2月14日の奇跡 [2016]

頭痛に近い重さを感じる頭を振りながら、ナルトが身体を起こす。
明け方近い時間から少しは眠れたものの、ソファーがベッド代わりじゃ、この程度だ。
強い朝の太陽の輝線が、ぼんやりした目に痛い。

リビングのドアが開いて、カカシが入ってきた。
 「ナルト」
パジャマ姿のカカシに、ナルトが笑んで、ソファーに座り直す。ナルトは任務から戻ったままの格好で、髪だけが逆立っている。
近くまで来たカカシが、その頭にそっと手を置いた。以前はとても大きく感じたそれも、今は同じくらいの大きさで、でも確実に、その暖かさは心に近い。
 「こんなトコで寝てたのか?」
それはカカシが自分に向けて言ってるようで、ナルトは応えず笑顔のままカカシを見上げる。
寝ているカカシを起こしたくなかったからという、ソファーの理由はもう明々白々なのだが、それでもやっぱりカカシはポツリと言う。
 「ちゃんと寝室に来いよ」
ナルトは立ち上がると、カカシを抱きしめて
 「それじゃ、もっと休まらないよ(笑)」
と笑った。カカシは笑わない。心配そうな表情のまま、今はまだ少し低い位置にあるナルトの頬にキスすると、そのまま離れてリビングを出た。
ナルトは、またソファーに座る。
カーテンの隙間から射す鋭い朝日が、今は暖かな色に見える。
カカシが触れてくれた頬に手をやった。
 「ふつーにキスしてくれた・・・・」
思い返せば、そんなシーンは今までに何度もあったが、ふと日常から自分の意識がカカシを切り取ることがあって、今はまさにそういう瞬間だった。
 「先生とオレは、もう、そういう・・・」
いつも普通にやっていて、何ということはなく流れていく事や、仕草や、感情が、ときどきナルトを嬉しがらせる。

やがてカカシが戻ってくる。
もう、すっかりいつもの胡散臭いルックスで、顔も隠しているから、すぐに出て行くんだろうと知れた。
カカシがカーテンを開けながら、
 「もう行かなきゃいけないんだ。ナルトは休みなの?」
と聞いてくる。
幸せモード中のナルトに、カカシの声は優しく響き、どうしようもなく照れてきたナルトは、ボンとまたソファーに寝転がった。
 「いや、仕事だけど、昼過ぎに終わる」
 「オレも早いと思うよ」
 「ほんと?」
ああ、と言って、カカシがまたソファーの所に来る。
ナルトの心は大騒ぎだ。
 『幸せ!幸せ!幸せ!幸せ!幸せ!』
カカシはもう、キスはしなかったが、その手でナルトの頬に触れて、
 「晩飯、一緒に食べれるな」
と言って笑った。
ナルトはもちろん、カカシを抱けるかも、という可能性も考えて、もの凄く気力がみなぎってくるのを感じた。
カカシがナルトから離れて、ドアの方に行く。
そのまま見送ろうとして、でも、ちょっとだけわがままになる。
 「先生!」
 「ん?」
ナルトは一足飛びにカカシの所に行くと、振り向こうとしたその身体を背後から抱きしめた。
 「早く帰って来てな?」
 「内勤だから、大丈夫だよ?」
任務の内容を心配されたと思ったらしいカカシが、そう言う。
ナルトは否定しないで、うん、とカカシの首筋の匂いをかいだ。





今日の仕事は、昨夜の後始末と言って言い内容だった。
相手を片付ければ済む今までと違って、将来の自分のポジションを考えれば、やるべき事、学ぶべき事は、山ほどある。
色々な業務上の手続きやシステムの改善、作戦とその結果の解析等、以前の自分ならうんざりする事も、ナルトは黙々とこなした。
そんな自分の頭のどこかに、カカシの存在があることは確かだった。
家族のような形が自分たちの将来にあるとは思えないし、互いにいつどうなるかもわからない。それでも、カカシの「大人」としての存在は、自分を随分まっすぐに歩かせてくれていると、そこは、しっかり認識していた。若い者同士のつきあいなら、もっとリアルな手探りがあり、溢れるエネルギーに最初からきちんと方向を与える事が出来なかったのではないのだろうか、と。
もちろん、これだけの年の差と、立場の微妙さと、その嗜好を考えれば、そういう意味では手探りだが、社会や人生においての方向は、先生がいてくれたから、こうだったと、時々ナルトはこの出会いに感謝した。

玄関を開けると、時間が引き戻される気がする。
面倒な、終わってしまった任務の時間なんか吹っ飛んで、朝のカカシとの時間がそのまま続いている感じだ。
寝室に行く。
カカシの匂いがする。
ベッドに腰をおろし、やがて横になる。
 「すげえな、オレ・・・」
あの、写輪眼のカカシと、一緒に住んでる・・・・・
ベッドの上でうーんと伸びをする。
 「しかも、先生を裸にして、抱いちゃったり・・・」
このベッドの上で、今までしてきたことを思い出しながら、また幸せモードにスイッチが入る。顔が自然ににやけてきて、誰も見てないのに、恥ずかしくなって顔を腕で覆った。
 「晩飯、一緒に喰うだなんて・・・・」
なにこの幸せ!!
ベッドの上で悶えて、そんな自分に呆れて、声を出して笑った。
昼を過ぎたばかりで、まだ先生は帰ってこない。
昨夜の疲れが出たらしく、そのままナルトは昼寝に突入した。


気づくと、カカシがベッドの横で着替えている。
 「あ、先生・・・」
寝ぼけた声で、ナルトが言う。
 「あ、ナルト。起きた?オレ、今帰ったばかりだよ」
顔もちゃんと出ていて、ラフな格好で、カカシもベッドに腰掛けた。
 「今、何時?」
 「まだ三時だ」
ああ、良かった、とカカシを抱きしめる。
 「なんで?」
 「ずっと先生と一緒にいれるってば」
カカシも素直に頷いて、
 「そういや、しばらくゆっくりできなかったよね」
と言う。
ああ、なんだろう、とナルトは抱きしめる腕に力を入れた。
切ないような嬉しいような、先生が大事すぎるような、愛しくてどうかなりそうな・・・・
これが、幸せってやつなんだろうなあ・・・・
 「先生」
 「ん?」
 「先生」
 「(笑)・・・なんだよ?」
ナルトは、そのままカカシに口づける。
それは明確な合図で、カカシも拒まなかった。





カカシのシャツのボタンを外す。カカシも自ら手伝って、ボタンを外した。
『幸せモード』というよりは、『その確認をして幸せスイッチを入れるモード』のナルトは、いちいちすべてを噛みしめる。
 『オレと寝るのに、自分で脱ぐ先生・・・・』
シャツの合わせ目から、カカシの乳首が見えて、ナルトは躊躇無くそれに触れる。
カカシがクッと息を喉の奥で飲み込むのがわかる。
いつも気づくと、ただただナルトを煽る色っぽい存在になってしまっているので、いつ、カカシが変化するのか、そのポイントを見定めたいと、常々思っていた。
 『乳首なのかも・・・』
そんなくだらない考察は、次々展開する時間に、あっさりと流された。
カカシを押し倒して、自分が上になる。
カカシの左手が、ベッドの上の掛け布団を剥がそうとするのを見て、ナルトが言う。
 「寒い?」
寒さで、布団の中に潜り込みたいのか、と思ったのだ。
 「!」
明らかにカカシが、不意を突かれた顔をして、一瞬動きを止める。
 「どうしたってば?」
 「いや・・・」
ナルトは言い淀むカカシを抱いて、「ん?なに?」と言わせようとする。カカシは、目を伏せると掠れたような声で言った。
 「だって、明るすぎるから」
 「!」
今度はナルトの動きが止まった。
全身に、「萌え」のエネルギーが充填されたことは間違いない。
 「先生、気にするの?」
 「そりゃ、恥ずかしいよ」
ナルトが押し黙る。怒ったようにカカシを見下ろして、何を考えているのかわからない。しばらくナルトの沈黙につきあったカカシは、顎を上げて窓を見た。
 「カーテン、閉めていい?」
もしかしたら、断られるかもしれないという半分諦めた提案だったが、ナルトは無言で頷くと、ベッドを飛び降り、カーテンを閉める。明るかった部屋は、落ち着いた照度になる。
戻ってきたナルトに、ちょっと驚いた顔で、カカシが「ありがとう」と言った。
また無言で頷いて、ナルトはカカシに抱きつくと、何かのスイッチが入ったように、黙々と動いた。
押し倒されたカカシは、自身の体勢を整えようとして身じろぎしたが、いきなり舐められた首筋の感触に、
 「あ・・っ」
と声を上げてしまった。つづけて「ナルトっ」と言ったが、それはもう、何かを訴えたいのか、睦む延長なのか、もはやわからなかった・・・





 「ナルト、スパゲティつくるの、上手だよね」
オレの好きな味だよ、と、カカシはそんなことを言って、ナルトを悶えさせる。
褒められて嬉しがっているのではない。これがレンジでチンだとわからないカカシが愛おしくて、だ。
 「先生、これ、電子レンジでつくるんだぜ?」
笑いながら言っても、カカシの反応は同じだ。
 「ふ~ん・・・ガスとどう違うんだろうね?」
ナルトはちょっと胸がぎゅううとなる。
 「いやいや・・・これは、調理する、とはいわねえし」
 「そうなの?でも、なんか、オイル入れたり、掻き回したりしてるだろ?」
今度はナルトは無言で、スパゲティを食べているカカシを見た。
カカシが無知なのではない。
戦争に明け暮れた世代の、しかも元暗部ともなれば、このくらい普通の日常と乖離した感覚なのだと、ときどきナルトはカカシから知る。
今だって、戦争と戦争の谷間にすぎない平安だろうが、それでも、以前よりは社会が安定して、電気も安定的に供給されるようになって・・・・
そりゃ、先生の知らない事もあるよなあ・・・
 「時々、子供みたいだな、先生」
 「どういう事?」
ちょっと心外そうな顔をして、カカシが言う。
唇をケチャップで染めて、『この人がこんなにもかわいい理由は、』とナルトはカカシに手を伸ばす。
こんなに優秀な忍者なのに、里でも一目置かれる人材なのに、オレが教えないとレンジも知らないトコなんだろうか・・・・
その指がカカシの唇に触れて、ゆっくりとオレンジ色を拭った。
 「先生さ」
 「ん?」
されるまま、カカシがナルトを見る。
 「今日がどういう日かもしらねえだろ?」
 「今日?」
カカシがちょっとハッとした顔をする。
あれ、知ってたかなとナルトが思ったとき、
 「ごめん・・・なんかの記念日だった?」
と、本当にすまなそうに言って、ナルトを伺い見た。
ああ、本当に・・・・愛しすぎてたまんねえ・・・・・
 「違うよ(笑)」
カカシが明らかにホッとして、
 「じゃあ、なんなの?」
と聞く。
ナルトは、立ち上がって、食べ終わったカカシの皿を持ち上げ、言った。
 「今日は、ただの日曜日だってばよ」
シンクに向かうその背に、今度はカカシが言う。
 「なんだよ、ただの引っかけ問題か?」
 「ははははは」
やっぱりかわいいな、と思ってそこは言わない。
カカシも立ち上がり、ナルトの皿を持ってシンクに並ぶ。
背はまだまだ負けているが、もっと負けていた時から、この人を知っていると、改めて考える。
大人になったら、先生のような手になると思っていたが、どう見ても自分の方が無骨な男の手だった。
以前サクラが『先生の手はきれいよね』と言っていたことを思い出す。
 「オレ、洗うよ?」
と言って、水に濡れる整った手が、さっきまでカカシ自身の声を殺すために唇に咥えられていたことを思い出して、
 「うん。サンキュー」
と、慌ててそこを離れる。
どうしてもにやけてくる顔をカカシに見られたくなかった。





寝室で、カカシを腕に抱きしめて寝る。
触れることができる確かな存在は、ナルトを幸せの深みに連れて行く。
 「今日はすんなりカーテン閉めてくれたよな」
思い出したようにカカシが言った。
 「ん・・・」
 「いつものお前なら、そのままいきそうなのに」
 「だって、先生、いやなんだろ?それだけだよ」
カカシが動く。ナルトはしばらく気づかなかったが、それはカカシがこっちを見たがための動きだった。
 「え?どうしたの?先生」
 「いや・・・・ほんとにナルトかなと思って(笑)」
 「なんだよ、それ」
ちょっと眠たかったナルトは、少しずつ副交感神経に支配されながら、気持ちいい狭間に揺れていた。
カカシが目の前にあるナルトの腕に顔を擦りつけて、自分が落ち着くポジションをとる。
ああ、猫みたいと思いながら、ナルトは眠いままに会話をつなげた。
幸せに頭まで浸かってしまうとそれに気づかなくなるという感覚があって、言葉にしないとダメな事もあるんだと、カカシとのつながりで知っていた。
 「オレは先生に気持ち良くなって欲しいだけだから」
 「・・・え?!」
 「先生が、暗い方がいいなら、それがいい」
 「あ・・・、わかった、もういい」
カカシが動揺して動くのを、思い切り抱きしめて押さえ付ける。
 「だから、今日の先生は、凄く、エロくて可愛かったよ」
 「いいって!」
 「よくない」
 「いや、ナルト、」
 「先生、オレの事が好きなら、オレの事も聞いて」
カカシが大人しくなる。
 「聞いてくれるの?」
 「ああ。言って」
 「(笑)オレの事、好きってことだね」
 「変なナルト」
カカシが諦め、静かな夜の空気も、聞き耳を立てるかのように、穏やかに沈滞する・・・
 「先生が気持ちいいと、オレも気持ちいい」
 「・・・・・」
 「先生が、幸せならオレも幸せ」
 「・・・・・」
 「・・・・以上」
カカシは何も言わない。ちょっとクサイセリフだったとナルトは自問自答して、空気を変える。
 「あ、そうだ、さっきの引っかけ問題さ、」
 「ん?」
 「もう一つ、答えあったよ」
 「なに?」
 「なんか今日、オレ、すっごく幸せだから、そういう日にしとこう、と思って」
と、いきなりカカシが体勢を変えて、あっという間にナルトが組み敷かれた。
 「せ、先生?」
 「もう、二度とは言わない」
 「!?」
 「ナルト、愛してるよ」
 「!!!!!」
 「だから今日だけじゃなく、オレといる間、ずっと幸せでいて・・・欲しい」


その後のことは、もう忘れた。
滅茶苦茶に驚愕して、興奮して、一生分の愛情を感じて・・・・・とにかく、人生に起きた、カウントすべき出来事ではあったと、ナルトは思う。
次の日の朝、カレンダーは2月15日。
やっぱり2月14日を知らなかった先生と、でも、毎日、互いを慈しむ日々を重ねている。
その存在が、なによりも、なによりも、自分を励まし、支え、強くして、同時に、心を涙でにじませることを、カカシと一緒に過ごす時間で知った。
そして、それと同じ事をカカシも感じているらしいことに、ナルトは感動し、自分の存在にネガティブじゃない意味を見て、同時に、自分を生み出してくれた両親に感謝する。

特別な事も、チョコレートもないけれど、すべて先生と一緒にいる時間が、オレの奇跡だ・・・・


2016/02/11


2月14日のかわいい出来事