分岐点の朝




色が濃くなりはじめた日差しに、柔らかな毛布のほこりが舞う。
いつもの癖で、起き上がりながらベッドの下に足を下ろした。
そこまでは意識しないでできた。
息をつくと、背後でカカシが目覚めた気配がした。
鼻にかかった吐息が聞こえる。
振り返った。


心臓が身体一杯に大きくなったかのように、その激しい拍動でサスケの呼吸すら苛む。
たぶん一瞬を見ているのだろう。
脳のどこかでは、その永い一秒をゆっくり数えている。
わかっている・・・
カカシも黙ってこちらを見る。
眩しくなるであろうオレンジ色の朝日が、少し開いたカーテンから差し込む。
カカシの色の薄い虹彩が傾いたその日差しに白く飛び、敵前では酷薄なその様は、いまはとてつもなく優しく痛い。
時間も人生も憎しみも喜びも、もう何もかも、それらが一つに収束して、サスケは燃え尽きそうにカカシを見た。
銀髪が淡く輝き、あたりを朝日の照り返しで明るくしていた。



昨夜から続く時間の流れは、もっと生々しく視床下部を揺さぶるもののはずなのに、なぜかめぐるのは、カカシの闘いに明け暮れる生。
装飾した外面とは異なり、実は使命の前に痛いほどストイックな生き方だった。
何でだろう・・・・・
考えて答えが出るものではないことはわかっていた。
でも、サスケは何度も何でだろうと心で繰り返す。
  「もう帰れ」
不意にカカシが言う。
どうにでも変われたであろうその表情は、いま、少しだけ不機嫌さを含んだように見えた。
  「・・・ああ」
乾いた相槌は耳鳴りを伴って、自身の頭蓋内に反響する。
そして・・・


びっくりしていた。
すべてに名前がついて、一気に理解が進む瞬間のように、カカシの帰れという一声はきっかけだった。
確かに、思い出せる。
気をやりそうになって手の甲を噛んだ、後ろから見るカカシの顔。
喘ぐだけだったのに、それすら抑えたものだったのに、サスケが思わず呼んだ声に「いい」とたった一言返したこと。
若く、飢えた視覚と聴覚は獰猛にそれらを記憶したが、それだけだった。
今までの自分なら、帰れという発言にとことん食い下がったろうと思う。
実際、カカシをはじめて抱けたのは、嫌われてもモノにしたいというしつこさの結果だったのだ。


サスケは立ち上がり、手をそっと差し伸べるような空気で、カカシを見た。
不機嫌そうにこちらを凝視して、でも、ああ、もう俺の手の中だ。
帰れと言いながら、多分俺を拒まない。
視線で俺を跳ね返しながら、ひっくり返して腰をさすれば、俺を欲しがる。
カカシの身体は俺の日常になったって事・・・
あれほど欲しかったものを手に入れて、俺はわかってしまったのだ。


いたわる空気をまとって見下ろす俺を、カカシは不審げに見た。


もっと欲しい。
カカシのすべて、丸ごと欲しい。
俺の無意識は、だから戦闘中のカカシを浮かべたんだろうか。
  「サスケ?」
  「今度、修行に付き合ってくれよ」
  「え?」
まだ俺の知らないアンタが見たい。
早く、アンタの見ている景色が見たいんだ。
  「・・・い・・いいけど・・・・」
独りよがりな俺に振り回されて、でも、俺の発言に、ちょっとだけ微笑んで応えたカカシ。

その表情にまたサスケの心臓が拍動して、その指はシーツの上のカカシの指に触れた。



2008.01.20.