夏の皮膜 [1]



再会はあっけなく、テンゾウは、本当は何もかもがどうでもいいくらいには、自暴自棄になっていた。
心の中、だけの話だが。
いくら自分がダメージを受けても、暑い日差しにうんざりしても、里は、彼を必要としていたし、
どうでもいいと言う割には、実際は、一番大切だったから、それは、ただの気持ちの問題だった。

早朝の殺風景な部屋は、いつかの消毒液の匂いに満ちた空間に似て、何度か目の深い溜め息を吐く。
薄い色のカーテンを透かして、昇りはじめる前の太陽の明るみが僅かに室内の空気を青白く見せていた。
目を覚ましたままの姿勢で、また、考える。
確かに、何度か寝た。
あれ、違ったかな、と思って、目をつぶる。
カカシの裸や性器の形を、想像を入れないで思い出せた。
喘いだ声も思い出せる。
ああ、やっぱり、抱いた。
つかの間、安心する。
  「僕だけ・・・気持ち、入ってたのかな?」
テンゾウはまた息をつく。
九尾を語る生き生きとした彼の姿は驚きだった。
今にして思えば、テンゾウもカカシの立場だったら同じだったろうと思う。
カカシと自分の違いは、九尾のことを考えて生きた時間の長さの違いに過ぎない。
でも、その簡単なことにしばらく気がつかず、嫉妬するくらいには、テンゾウは混乱していた。





  「懐かしいですよね」
緑が濃く茂って、風に大きくざわめく。
ひときわ大きなブナの木の、その木陰に二人はいた。
会話の中心は、任務についての話だったのに、テンゾウは強引に話を過去に引っ張る。
森の入り口の演習場には、確かに懐かしい共有の記憶があるはずだった。
が、それまで饒舌だったカカシは、それには応えない。
テンゾウの足下にかがんだまま、まぶしそうに風の向こうを眺めている。
目を細めたカカシの睫毛が、地面の光に反射して、
  『ああ・・・』
初めて彼を見たときの手が届かない感じが、今はテンゾウを激しく魅了した。
  「なあ、テンゾウ」
カカシが今までとは全く違う雰囲気でそう言って、固定させていた視線を、ゆっくりテンゾウに向ける。
はい、と喉の奥で言って、テンゾウもカカシを見下ろした。
  「あいつはねえ、ナルトって言うんだよ」
  「え?」
しかし、カカシはすぐに視線を遠くざわめく森に向ける。
カカシが何を言おうとしていたのかはわかる。
九尾を抑える木遁の話の流れが、そう、九尾と引っかかり無く言える自分に対する、それは楔のような一言だった。
その唐突な発声は、テンゾウをがんじがらめにして、そのまま、時間が風のように流れ、会話が繋がるタイミングはなくなった。
テンゾウが足で地面を引っかき、ザリっという音がしたぎりだった。

あのあと、もう、ゆっくり話すような時間もなく、もとよりあったとしても、気まずい話の続きなど出ようはずもなかった。
カカシがどう思っているのかはわからない。
そしてテンゾウは、そのときの緑の風の中に、消化不良の会話を置いたまま忘れたように任務に専心した。





気づくと、もう、太陽が顔を出したらしく、青白かった淡い空気の中を、濃いオレンジ色の輝線が射している。
その斜めに射す光を手のひらに受けて、テンゾウはまた考える。
初めて寝たのは、何度か共に任務をこなした後だった。
その時間は、任務には全く関係がない時間で、そのことが、テンゾウにある種特別な感情を抱かせる原因になった。
任務でしか会ったことのないカカシに、街の中で会ったのである。
銀髪だが、いまどきの様子のカカシに、瞬間は気づかなかった。
こちらを見ているらしい青年に、目をやると、笑んで手を上げる。
  「やあ」
  「カカシさん?」
カカシは大きく頷くと、マスクを下ろすジェスチャーをして見せる。
素顔のカカシはとてもハンサムで、左目の傷すら認識できないほど、魅力的だった。
  「わかりませんでした」
弾む鼓動を抑えながらそう言うと、
  「俺はすぐわかったよ」
と、笑っている。
声も、纏う空気も、なにもかも、暗部の時とは違うのに、でも、その実態は確かにカカシで、カカシの家でカカシと同衾しても、その、不思議な感覚は持続していた。

寝ることになった経緯は、今も正確に気持ちの変遷を思い出せない。
『あの写輪眼のカカシが』と感じる間もなく、彼の部屋に行き、
  「・・・なあ?時間、あるんだろ?」
という控えめな問いかけのあと、気づくと、テンゾウはカカシを抱きしめていた。そうしないといけないような空気に引きずり込まれた感じだった。
自分より背の高い身体を抱きしめる。引き締まっていて、しっかりした骨格で、でも、こういう事には受け身な線の細さを感じた。
テンゾウ自身、男を抱いたことも、男に抱かれたこともある。でもそれは、互いに身体を貸し合うレベルで、二人でやる自慰に過ぎなかった。確実に、今この瞬間の状況とは違う・・・・
抱きしめて、凄く近い位置で、任務の時には見たことのないすっきりした目鼻立ちのカカシが、声を出さないで、
  『大丈夫?』
とテンゾウを見る。
男を抱ける?ときいているのだ。
頷いたのは、もう、自分の意志なのか、流れに巻き込まれたのかわからない。
返事をするかわりに、テンゾウはカカシの首筋に鼻を押しつけた。
  「あ・・ね、こっち、来てよ」
カカシが身じろぎして、テンゾウを引く。襖を開けて、隣の部屋に連れて行かれた。
そこには寝具がのべてあり、テンゾウはちょっと驚いてそれを見た。カカシがちょっと赤面して、開けはなたれていた縁側の障子を閉める。
  「・・・いやだな。準備がいいなんて思うなよ」
  「え、あ、いや・・・」
  「今日は飲んで帰るつもりだったんだ」
そう言って、少し照れたようにしながら、それでも事務的に服を脱ぎはじめた・・・・

付き合っているという明確な確認もなかったが、妙にタイミングが合って、その後も一ヶ月と間を置かず、カカシを抱いてた。
でも、その身体を手に入れている間は、実感がなかった、というのが正直な気持ちだ。
ただ、一度だけ、同僚に漏らしたことはある。
カカシの名を明かしはしなかったが、身体だけで、しばらくつきあっている相手がいると。
  「そいつ、お前のこと好きなんだろ」
  「!・・・そうかな」
  「でなきゃ、タイミングなんて合うわきゃない」
へえ・・・とテンゾウは思う。
何かに気づいたとしたら、そのときだった。
そして、それがどうにも展開しないことにも焦れ始めていた。

2009.07.04.


サルベージ祭り(笑)
2015/09/26、再アップ