1 睫毛 [観察者:サクラ]


空はどこまでも透き通っていて
その下に立ち尽くす自分の中も、洗われるようだった。

サクラは深く息を吸い、薄い水色の空を見上げて、ゆっくり息を吐く。
春浅い空は大気まで薄く、サクラの呼気はあっという間に水色に拡散した。



今日は、カカシ先生とのツーマンセルで、楽な任務のハズだったのに。
任務を終えて、さあ、後は帰路、という時に、先生が私を止めた。
 『サクラ』
先生はいきなり覆面を下ろすと、私を見て先生が私にだけわかるよう、口の形だけで話す。読唇術は必修だから、もちろんわかる。
でも!
素顔は初めてよ!!!
私がびっくりして見上げると、先生は私を安心させるかのようにニコッと笑むと、
 『わかるよね?』
と続けた。
私はあわてて首を縦に振る。
 『不審者がいる。サクラはそのまま普通に歩いて』
頷くと、私はそのまま道を進む。
本当はこわい、危ない事に違いない。
でも、先生といっしょだから、私は、心底安心していた。
案の定、歩いて10メートルも行かないうちに、先生が私の隣に並ぶ。
 「先生?」
見上げると、もう、いつもの先生だ。顔も隠れてる。
 「ん。もう、大丈夫だ。さ、帰ろう」
でも、私の脳裏には、さっきの先生の顔が残って、先生の顔から目が離せない。
 「どうした?」
 「・・・・顔」
 「ん?」
 「先生の顔、見ちゃった」
ああ、と先生は優しい声のまま、私を見下ろす。
 「見られたね(笑)」
見えている先生の右目が、弓のように綺麗なカーブを描いて笑った。
私のスキルがもっと高ければ、先生はもっと別な方法で私に状況を伝えたろうし、そもそも、私が優れていれば、そんな拙い意志の疎通なんて必要なかったかもしれない。
上忍の凄い忍者なのに、必要とあらば、下の人間に合わせて、しなやかにそんなことまでできてしまう先生に、私は、今まであった憧れを、さらに強く揺さぶられた。
それに、それのために、あれほどガードしていた顔を私に見せて・・・
 「内緒だよ」
そう言って笑う先生は、もう、さっきのイケメンじゃない。
いつもの、野暮ったい先生だった。
 「内緒にするけど」
 「けど?」
もう、この機会を逃したら、永遠にない気がしていた。
 「もう一回、」
 「え?」
 「見せて」
先生はちょっと驚いて、目を見開く。
でも、ゆっくりまた覆面を下ろして、私を見た。
ああ、先生!!どうして隠すのかしら!
こんなに、こんなに、カッコいいのに!!
と、その唇が、また声を出さずに私に話しかける。
 『ホクロのことはマジで内緒だよ』
私は、頬が上気するのを感じた。
先生、そんなこと、気にしてるんだ・・・・なんか、かわいい・・・
 「大丈夫よ、先生」
私が声に出してそう言うと、先生も「よっし」と返し、二人並んで道を歩く。
先生は気づかなかったかもしれないけど、私は何度も先生の覆面をした顔を見ていた。
見えている目の形を、何度もトレースして、さっき見た先生に重ねる。

もう、わかっていた。
その右目の睫毛だけは、先生の素顔のままに、優雅に長いことを。
もう、重なる。
私だけが知ってる先生・・・・





 「サクラ、じゃあ、明日な」
そう言って先生が、分かれ道で私に手を上げる。
 「はい!さような・・!!」
私の声が途中で止まる。
先生は素顔のままの笑顔で、私に手を振っていた。
 『報告書は明日オレが出すよ』
今度は口の形で。
先生のお茶目な行動に、思いっきり振り回されて、私は空を仰ぐ。
日が落ちた水色の空は、程良く冷たい空気を、私の肺に満たしてくれる。
かわいい事をする先生。やっぱり強くて頼りになる先生。
でも、女の子に及ぼす、自分の強烈な魅力に気づいてないことが、ガキだわ。

私は笑ってそっと自分の睫毛に触れてみた・・・・


2015/12/20