう?先生・・・」
「凄い・・・楽になった・・・」
驚く俺を、嬉しそうに見て、サクラはその手を今度は俺の首筋に当てて、また何か治療している様だった。
「五代目と私とで、今、開発中の術なんです」
「医療忍術?」
「そう」
落ち葉がまた窓を擦る。
深夜の病室に、その音は大きく響き、でも夜の暗さは、俺の神経を静かに積もらせる。
サクラの手は、いつの間にか、俺の首や頬の辺りをそっと撫でるようになって、傷ついた俺を慈しむような医療忍術は幸せに継続した。

もし、明るい場所だったら
ここが、病室でなければ
今は、俺が病人だから

つまり、ココは暗くて、俺は治療が必要な病人だから、この状態が成り立っているのだ、と。
色々な思いが脳裏を掠めたが、ベッドに横たわって、サクラの手のひんやりした暖かさを感じている俺に、しかし、すべてはご託宣だった。
つまり、自然だった。

気がつくと、俺の意識に、別なものが混じっている事に気づく。
それは、胸を詰まらせて、叫びたいのを堪えて、でも、重い枷と共に立ち上がるような、前のめりになるような感情だ。
独りで耐えてきた病室での感情にシンクロする・・・・
俺は自分の涙に気づき、慌てて拭おうとして、サクラに止められた。
「感じる?先生」
「サクラ・・・」
「私、最後まで頑張ったの」
ああ・・・・・・・これはサクラの感情と記憶。
「憎かったわ。憎んで憎んで、でも、最後にチヨバア様の意識が私に入ってきて」
「サクラ」
「いろんな人間の行動には・・・必ず原因があるのね」
サソリのことか。
慟哭して、泣き喚いて、でも、自分の足で立っている。
ナルト、俺も寂しいよ。
凄く嬉しいのに、とても寂しい・・・・
「先生」
サクラが問いかけるように俺に言う。俺が目をあげると、何も言うなと俺の唇を、その指でそっと押さえた。
「先生」
それは、もう、サクラの中の呼びかけで、そして俺は、理解していた。

これからサクラにキスされること。
それを黙って受け入れて欲しいとサクラがお願いしていること。
俺に選択の余地はないのに、俺は多分それを自由に選び取った。

サクラの指が離れて、両手の平がゆっくり俺の頬を挟む。
サクラの顔がゆっくり近づいて、暗闇でもサクラの唇が光の小さな粒を乗せているのを見た。
薄い皮膚の、心地よい感触が、俺の唇に押し当てられて、
それでも、俺に背徳感はなかった。
明るくても、病室じゃなくても、俺が弱って無くても、
俺は多分、こうしたし、サクラはこうしただろう。
キスは、当たり前の挨拶みたいに、やっぱり俺たちにとっての自然だった。
ゆっくり鼻から息が漏れ、それはかなり長かった。
「心配したのよ、先生」
今度はサクラが泣いている。
俺の胸は、そこに心臓があるとわかるほど、キュンとした。
サクラが、成長株の若い忍者が、いずれ俺を追い越してこの里を背負う若い命が、ああ、まだ俺を必要としてくれている。
それは自己満足な自負でもあったが、効率や計算外に、俺を必要としているサクラの内面を俺に気づかせる。
俺は単純に、嬉しかったのだ。
「大丈夫だよ、サクラ。それに」
「ん?」
「新しい医療忍術で、すっかり良くなった」
俺がそう言った瞬間のサクラの顔を、俺は一生忘れないだろう。
堪えていた雑多な感情が一気に爆発したみたいに、サクラは泣きながら笑っていた。
眉が下がって、目は細くなり、綺麗に笑っているのに、鼻先が赤くなって、涙がボタボタ落ちてくる。
「ばか、ばか、先生の、ばか」
そう言って。俺の頬を強く手で撫でた。
「サクラ・・・・どうした、サクラ?」
「ばかねえ、先生」
俺は唇を震わせて、やっとそう言うサクラを唖然と見返す。
「そんな都合のいい医療忍術なんて」
「・・・え?」
「あるわけないじゃない」

俺はゆっくり理解する。

額に手を当てられて
首や頬を撫でられて  
キスされた

だけ

だったと

ああ、そうか

俺は、サクラが好きなんだ・・・・・

「サクラ」
「忍術だと思うほど、効果があったのね(笑)」
「サクラ」
サクラが溶けるような笑顔で、俺の鼻に鼻を擦りつけた。
「こんなに俺が回復するってわかってるのに」
「(笑)」
「どうして、すぐ来てくれなかったの?」
サクラは、またクスクスと笑って、
「その処方箋(レシピ)は、五代目よ」
と言って、また、俺に口付けた・・・・



あのあと、数日で俺は退院した。
戦争中だから、そしてやっぱり先生と教え子だから、俺たちは大っぴらに付き合うこともなく、時間があれば、互いの近況や気持ちのあれこれを話して、支え合っていた。
サクラは、成長期の若者らしく、本当に生き生きとして俺にはしばしば眩しかった。
たまに俺をジッと見て、
「先生も、先生じゃないのね」
と哲学的な事を言ったりする。
「どういう意味?」
「ずっと先生だったのに、今の先生って、男の子にしか見えないから」
男の子って、サクラ、俺、30才・・・・
でも、人気がないところで、時々、その胸にギュッと抱きしめられたりすると、サクラの言っていることがわかる気がする。
俺も負けずに抱きしめ返して、こんな稚気で元気になる俺たち自身が愛おしかった。
それは、俺たちが主人公のイチャパラを読んでいるような不思議な感傷だった



でも、あるときの抱擁は、いままでと勝手が違って。

その日、久しぶりに会えた俺たちは、もう、当たり前の様に抱き合った。
「先生、来週、予定ある?」
いきなりそう聞かれた。
放課後のアカデミーの教室は、もう生徒もいない。
「来週?・・・大丈夫だけど・・・なに?」
サクラは、ちょっと頬を赤らめて、俺はそれに見とれた。
「先生の部屋に行ってもいい?」
心臓が喉でドクンといった・・・気がした。
真打ち登場のレシピが五代目直伝とまで言われて、俺の気持ちに恐怖という名のストップがかからないわけがない。
つまり、俺たちはまだ綺麗だった。
「私の誕生日なの」
一気に理解する。
それじゃ、俺の誕生日って・・・
ああ・・・・・
あの日の・・・・・
「サクラ・・・」
その時の俺は、本当の事に気づいた感動と、いままで気づかなかった自分の鈍感さと、すべてご存じの五代目への遠慮と、社会的な先生という立場と、いろいろ混じった複雑な顔をしたに違いない。
ちょっとあいた間に、サクラが弱々しく言った。
「ダメ、かしら?」
俺は慌てて首を振り、サクラを力いっぱい抱きしめた。
「おいで」
うんと小さな返事をして、サクラが笑む。

そうか。
誕生日だったんだ、俺の。
その可愛らしい彼女(と五代目)の思いつきは、俺を改めて幸せにする。
その瞬間だけ、サクラが幼い生徒に見えて、俺はその溶けるような感情を味わった



そして

世界の色が変わるくらいの気分の高揚なんて、イチャパラだけの話だと思っていた年齢の割に幼い俺は、サクラを部屋に迎えて、それすら控えめな表現だったと知る。

その時の話は、また後日・・・ね。


2015/09/12



ちょっと無理矢理誕生日につなげちゃったなあ~
続きは、サクラの誕生日に書こうかな、と(笑)
需要があれば、メッセージくださいねえ~