YOU ARE




高い空の、さらにずっと上の方に、ちょっとだけ灰色が勝った雲が薄く延びている。
雲を空に刷毛で延ばすのは、秋の風。
日なたには暖かい空気が満ちていて、流れる空気はこんな日にぴったりの優しい風。

ススキが揺れてる。
繊細な穂の一本一本に、太陽のキラキラした光が乗っかって、いつか見た電飾のように綺麗だった。
もうとっくにトンボの大移動も済んで、あとはゆっくり季節が流れるだけ。

そして私は、肩胛骨を、軽く動かして、静かに沈む殺気を読む。
5人いる・・・

草原を抜けて、仲間に接触する任務を負いながら、
この奇跡のように美しい景色が、私の感覚を揺らがせる。

忘れたいような。
子供に戻りたいような。

身体を隠すくらい伸びたススキをかき分けて、走って、秋の太陽に汗をかいて・・・
日なたに寝転がって、お弁当を食べて・・・
この空より高く、笑い声をあげて・・・


  「サクラ」


はっと横を見る。
いつの間にか先生が私と並んで立っていた。
私が返事できないでいても、意に介さない様子で、
  「それにしても暑いなあ」
と言った。
先生の目はススキを見ていて、私は何故か心の奥がジンとするのを感じる。
すべてを、そう、ひそんでいる5人も含めて、この景色を、先生もろとも抱きしめてしまいたい気分。
もちろん・・・・説明なんかできない。
  「5人か」
先生はつぶやいて、視線を私に転じた。
  「俺、来る必要なかったか?」
  「そうね。でも時間短縮できるなら、歓迎するわ」
そう言って、二人とも笑わない。
先生の冗談は、むしろ逆の意味だった。
2人は斥候だったが、残りの3人は、その性質も属性もわからない、スペック不明の輩だった。
  「こういうとき、有名人っていやだよねぇ」
そう言う賞金首の先生や、売り出し中の私は、絶対不利よ(笑)
  「ま、俺たちだって気づいてればの話だけど」
言ってる先生のずっと向こうで、ススキが大きく揺れて、数羽の小鳥が勢いよく飛び立つ。
  「あ、むこうの俺が動いたみたい」
どんな余裕よ。
  「私はこっちから行くわ」
もう走り出しながら、私が言うと、ずっと後ろで、
  「うん」
という返事が聞こえて。
思わす戻ろうかと思ったくらい、その声が可愛く感じて、私は、またススキを見上げる。
透明な光の粒は風にそよいで、その隙から高い空が私を見下ろしていた。
上体を前に倒すと、下を狙って何かが飛んできたので、避けざま、私は飛び上がった。
伊達じゃない身の軽さで威圧する。
思いがけなく空高く身をさらした私を警戒して、気配を引き戻す空気を読む。
  「58932675・・・33!」
先生が南東の端っこで助かった、座標が簡単で。
言い捨てて瞬身、あとは、先生が引き受けてくれる。
私は秋風と一緒に走りながら、先生の「うん」を何度も心でリピートさせた・・・





私より遅く戻った先生は、先生のままで、そう、怖い忍者のままで、私の前に立つ。
この人が、私より圧倒的に背が高いっていう事実を、こういうときに再認識する。
  「さ~すが、サクラ、早いね」
  「先生が戻ったとき、ついでに五代目に怒られてた時間を引けば、先生の方が早かったかもよ?」
私の作り話に、先生は見えてる右目だけで笑って、
  「サクラ、いつ戻ったの?」
と聞くから、
  「1時間前」
というと、
  「そうか。じゃ、俺の方が早かったな。たっぷり2時間は小言を言われたような気がするもんな」
と、これまたくだらない創作で笑った。
だんだん空気が柔らかくなって、それでも、完璧に「私のカカシ」には、滅多になってくれない。
砕けたような印象や、柔らかい人当たりは、実は、全然先生の本当じゃないってわかってから、私の中で「私のカカシ」は、一番大事なモノになっていた。
だから私は、先生の一瞬、一瞬を、数秒に引き延ばして心に記録する。
それは、写真がアルバムにしまわれるように、私の記憶にストックされて、そのことで、私は「私のカカシ」の何かを補完しようとしている・・・みたい。
部屋の奥に入っていく先生の肩に、ススキの穂が絡んでいるのを見て、私は、今日の先生を思い出す。

ああ・・・

キラキラ光る金色の景色と先生を一緒に抱きしめたくなったっけ。
敵忍もまとめて。
それって・・・・なんなのかしら?

私の思考に反応したかのように、先生が振り返って、そして・・・
  「なに?」
と言った。
私もゆっくり言葉を紡ぐ。
  「どうして」
  「?」
  「どうして惑わされるのかなって思って・・・」
  「・・・・何に?」
この空気は私が支配していて、そのせいなのか、先生は、今は怯えながらついてくる人になっていた。
  「視覚に」
  「見えるものに?」
  「そう」
私は、頭の中のアルバムを激しく繰った。
そのどれもが、先生なのに、先生じゃない。
そんなわけのわからない焦燥が溢れる。
  「ねえ、サクラ」
  「・・・・はい」
  「今の俺の内面、わかる?」
それは唐突だったが、確実に導かれている感触があった。
  「・・・わかる」
  「言ってみて」
  「怯えてる・・・・・・けど、何に?」
先生が頷くように気配で笑う。
  「俺も、見た目に惑わされてるってことだよ」
そう言って、覆面を下ろす。
怖い忍者は、怯える線の細い青年になる。
  「本当は、サクラは凄い存在なんだ」
先生の手が私に伸びてくる。
  「俺にとって、君は、凄く大事で、絶対な存在」
先生の手が私の腕に触れた。
それは冷たくて、その冷たさは、冷感ではなく痛覚を刺激する。
  「それなのに、俺には君が、俺よりか弱い少女に見えるんだ」
先生が私を抱きしめる・・・と思ったら、先生は私の前で膝を折り・・・・・私の脚を抱きしめた。
  「先生・・・」
  「だから、ふっと気づいたとき、サクラがただの女の子じゃないって気づくたびに」
  「・・・・・」
  「怯えるんだと思う」
先生はそう言って、上を向く。
銀髪が乱れて、切れ長の大きな目が私を見上げる。
その整った造形は、視覚に振り回されまいとする私をあっさり魅了する。
私の下半身を抱きしめ隷属しているハズの忍者は、でも、私を圧倒する。

すべてを向こうに押しやって、性欲を全面に出してくるバカな男の心情がわかる気がした。
単純な何かの影に隠れなければならないほど、私も、縋り付いてくるこの男が、怖かったから、その髪を掴んで顎を上げさせると、本当の事を喋る口を塞ぐしかなかった。
  「サクラ」
唇が離れたとき、先生がそう言って、その声が、昼間に聞いた「うん」に重なるのを、
また記憶した・・・・




2010.09.18.

遅れましたが、カカシの誕生日に向けて書きました。
これで完結だったんですが、続きを書く予定です