鳴門の案山子総受文章サイト
空が間抜けに青い。
俺は、なんの情感も生まない空っぽの空の下、単調で退屈な道を歩く。
くだらねえ任務の合間に、俺が考えるのはもっとくだらないこと。
ここまで俺を生かしてきた怒りと、その方向についての説教を垂れる馬鹿への怒り。
その勢いは、まだガキな俺の中を簡単に満たしちまう。
『ああ、若いって単純だなあ』
俺は、間抜けな空色を見上げてちょっと笑った。
そう思うくらいの冷静さは、ある。
視線を前に戻して、ふっと気づくと、平坦な道に併走して流れる小川に気づく。
その水の音が澄明で、俺は一瞬、戸惑った。
怒りがふっと宙に浮いて、
俺は、照れに似た焦燥で、頭を横に振った・・・・
◇
そこにいるのは知っていた。
ずっと観察していたからだ。
ただずっと見ていただけだったのかもしれないが、そんな無目的な行動は認めがたい。
俺は、カカシという馬鹿な人間を作った諸々に興味があったから「観察」していただけだ。
読書という名の公然猥褻を粛々と実行中の男の前に立つ。
ベンチに腰掛けたその膝が、俺の膝にぶつかるくらい、「不躾な」立ち方をしてみた。
「よく飽きねえな」
大きく茂ったブナの葉が、律儀にも、古いベンチを容赦ない太陽から「守って」いる。
不思議だな。
本当に、そう感じた・・・・
「あ?」
カカシが間抜けな声を出して、俺を見上げた。
手には、表紙が擦れた18禁本。
「いつも同じ本、読んでるよな」
俺は顎で、カカシの本を指す。
カカシは、俺をちょっと見上げていたが、
「どういう答えを期待してるんだ?」
と言った。
いつも感心するが、カカシは決してガキを適当に扱わない。
ガキ扱いどころか、対等に突っ込んでくる。
「答え?なんだそりゃ?」
「飽きがこないこの本について聞きたいのか?」
露出した右目が俺を見ている。
「それとも、この本を飽きずに読む俺の興味関心について知りたいのか?」
へえ・・・・
そんな言い方するんだ。
俺は返答に困った。
それまでは、飽きずに読んでる本の中身が気になっていたハズなのに、そう言い返えされると、この男の事の方が・・・・知りたいような気になってくる。
「どっちもだ」
不自然にあいた間を、カバーするように、俺は急いで言った。
上等とは言えないが、適当ではあったろう。
「どっちも?」
「ああ。そうだなあ・・・」
意味ありげに語尾を伸ばす俺を、真面目に見ている。
俺の言葉を待っている。
なんだか・・・・心地良い。
「その本に書いてあること、わかってんの?」
たぶん、カカシと良い勝負だ。
「は?」
「ガキが読めないような内容を、おとなのアンタは理解してんの?」
カカシの右目の視点が若干ブレた。
僅かな動揺。
勝った、と思った。
が、次の瞬間、カカシの右目のラインが柔らかく歪む。
笑ってる?
「ああ」
そう、掠れたような低い声で言うと、カカシはベンチから立ち上がった。
俺が黙って見上げる。
カカシは、俺に笑顔のまま、
「愛のあるセックスは最高だなあと思うよ、俺も」
と言った・・・・・
◇
木陰が気持ちいい。
カカシの体温が残るベンチに、俺は腰をおろしてブナの梢を見上げた。
この気持ちを、上手く表現できない。
上手く扱えない。
怒りは、そう思えば、ずっと扱いやすい激情だ。
『もしかしたら』
カカシはやっぱりずるいのかも知れない。
「ガキをおとな扱い」することで、逆に、俺を硬直させやがった。
カカシが去った方を見る。
カカシに文句を言いたくて、そのことで、絡みたい気持ちを、本当は持てあましていることを、俺はまだ、はっきり自覚はしていなかった。
カカシを追いかける。
ザワと大きくブナが揺れ、
俺は白い日差しの中に飛び込んだ。
空は相変わらず間抜けなワンシーンを隈取って、なぜか、さっきより深みが増したように見えていた。