こどもの誘惑、おとなの好奇心




空が間抜けに青い。

俺は、なんの情感も生まない空っぽの空の下、単調で退屈な道を歩く。
くだらねえ任務の合間に、俺が考えるのはもっとくだらないこと。
ここまで俺を生かしてきた怒りと、その方向についての説教を垂れる馬鹿への怒り。
その勢いは、まだガキな俺の中を簡単に満たしちまう。
  『ああ、若いって単純だなあ』
俺は、間抜けな空色を見上げてちょっと笑った。
そう思うくらいの冷静さは、ある。
視線を前に戻して、ふっと気づくと、平坦な道に併走して流れる小川に気づく。
その水の音が澄明で、俺は一瞬、戸惑った。
怒りがふっと宙に浮いて、

俺は、照れに似た焦燥で、頭を横に振った・・・・





そこにいるのは知っていた。
ずっと観察していたからだ。
ただずっと見ていただけだったのかもしれないが、そんな無目的な行動は認めがたい。
俺は、カカシという馬鹿な人間を作った諸々に興味があったから「観察」していただけだ。
読書という名の公然猥褻を粛々と実行中の男の前に立つ。
ベンチに腰掛けたその膝が、俺の膝にぶつかるくらい、「不躾な」立ち方をしてみた。
  「よく飽きねえな」
大きく茂ったブナの葉が、律儀にも、古いベンチを容赦ない太陽から「守って」いる。
不思議だな。
本当に、そう感じた・・・・
  「あ?」
カカシが間抜けな声を出して、俺を見上げた。
手には、表紙が擦れた18禁本。
  「いつも同じ本、読んでるよな」
俺は顎で、カカシの本を指す。
カカシは、俺をちょっと見上げていたが、
  「どういう答えを期待してるんだ?」
と言った。
いつも感心するが、カカシは決してガキを適当に扱わない。
ガキ扱いどころか、対等に突っ込んでくる。
  「答え?なんだそりゃ?」
  「飽きがこないこの本について聞きたいのか?」
露出した右目が俺を見ている。
  「それとも、この本を飽きずに読む俺の興味関心について知りたいのか?」
へえ・・・・
そんな言い方するんだ。
俺は返答に困った。
それまでは、飽きずに読んでる本の中身が気になっていたハズなのに、そう言い返えされると、この男の事の方が・・・・知りたいような気になってくる。
  「どっちもだ」
不自然にあいた間を、カバーするように、俺は急いで言った。
上等とは言えないが、適当ではあったろう。
  「どっちも?」
  「ああ。そうだなあ・・・」
意味ありげに語尾を伸ばす俺を、真面目に見ている。
俺の言葉を待っている。
なんだか・・・・心地良い。
  「その本に書いてあること、わかってんの?」
たぶん、カカシと良い勝負だ。
  「は?」
  「ガキが読めないような内容を、おとなのアンタは理解してんの?」
カカシの右目の視点が若干ブレた。
僅かな動揺。
勝った、と思った。
が、次の瞬間、カカシの右目のラインが柔らかく歪む。
笑ってる?
  「ああ」
そう、掠れたような低い声で言うと、カカシはベンチから立ち上がった。
俺が黙って見上げる。
カカシは、俺に笑顔のまま、
  「愛のあるセックスは最高だなあと思うよ、俺も」
と言った・・・・・





木陰が気持ちいい。
カカシの体温が残るベンチに、俺は腰をおろしてブナの梢を見上げた。
この気持ちを、上手く表現できない。
上手く扱えない。
怒りは、そう思えば、ずっと扱いやすい激情だ。
  『もしかしたら』
カカシはやっぱりずるいのかも知れない。
「ガキをおとな扱い」することで、逆に、俺を硬直させやがった。
カカシが去った方を見る。
カカシに文句を言いたくて、そのことで、絡みたい気持ちを、本当は持てあましていることを、俺はまだ、はっきり自覚はしていなかった。

カカシを追いかける。

ザワと大きくブナが揺れ、
俺は白い日差しの中に飛び込んだ。
空は相変わらず間抜けなワンシーンを隈取って、なぜか、さっきより深みが増したように見えていた。



2009.07.24.