鳴門の案山子総受文章サイト
何度か助けられた事がある。
一度などは、気づくとイルカの前に立っていて、それまでの動きの続きみたいにあっさり相手を蹴散らして、またその続きみたいに消えたから、ここにいる自分に気づいていないのかとすら思ってしまった程だ。
だから、何度かというのは自分が認識しているだけでの話で、もしかしたら、その何倍も助けられているかもしれない。
余程経ってから、こちらを見ることなくイルカを助けるカカシのスタイルは、彼自身の照れであると理解して、心の奥がむず痒くなった。
イルカの事を、ナルトの最初の先生としか思っていないんだろうと、ごくあたりまえの範疇で考えていたが、カカシにとっての自分は違うのだと、改めて考える。
ナルトのために俺を気遣うんだろうな
多分、それ以上の何かだと知りながら、イルカはそこで思考を止めた。
それ以上だとして・・・・・どうする?
つまり、思考はそれ以上進むことなく、思考が止まるのは、単にその結果だった
◇
世情の不透明さは、里の人間を総動員する事態になりかかっていたが、不安や疑問はなんの解決も生まないことを充分知っているイルカは、今日も、考えるより先に行動することで、持ち前の明朗さを維持していた。
この頃は、教師の職にあっても、しばしば辺境の小競り合いに駆り出される。
たいていは、後方支援だが、時に深く入り込んだ輩に奇襲をかけられることもあった。
どうしようもなく追い詰められた事はなかったが、それでも、カカシが加勢してくれると、脱力するくらい安心した。
それだけ、自分の中にカカシの存在が大きくあることを、今は自然に受け入れている。
あるときは、死角からグイと後ろに引かれ、気づくとカカシの背がイルカの眼前にあった。
「もう、3日も学校、留守でしょ」
いつもは寡黙なのに、今日は話しかけてくる。
小さくカカシの左の肩が動いて、気が緩むようなセリフの下で、細かい血の霧が吹いたのを確かに見た。
「・・カカシさん・・・」
カカシは、横顔を見せて笑んだ。
それは、閉じられた目が見える左の横顔だったが、そしてもちろん顔の下半分は隠れていたけど、カカシは空気で笑んだ。
「もう、向こうは終わったから、あとは俺らで片付けます」
「あ・・・はい・・・」
「これ以上先生を借りたら、子供達に怒られそうだからね」
多分、影分身も出しているハズのカカシは、そんな日常会話の中で、上忍の仕事を淡々とこなしているらしかった。
ここでも足下に、すでに3名の敵忍の遺体を積んで、ようやくカカシが身体をイルカに向ける。
開いた右目は、「仕事」とはほど遠い優しい色を帯びていて、その心がざわつくアンバランスさは、ここに至るまでに、この人を痛めつけた時間の長さを瞬時に悟らせる。
カカシは、右手を伸ばそうとして、すぐにそれを左手に換え、イルカの左目の脇を指で拭った。
「え?」
「汚れてました」
そう言って笑ったカカシの右手は、黒く固まって見えるほどの血で、本当に汚れていた。
そこに視線が一瞬とどまり、隠しようもないその事を弁解しようとしたイルカより早くカカシは軽く黙礼すると、イルカの前から去った。
急に詰められた間合いに、今が永遠に引き延ばされてある感じが抜けない。
カカシの行動に神経を奪われ、トボトボ歩きながら、ここら辺できちんとまとめようと思ってしまった教師的思考に、今は感謝した。
◇
何度も助けられた。
そのたびに、イルカはカカシの広い背中を見て、ちょっと女性の気持ちがわかる気がして苦笑する。
カッコイイよなあ・・・
それに、戦闘能力が高いだけじゃ、こんな安心感を人に抱かせる事はできない。
この人は、俺を疑っていない
俺が、どんな状況でも何を第一義にして動くか、そのことに対してこの人は俺を絶対的に信頼してくれているのだ。
愛なんかよりずっと深い・・・
自分で言って、自分で笑う。
カカシがもしかしたら自分に抱いている感情を、自分はそう定義したいだけなんだと気づいて。
自分が、カカシの背を見ているときに感じる甘ったるい気分を、そう言っていいわけしたいだけなんだと知っていて。
つまり、もうとっくに気づいていて
そして、このむず痒い感情の行く先も、大人の自分は充分よく承知していて
予定調和に展開していくのは、もう、手に取るようにわかる。
伊達に生きてないから、それくらいの正しい予測がつけられる程度には、何人かの間で、何度か経験して生きてきた。
ただ、不思議なのは、このありふれた恋(ああ、そう呼びたければそれもいいさ!)が、対カカシに於いては、カカシを汚しはしまいかと、乙女チックな発想になってしまうことだった。
◇
「先生が頑張ってるところ、俺は、何度も見ましたよ」
戦闘から戻ってきたような、勢いがあるときの方が展開しやすいと漠然と考えていたカカシとの関係は、意外に、何も無い争乱の中に開いた陥穽のような平和な日に展開した。
アカデミーからの帰り道に、カカシのアパートに立ち寄ったイルカは、平和の中でもかっこいいカカシに、時が来たことを知って、前にしかない道を見る。
「何度も・・・」
言葉を繰り返すイルカに、頷いて、胡散臭い覆面と額当てを外す。
素顔を知らないわけじゃなかったが、こんな狭い空間で、それは心臓を直撃する術の様に、確実だった。
「何度もっていうか・・・いつもだな」
笑って、イルカと並んでベッドに腰掛ける。いつもじゃないと、あんなに早く駆けつけられないだろう。カカシの長い脚を横目で見る。ぼんやり立っている猫背でフル装備の姿は、トレードマークの様に目に焼き付いているが、それでも、この人のスタイルの良さはダダ漏れだった。
俺が女だったらなあ・・・・イチコロだ。
てか、いちいち女性を引き合いに出して考える自分の、なんというか、当たり前すぎる寂しい内面を、この人が知ったらどう思うだろう?
「いつも助けてもらって感謝してます」
「そんな・・・それは俺の仕事だから、やめてください」
「でも、」
と、言いかけたイルカの唇に、自身の指を押し当て言葉を塞ぎ、そんなもっと先にあるはずの行為をここでするカカシの可愛い心情が流れ込み、イルカの心臓がいよいよ悲鳴を上げる。
「俺だって、助けられてるんです」
「!・・・?」
「先生に」
カカシの最後の「に」は、肺の空気と共に、大仰に出た。
イルカがいきなり抱きしめたからだ。
「せ、・・・先生・・・」
「あまり・・・・そんなこと・・言わないでください」
僅かに上背のあるカカシを見上げると、窓を背にした暗さの中で、驚いた目が、でも、好意だけに彩られている大きな瞳が、こちらを見ていた。
ああ・・・やってしまった・・・
イルカは気恥ずかしくなって、また顔を戻す。なぜか、下手に動かれたらいやだと思って、腕の力は緩めなかった。
カカシの何度も繰り出されるジャブに、おもいっきり反応してしまった事が、どう言っていいのか、上手く乗せられたというか、それにしてはがっつきすぎというか・・・・・
フッと影が動き、カカシの頭がイルカの肩に落ちる。
「せんせぇ・・・」
カカシが言う。声は大人のそれなのに、気持ちを全部ぶちまけているような。
「は・・はい?」
間抜けな返事。
しかし、それ以上カカシは何も言わなかった。突発的な行動に、押すことも引くこともできなくなっていたイルカは、ようやく、肩口にキスされていることに気づく。
そっと触れては、鼻ごとおしつけて、犬みたいだった。
はあ・・・・もう、これ、行くしかない
カカシを抱きすくめ、そのままベッドの上に重なって倒れた。
カカシは抵抗しない。
窓の外の喧騒が遠く聞こえる。自分たちのどんなシーンも、膨大に流れる時間の中では、投じられた小石にもならない。その発想は、哀しくもあり、楽でもあった。
イルカは腕を立てて、カカシから身体を離す。
見下ろす。
仰向けのカカシの前髪は、当たり前に重力に引かれて上に反り返り、額を晒してこちらを見上げる、しかも期待感に満ちた愛しい表情は、見たことを後悔するくらい強烈だった。
いろんなものが混在し、様々な表情と側面を持ち、奇跡のような造形に収束している。
思わず「ああ・・」と息を漏らし、同時に、こんな滅茶苦茶な存在に、自分自身はどう見えているのだろうかと、強く怯えた。
しかし、カカシはつっぱているイルカの腕に、自身の手を絡めて、僅かに顎を上げてくる。
イルカの経験が間違っていなければ、カカシはキスをねだっていた・・・・
「カ・・カカシさんっ!」
「はい」
「・・・・・・」
「先生?」
「このままいっちまいますよ」
ああ、なんて愚直で馬鹿正直で、かっこわるい俺のやり方。
でも、こうでもして息を継がないと、死んでしまいそうだった。
カカシは、ニコッと笑った。
艶然と微笑まれたら、もっと空気が必要だったのに、カカシは平和な日常のまま、ニッコリ笑んで、イルカの肩に手を伸ばす。
「先生」
「っ・・・は、はい・・・」
「俺と一緒にイッてよ」
カカシの言葉遊びに、完璧に翻弄され、イルカは乱暴にカカシに口付けた。
ああ、そうだ。
完全に、彼の手の内。
でも、それを望まれている状態は、ジワジワと幸せだった。
続きます