もう冬至は過ぎたから、
あとは、少しずつ、暗い夜が遠くなる。
陰鬱なはずの季節も、雪が積もった日の真昼は、
まぶしい白い照り返しが乱反射して、賑やかだった。
柔らかい雪を踏みしめて、
歩きづらい行程のままに、カカシの手を支えにするように捕まえる。
それは、サクラ自身にもわからない不意の動きだったのに、
カカシはわかっていたかのように、サクラの手をしっかり握った。
「まぶしいね」
サクラのそれは、問いかけでも、独り言でも、まして言葉でもなく、
水色に広がる湿度の低い空に放った、ただの吐息だった。
だから、カカシも返事をせず、頷かず、
隠せない自身の鼓動を素直に表現して、手を強く握って見せただけだった。
見上げれば、太陽は季節を忘れたかのように、真夏にあるそれのようで、
ただ、低すぎる高度が、周りを冷やしている。
「砂浜みたいよね」
心地よい音を伴うサクラの呼吸に、カカシは、歩きながら遠くに視線を送る。
一面に広がる小高い雪原は、本当に砂丘のようだった。
「じゃあ、向こうに海があるんだな」
風が強い。
独りで聞けば、木の梢を鳴らすような悲しい風だったろうが、
明るい砂丘を前に聞く強い風は、爽やかな潮騒を運んできそうだった。
「なんか嬉しくない」
サクラがまた呼吸する。
風は、サクラの吐息を潮の匂いに混ぜ込んで、歩いてきたずっと後方に流し去る。
「俺は捨てることができるよ」
サクラの手を力を込めて引きながら、カカシはサクラを振り向いた。
その様は、誠実で、とても誠実で。
「でも、サクラは、俺にそんなこと、絶対望まないでしょ」
引かれるまま、雪に足を取られながら、
冬枯れしている膝丈の草が、まるで熱い砂浜に枯れる夏草のようだった。
「なんで決めつけるの?」
言い返す吐息が白く、風に引きちぎられて後ろに飛ぶ。
「え?(笑)」
笑いながら、またこちらを見るカカシの鼻と頬が赤く、
意味もなく『まだ生きてる』と、安心した。
「私だって言えるよ、私のために捨ててって」
唇をとがらせて、精一杯不機嫌な声を出して、それでもカカシは、
「そうか。サクラがそう言うなら、全部捨てるよ(笑)」
と言って、また、サクラの手を強く握った。
「じゃあ、全部捨てて、行こう」
サクラがカカシの身体を背後から押して、雪の砂浜を駆け上がる。
「海も越えようか?」
カカシが言って、二人は小高い雪原の上に立った。
冷たい風は、未来の夏から吹いてくるようで、サクラは目を閉じる。
と、カカシに肩を抱かれ、二人して、柔らかい雪の上に仰向けに倒れた。
「気持ちいい・・・」
「ああ・・・」
繋いだ手はそのままで、カカシはそれを自分の心臓の上に置いた。
「全部捨てたよ」
「ホント?」
「うん。俺のココ、サクラのモノ」
「こっちは?(笑)」
サクラが繋いだ手を下に滑らせる。
「え?あ、はは!!もちろん、君のモノ」
笑い声が、視界いっぱいに広がる空に溶けて、
嘘も本当も、二人の間では、疑いない真実で。
「先生、ホントに、私のこと、愛しちゃったのね」
サクラが言うと、カカシは急にムクッと上体を起こし、
「そんな安いもんじゃない」
と、そのときだけは笑わなかった。
雪原を抜ける。
黒っぽい幹の木立が風に身を震わせて、
チラチラとその風に雪が混じりはじめていた。
「海が見えたよね」
サクラが言う。
風に巻き上げられた雪は、ベールのように大きく広がって、視界を白く塗りつぶす。
真夏のような脳天気な太陽は、その光を雲間に散らしていた。
「ああ。青かったな」
そう言って、カカシがサクラを引き寄せる。
嘘は夏の幻影に閉じ込めて、
でも二人で、本気に信じていた。
2009.12.17.
書いてるのは雪景色なんだけど、目に浮かぶのは海を前にした丘・・・・