桜色の闇 1



子供たちが勉強している。
時折、教師の大きな声と、子供たちが笑う声が、廊下に響いていた。
窓からは、木の芽の匂いがする淡い色の風が溢れ、春の空気をそこここに振りまいていた。
春という気付きは、どうしてこうも人を優しくするのだろう。
カカシは、立ち止まり、その風の中に身を置く。
空気は、春らしい霞を伴って身体に流れ込み、その新鮮さは、冬の間息をしていなかったような錯覚をもたらした。

また、子供たちの笑い声が響き、思い出したように、再び歩き出す。
休暇明けのカカシは詰め所にむかっていた。
休暇とは言っても、優雅なそれではない。
任務でこうむったダメージを癒していただけの話だ。
歩きながら、額当てで隠した左目をそっと抑えた。
春を感じながら、左目はいつもの闇を見ている。



今回は、一度だけ、写輪眼を使った。
相手と合間見えた瞬間、これは楽勝と確信した。
実際そういう流れの任務だったはずなのに、カカシは、苦戦した。
近くで、警戒にあたっていた紅が駆けつけてくれなければ、苦戦で済まなかったかもしれない。
肩で息をするカカシのそばに、トンと紅が降り立つ。
この程度の戦闘で勃起している自分を見られたくなかった。
いやむしろ、この程度の下衆と思われたほうが楽かもしれない。
紅はなにも言わなかった。
らしくない、弛んでる、など、いつもの調子で言われるかと思ったが、
  「疲れてるのね、休んだほうがいいわ」
と、それだけだった。



長い廊下の奥は、一度、資料室や、保管庫の前を通って右手の建物に続く。
その、だんだんと近づいてくる突き当りの暗さから、カカシは目を離せなかった。
  『紅は気付いていたろうか』
繰り返し自分に確認する。
  『俺が写輪眼を、使ったこと』
一生懸命思い出す。
あの時の紅の一挙手一投足を。
  「大丈夫だ」
そう言ってまた歩き出す。
でも、それはそう言っただけに過ぎないことを、カカシ自身がよく知っていた。



  「カカシ先生!!」
詰め所の前にナルトがいた。暗みから出たカカシの目は、そこの空気をまぶしく感じる。
ナルトの金髪が、春の光を吸って明るく輝いているせいばかりではないだろう。
明るい、明るい、元気なナルト・・・・・
  「また倒れたって?」
いや、倒れていない、と言いかけて、詰め所に紅がいるのを認める。
紅が気を使って、そう言ったと気付いて、カカシは頭を掻いた。
  「ああ、またぶっ倒れたよ。俺らしいだろ?」
  「威張るトコじゃないってばよ!!」
笑うナルトの金髪に手を伸ばす。
柔らかい金糸が指にまとわりつく・・・・・
カカシは、目を落とす。

絡みつく金髪・・・

ふと視線を感じて、顔を上げる。
紅がこっちを見ていた。
カカシの手が止まる。
  「先生?」
ナルトの声がした。
  「あ、ああ・・」
  「まだ調子悪いのか?」
  「ああ・・そうみたいだな」
カカシは紅に目で合図する。
このまま放っておくには、今の自分の感覚は繊細すぎた。
 


  「アンタが何を考えているのかわかんないけど」
アカデミーの校庭の片隅で、紅が不機嫌そうな顔で言う。
  「アンタならわかってるんでしょ、自分のことくらい」
春の陽気は、神経質に立っている二人の間にもパステルカラーの空気を満たす。
紅は、長く続く校舎の廊下の壁にもたれていた。
カカシは、もう咲きそうな桜の下に立つ。
木漏れ日が、ちらちらと紅の顔に射し、カカシは、彼女に惚れた仲間の気持ちをトレースした。
  「俺が・・」
紅がこちらを見る。
  「写輪眼を使ったの、気付いてた?」
紅は特別反応しなかった。それが、本心なのか、カカシに対する気遣いの結果なのか、カカシにはわからなかった。
  「使ったの?」
そう言って、返事は期待していない。
  「ああ」
  「そう・・」
これだけで十分だった。
カカシは桜を見上げる。
  『紅は、俺が写輪眼を使ったことを知っていた』
それに、あのときの相手がどのような幻術使いであるかなど、そのエキスパートの紅には手に取るようにわかったに違いない。
つまり、俺がコピーした術がどんなものであるかを。
見上げた桜の向こうに、淡い水色が広がっている。
それは、カカシの心を焦がれさせるような色だった。
空気が春めけば春めくほど、左目は深い闇を見る。



カカシはちょっとだけ微笑むと、紅を見た。
立ち去る挨拶のつもりだったのに、紅はひどく心配そうな顔をしていて、その様に、カカシもちょっと唇を歪めた。




2008.02.18.



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