炎天下




真上にある太陽はジリジリと髪を焼き、噴き出す汗は、流れ落ちる間もなく蒸発した。
汗を拭こうと顔を拭った手は、ザラリとした塩を払っただけ。
いろんな生き物がいるはずの森は、死んだように黒く動かない。
道端の野草も、乾いて色をあせて見える。

白く乾燥した道の上をぼんやり見つめる。
蜃気楼みたいに、まわりの景色が浮いて見えそうなくらい、空気が大きく揺らいでいた。

  「あちい~~・・・・」

つぶやく声も蒸発しそうだ。
それでも、苦行のように我慢して、ナルトは道の向こうを見る。
  「来ないなあ~・・・サクラちゃん」
その声が、どんよりとした空気を伝い、離れた所のカカシにまで届く。
  「ちゃんと言ったのか?ナルト」
カカシは、乾燥した草むらの中に突っ立ち、こちらは南の空を見上げている。
  「言ったってばよ」
カカシは僅かに頷いたようだったが、会話はそれ切りだった。
適当に間を開けて置かれた石ころのように、二人は炎天下、同じ座標に立ち尽くす。


最も地表が茹だる昼過ぎに、何の遮蔽物もなく立つ二人は、時折、奇跡のように吹く風に、息継ぎのような浅い呼吸を繰り返す。
その瞬間だけ、ちょっと暑さが和らぐので、いつの間にか、風の気配だけを読んでいる。

  「本当に凄かったんだってば」
突然、ナルトが言った。
太陽の光線は激しすぎて、光さえ失うくらい、直接、地上を焼いている。
  「・・・ふうん」
カカシは、疲れて吐く息のついでみたいな返事をする。
  「一瞬、空が曇ったかと思ったくらいだよ」
カカシは今度は返事をしない。
  「先生!!嘘だと思ってるんだろ?」
はあ、と暑さにめげながら、カカシが返す。
  「嘘だなんて思ってないよ。ただ、」
  「ただ、何だってば?」
  「大げさだなあって」
もう、とナルトがヘソを曲げ、カカシは乾いた声で笑う。
  「サスケも来ないじゃないか」
ナルトは「サスケにも言ったのに」とつぶやくが、それはカカシに看破される。
  「言ってないな?」
  「・・・サクラちゃんだけでいいってばよ」
  「そうか。じゃあ、俺も邪魔だな」
カカシが言って、ナルトも笑う。
でも・・・

  あれ?

  先生がいないと・・・・

ふっと何回目かの風が吹く。
つられて振り向くと、カカシが飽きもせず、南の空を見上げている姿があった。

  先生がいないと・・・・つまんないってば・・・・

  「ナルト、今日は見られないみたいだな」
ナルトの視線に気づいて、カカシが言った。汗を搾り取られて、喉がカラカラに渇いているせいか、その声は少し掠れている。
  「うん」
と返して、大きく溜め息をついた。
来た道を戻り始める。
カカシもノロノロと歩き出した。
  「俺も見たかったよ、その・・・」
  「蝶の大群」
  「うん」
カカシがナルトの隣に並び、ナルトは、時折、背の高いカカシの影になった。
  「サクラ、来なかったな」
カカシがナルトを気遣うように言う。
ふっと心をよぎる感情の波が、掴みきれない複雑な模様を刻む。
サクラもサスケも、今は、思考の外にある事を、多少の後ろめたさと驚きをもって、ナルトは確認する。
白い道の向こうは、相変わらず熱に浮かされているように歪んでいて、
でも、うんざりするこの道程を、気に入っている自分がいた。
  「明日も来ようか、先生」
  「ふふふ・・・熱心だなあ、お前」
イヤだとも疲れたとも言わず、笑って応えるカカシに、何故が心臓が切なくなって、ナルトは思わず駆けだした。
  「あ、こら、ナルト!!」
カカシが叫んで後を追う。
  「ただでさえ暑いのに、お前は・・・おいってば!!」
出遅れたカカシの声が遠くなり、ナルトは大笑いしながら、笑っている自分に気づく。
思うより先に、身体が自然に喜んでいるみたいだった。


余程駆けた後、ついにカカシの手が、ナルトの服を掴んだ。
笑い声と共に引き倒されたとき、切り取られたように青い空が見えて、
身体が気持ち良く伸びるのを、ナルトは感じていた。



2009.06.19.