12月のあめ




屋根を叩くたくさんのあめの粒が、耳をそっと覆うような音のベールになって、
カカシは、食べ終えた食器をそのままに、ダイニングのイスに腰掛けて、ぼんやり窓の外を見る。
暮れるのが早い冬至目前の季節は、戸外をもう濃い灰色に塗りつぶしていた。

音のベールが気持ちいい。

オレンジ色の電熱線が、少しずつ部屋の暗さに映えるように焦げていて、
誰でもいい気分に・・・・・なる。
そして目線の先にサスケ・・・・

誰でもいい気分で、たまたまサスケだったのか。
サスケだったから、自分にそんな思いつきを許したのか。

本当は、どこか他の所を見ているくせに、視線だけこちらに合わせているようなカカシを、サスケは、あめの音を聞いている風情に誤解したらしい。
自分も、視線をカカシに固定したまま、首だけ斜め上に向けて、見えないあめを聞く。
  「もう少し緯度が高ければ、確実に雪だったはずだ」
サスケのセリフに、北の国を少しは知っているカカシは、いや、と首を振った。
薄暗い中で、サスケの髪はすべてを飲み込む陥穽のように、さらに暗い。
  「こっちの方が寒いよ、冬は」
  「え?ええと、それは・・・北の方は部屋ごと暖めるからだろ?ストーブとかでさ」
  「ふふふ・・・違うよ」
体験しないとわからないだろうなあ。
あめの音を聞きながら、カカシは嘆息した。
  「違うって?・・・北の方が、確実に寒いだろ?」
  「違う」
  「は?」
  「寒いんじゃない。冷たいんだ」
  「・・・・・」
  「ココは寒い。北国は冷たい」
サスケが考え込んでいるような子供っぽい目をカカシに向ける。
部屋の中も少しずつ灰色に塗り込まれて、サスケの瞳が光を乗せていた。
ベールに包まれた静けさに、カカシの身体の奥にジリとした熱が籠もる音がする・・・・
  「どう違うんだ?」
  「向こうの方が爽やかだよ」
  「・・・・・・・」
  「気温が低くても、気持ちいいんだ」
ふうん、と曖昧に頷いて、今気づいたとでもいうように、サスケはテーブルの上の食器を見た。
それらを器用に重ね持ち、立ち上がる。
その静かな音は、あめの音のベールに紛れて、カカシの積もった思考を揺らす。
  「いやだな」
思わずカカシの口を突いて出た言葉に、え?とサスケの動きが止まる。
  「何がいや?」
  「いや、イヤなんじゃなくて・・・・」
  「?」
  「なんか・・・や、悪い・・・」
サスケは何も言わず、食器をシンクのところまで持って行く。
食器が置かれる音がして、と、急に部屋が明るくなった。
カカシが振り返ると、サスケが点いたばかりの蛍光灯をまぶしそうに見上げていた。
そして、同じくらい静かに戻ってきて、また、最前のようにイスに座る。
  「カカシ、どうした?」
最前のリアルな質量の籠もったセリフも、明るくなってしまった空気のなかでは、なんとなく説得力がない。
  「・・・・いや、こんな天気だと・・・・」
  「静かでいいだろ?」
その、同調してこないサスケの優しさが、かえってカカシを苛む。
  「すごく不安になる」
と、だから、そうはっきり言った。
  「ふふ・・・アンタらしいな」
それでもサスケは動じない。
  「え?・・・・そうか?」
  「うん。頭でっかち」
  「は・・・(笑)」
  「理屈で脳みそが溢れてて」
  「・・・・酷いな(笑)」
  「でも、俺だって苦しいんだぜ?」
  「?・・・なんで?」
サスケの眉が下がって、いい男が台無しの甘い顔になる。
  「だって、理屈を垂れる口が、その端にケチャップつけてるんだぜ?」
  「!!」
  「ああ、もう、イライラする(笑)。理屈なんてただ、迷うのを遊んでるだけだろ?」
  「・・・サスケ・・」
  「脳みそだけで生きてるわけじゃないのに、どうして頭だけで解決しようとするんだ?」
サスケの手がカカシに伸びる。
なんの躊躇もないその動きに、カカシは動けない。
  「大丈夫だよ・・・・本当だ」
身体をテーブルの上に伸ばして、カカシの顔を間近で見つめる。
  「サスケ・・・」
  「悩みなんて、抜くと消えてること、あるよ」
それはちっとも下世話に聞こえなくて、むしろ、その一言こそ、カカシの理屈に寄り添った言い方に聞こえた。
  「・・・・うん・・」
カカシが喉の奥で同意すると、サスケが笑み、
  「俺のこと、褒めて」
と言う。
  「ん?」
  「メシなんかすっ飛ばして、すぐにも抱きたかったのに、」
  「!」
  「アンタがその気になるまで、待てたからな」
言い返そうとするカカシの唇を指で塞ぐと、
  「しーー・・・・あめの音、聞きながらしようよ」
と言って
ゆっくり口付けた。





剥くようにその下半身を脱がす。
サスケの爪が、カカシの皮膚の上を滑り、二筋の赤い線がつく。
立っている姿は、すらっとしているのに、脱がせてみればしっかりした男の身体だった。
まともに向き合えば圧倒されてしまうのだろうが、細部の造形の完璧さが、カカシの性的に線が細い感じを現している。
まだ、体格では負けているが、征服できないと感じたことはない。立派な体躯の男だが、それは身体の作りがたまたまそうであるだけで、カカシには、愛されることのほうが似合っているとサスケは思っている。
求めると恥ずかしがるが、サスケが切羽詰まって「いい?」ときくと、拒否することはない。
「いい?」の範囲は、キスだったり、髪を掻き乱すことだったり、ただ、外出先で手を握ることだったり、柔らかく潤んだ秘所に挿入するタイミングだったりする・・・・
唇で乳首を愛撫しながら、手を下にのばせば、これも綺麗な形の生殖器に触れる。
そっと握ると、もう心拍とシンクロした律動を感じた。
  「たってる・・・」
  「・・・うん」
素直に頷き、カカシがサスケを見る。
いろんな時間を過ごしてきた大人のくせに、その目は透き通るような色をしていた。
  「ガキな俺に・・感じてる?」
照れ隠しに「ガキ」を付けるが、そんな馬鹿なセリフにも、カカシは笑わない。
  「うん・・・わかんないけど、目の前にお前しかいないから、そうだと思う・・」
  「なんだ、それ」
苦笑するでもなく、平坦なアクセントにのせて言うと、サスケは、リズムを刻むカカシのそれをそっと口に含んだ。
  「ん・・・あ・・・」
冷たい湿度に満ちた空気を、カカシは僅かに暖かい吐息でかき混ぜる。
与えられる愛を、ありったけかき集める素直な身体は、不安を追い出すように、サスケに向かっていた。
心臓が掴まれるように愛おしく、愛撫しながらサスケも息を荒げる。
現実なのに質量を失ったかのような薄っぺらいフィルムが回っているように、
つまり、すべては強烈だった・・・・
  「カカシ、きこえる?」
自分の指先を軽く囓りながら、カカシが真下を見るように視線を動かし、サスケを見た。
その視線の動くラインにすら、強く突き動かされる。
計算されたかのようなその早くも遅くもない速度で、カカシの瞳がサスケに固定される・・・・
  「・・・あめの音?」
  「そう」
  「(笑)・・・聞こえてるよ」
  「・・・寒くない?」
  「大丈夫・・・」
でもカカシの冷えた肩を、サスケは、あめの音で覆うように抱きしめる。
指は、これから繋がるところをそっと探り、カカシが「んっ・・・」と微かな声を漏らした。
  「見ていい?」
もの凄く照れて、でも、「うん」という。
膝を折って座る形で、その上に、カカシの下半身を抱え上げる。
サスケは、ベッドの振動のまま柔らかく揺れるカカシの性器を抑え、上向く尻にそっと口付けた。
  「綺麗で・・・」
思わず口を突いて出た言葉に、カカシが反応する。
  「なに?」
  「綺麗だけど、やらし・・・」
語尾は喉に張り付いて、掠れたような呼気になった。
いつもは怒ったように否定するカカシも、今日は重力に引かれるあめのように素直だった。
  「だって・・・・欲しいから」
  「え?」
  「俺も我慢してた」
サスケの返事はもうない。
意識の底に積もるような戸外のあま音に、愛撫に応えるカカシの喘ぎが混じって、
サスケは、起きながら見る夢のように、灰色の陰影にすべてが飲み込まれるのを感じていた。





  「凄い・・・・」
窓の外を見て、カカシがつぶやく。
空間を液体で満たすような、ゆっくりとしたベールのようだったあめは、今は、ただ、視界を白く塗りつぶす、賑やかな雪の景色に変わっていた。
時折、地面に落ち損なった雪粒が、室内の暖気を吸った窓ガラスにへばりつき、みるみるうちに溶け落ちていく。
その、透明な水の軌跡を指でなぞり、
  「気温が下がったんだね」
と、カカシが窓ガラスにつぶやく。
  「ああ・・・」
  「雪になったよ」
窓枠に沿って、美味しそうな水飴のように、食べられるくらいの質量を持って、溶けた雪が流れている。
  「凄いよ、もう真っ白だ」
  「カカシの方がすごい」
  「なにが?」
  「どうしてあんなにかわいい声、でるんだ?」
  「は?」
とちょっと眉をしかめて、でも、自分の声に反応するサスケにはもちろん気づいている。
思わず声を漏らすたび、体内のサスケがドクンと大きくなるのは、いつものこと。
こちらに向けた目線を窓に戻し、何も言わないカカシに、サスケが僅かなからかいを込めて言う。
  「あれ?怒らないの?」
  「なんで怒るんだ?」
  「実際、いやな顔したろ?」
  「お前が恥ずかしいこと言うからさ。でも、ま、そうなのかもって思って」
サスケはちょっと肩をすくめると、自分も濡れる窓に触れた。
戸外の冷気が、指先に伝わる。

あと数日、二人のこんな時間を、持ち続けられたら・・・・

壁に斜めに貼られているカレンダーをそっと見る。
その究極に恥ずかしいロマンチックな発想に、サスケは無口になった。
水気が多そうだった大粒の雪も、今は、フワフワと雪らしく舞い落ちている。
  「積もるかな?」
独り言のように言うカカシの声に、ハッとして、その銀髪を見た。
そうなら、ホワイトクリスマスだ、とそう思って、サスケはやっぱり、口には出さなかった。



2009.12.06.