薫風


死んでいることと、生きていることがどれくらい離れているかなんて、
その時々の「感じ」で、どうとでも伸び縮みする。

咲き誇る北国の桜の花霞から、気まぐれな風で嵐のように花片が散り乱れ、季節外れの大雪みたいに自分の上に降り注ぐ。
花弁の一つ一つが、出来のいいレフ板みたいに、瞳を光でチクチクさした。
あっさり負けて瞼を半ば閉じ、厳冬の間にため込んだ潤沢な水分で、柔らかく綻ぶ土の上に立って、春って事だけで騒ぐ身体の勢いを感じていれば、

イルカは軽く息を吐いた。

  「意外に死は近い」

そう感じて。

それは散り急ぐ桜のせいかもしれなくて、自分の感想は、その程度の心許ないものかもしれなかった。
ぼそぼそと歩くその土は、緩くぬかるみ、柔らかく僅かに足を沈める。
スムーズには歩けない感じが、ふいと「生」を滲ませて、ちょっと笑む。

  「滅茶苦茶だ、俺」

ほの暖かく背に当たる春の陽は、本当は背中合わせのハズの冷たい存在を、一瞬溶かして曖昧にした。誰もがそうであるように、自分も生きている以上、器用に色々やり過ごしているという当たり前は、生者の愚かしい優越をやっぱりイルカにも感じさせる。

ぬかるみに足をとられ、肉体の当たり前の呼吸が、なぜか人生の小休止のそれと重なるような体をして、思わず前を見た。

  「ああ・・・」

煙るように、花びらは印象派の点描の様に鮮やかで無様で、

  「ああ・・・」

こういう凄惨で残酷な景色に、彼は凄く似合うのにと、イルカはそう思う。
だから、ほんとうに、その桜の血の色の向こうにカカシを見たイルカは、ちょっと「生」から遠ざかった気がする。

  「イルカ先生!凄いね、桜」

血色のよくない長身の銀髪は、でも、その距離が近くなるほど、無造作で雑な印象に、整った肢体が重なっているような、相変わらず不思議な感じがした。
冷静な、シンとした容姿なのに、声が暖かくて無邪気だ。

  「あなたも花見ですか?」

自分の声が場違いに低く、その地味な感じは、でもイヤじゃなかった。

  「ああ、そうなんですねえ、俺、」

  「?」

  「花を見に来たんだ。そうかあ」

柔らかい落ち着いた声は、作だけは派手なカカシの外観に、蜂蜜みたいに別な空気をまとわりつかせ、それに気づくときは、いつも、とても魅力的だった。

イルカが何か言う前に、カカシが説明する。

  「イルカ先生と知り合う前の俺に、花見なんていう行動パターンはなかったってことですよ(笑)。今だって、俺は自分の行動の目的も判然としないまま、漫然と歩いていたんですからね」

  「(笑)」

たぶん無意識に「知り合う前」と言ってしまうカカシに、自分たちはもう、そういう間柄なのだ、と改めて意識させられるような気がした。
桜の嫌らしいまでの「生」と、だからこそ感じるほの暗い「死」の印象は、この人の出現で、よりその対比を強くする。でもそれは、この人の「外観」からの連想であって、逆に、優しくされたいクセに「乱暴にして」とか言うこの人の、乱暴になんかできやしない俺を見越した内面の計算は、人間的で安心できる。

  「先生に言われて、初めて認識しました。俺は花見をしてるんだって」

  「へんな言い方」

  「そうですか?ええ?どこが?」

カカシは、来た方向に身体を向け、今はイルカと並んで歩く。

  「任務報告とか、忍術解析とか、そういう感じです」

  「そうかな?ま、合理的で簡潔ってことですよね。じゃあ、よしとしよう」

イルカは喉の奥で笑った。
黒い地面に、濃淡をつけて降り積もる桜のわざとらしいコントラストが、作り物めいた造作を通り越して、「生」の凄みを放射している。
そのまま視線を横に流す。
ただの戦闘マシンで、話す言葉は、仕事のできない公務員みたいな理屈に彩られた文言なのに、その声と容姿が、すべて台無しにする。

なんだろう、とにかく・・・・色々ミックスしてる感じだ・・・

  「イルカ先生、どうしたんですか?」

気づくと、カカシがこちらを見て、綺麗な指先を伸ばしてきた。
その意図を汲めず、黙って見守ると、カカシの指は、イルカに積もった花弁をつまんでいた。

  「この間のカカシさんを思い出していました」

え?というカカシの表情は、すぐに「あ・・」という音を含んで、桜色に羞恥した。
指につまんだ花弁を、そのまま風に流している。
どうとも収集がつかないときは、思いっきり掻き回すに限る。

  「俺、身体、あなたより小さいですけどね」

  「ん?なんです?」

  「バックはあまり好きじゃないんです」

  「!・・・・は?」

  「あなたの長い脚を、腕に引っかけておさえたほうが、それが支点になって身体がうまく固定されるんですよ」

  「・・・・・・・」

  「つまり動きやすいんです」

ちらと横を見て、カカシの表情を探る。
いいぞ、真っ赤になってる。
と、カカシが向こうを見ながら「でも」と言った。
え?反撃する気なのか?

  「俺は後ろからされるのが好きなんです」

げ。
さすがだ、上忍。
でも、意味ない会話なら大得意だ。

  「どうして?」

  「どうしてって・・・・そんなの・・・」

  「俺にはちゃんと理由があるでしょ?カカシさんにどんな理由があるんです?」

話がどんどんおかしな方に転がっているのはわかっている。
散り急ぐ美しい花びらも、今ではただの落下物。
互いに青くなったり赤くなったり、狭い空間の温度をあげていた。

  「理由?」

カカシが問い返す。
体位の好き嫌いに、それ以上の理由なんて必要ない。んなこた、わかってる。

  「そうです。理由です。理屈っぽいカカシさんなら大得意ですよね」

なぜかイヤミも混ぜていた。
カカシはしばらく黙っていたが、やがて、軽く嘆息すると、一気に喋りはじめた。
ただし、語調は、ごくごく平坦な、日常会話のように。

  「角度とか、そういう問題じゃないんです。先生は気づいていらっしゃるのかいないのか、先生のは、俺にすごく合ってるんです。だから、角度の問題じゃない。だって、先生のは入ってるだけでもう、気持ちいいんです。だから、本当は前からでも後ろからでも、俺はどっちでもいい。ではなぜ後ろからがいいのかといいますと、先生は本当にイジワルで、俺はときどきどうにかなっちまうんじゃないかっていうような状態にされてしまうんですが、そんなときシーツに突っ伏すと、俺の脚の向こうに、先生の脚が見えるんです」

なんだ?なんだ?
アナザーワールドか?

  「そんなとき、なぜか俺はあっさりイキそうになる。どうして俺がその光景にそうなるのかわからない。俺のために頑張っている先生を見るからか、征服されている感覚が刺激されるのか。でも、俺にはそれが凄く刺激的で、そこだけは譲れないんです」

凄い告白を聞いているような、レベルの低い話をしているような・・・・ああ、やっぱりあなたは不思議な人だ。

  「それから、俺をひっくり返すでしょ?そのときもすごく疼いてるってわかってないでしょ?」

こんな話、しなければよかった。
俺が上忍に、かなうはずもない。
すべてのスケールが段違い。

  「それは気づいてました」

  「うわ・・・・恥ずかしい・・・・」

微妙に汗が浮くような空気の中、ノロノロと歩く二人の花見は続く・・・・



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2012/05/14