今朝から降り始めた土砂降りの雨は、任務を終えて帰る頃には、いつまでも続きそうな銀糸のような雨に変わっていた。
傘を差しても、舞い上がる粒子のような雨滴の残滓はしようもなく、服に髪にまとわりつく。

帰ったら、まず・・・風呂だな・・・
 
そう思って、サスケが霧に煙るような雨の先を見ると、自分の前を一人の男が歩いていた。
スクッと伸びた背筋、キチンと差された傘、見慣れた・・・懐かしい後ろ姿。
大きな荷物を左手に下げている。傘を差した右手の脇には書類と思しき荷物をかかえていた。
考えるより先に、足が、そちらに駆けだしていた。
傘が外れて、銀糸に見えた儚い雨も、結構な雨量であることを知る。
サスケの足音に、イルカは振り向いて、
  「サスケかあ(笑)」
と、笑んだ。サスケは並んで歩く。
  「先生、帰りか?」
  「ああ。昨日運動会だったから、今日は片付けだけだったんだ」
  「今日じゃなくて良かった」
  「ん、そうだな。昨日は暑かった・・・」
言いながら、イルカがこちらを見た。
サスケもイルカを見る。イルカの目が笑っているのに気づいて、心がざわつくのを感じた。
イルカの前に来ると、どうしても自分が子供扱いされているようで、馴染まない。
  「なに、笑ってる?」
きつい口調で言うと、しかし、イルカは笑顔を崩さず、
  「笑ってる?俺?」
と言った。
サスケが頷くと、
  「水も滴るいい男って、お前のことだなぁって思って」
と、オヤジギャグをかました。
くだらないとでも言うように、サスケがプイっと前を向くと、
  「変わってねえなあ、お前、そういうとこ」
と言って、また笑った。


二人の傘の上に、静かな雨の音が積もって、ちょっとだけ沈黙が支配した。
濡れて冷たい足も、その足が時々、水溜まりにはまるのも、サスケは気にならなかった。
  『ああ・・・』
心の中で嘆息する。
  『イルカ先生、イルカ先生、イルカ先生・・・・』
自分の無意識は、正しい方向に向かっていたのだ、と、イルカと並んで初めて気づく。
何が無くても、これから何を失っても、俺には、この人がいたんだった。
すべてを失っても、俺が俺である限り、この人は無条件で俺を受け入れてくれるんだ。


傘がぶつかる。
  「おっと」
と傘を戻すイルカに、
  「先生だって変わってねえよ」
つぶやくように返す。
  「そうだなあ~。傘がぶつかるなんてなあ。お前はでかくなったね」
イルカはイルカで、別なことを考えているようだった。
その様に、サスケはまた、落ち着きをなくす。
変わってないのは先生だけだ。
俺は確実に変わってる・・・・

と、雨が急に激しくなって、互いの声がかき消されるほどになった。
  「せ、先生!!」
叫ぶように言う。
  「ん?」
  「一楽行こうぜ!」
  「ん?あ、ああ、そうだな」
  「雨宿りだ!!」
言いながら、いきなりイルカの手荷物を奪い取る。
  「あ、大丈夫だって、サスケ!!」
  「早く」
イルカの荷物が濡れないように胸にかかえて、サスケは、本当は手を引っ張って連れて行きたい、馬鹿な感傷に陥っていた。
背後から、自分を追いかける足音を、本当に、涙が出そうに聞いていた。
一楽に入る前に、上を向く。
落ちてくる雨が涙に混じって、次々落ちてくる雨滴の向こうを見た。
暗い雲が空を覆って、でも、叫び出したいポジティブな感情に、サスケは瞬間、耐えていた。




2009.06.07.

年齢設定微妙です。里抜け前じゃ、身長とか、心理描写とか、ちょっと無理ですね。