56日分の隙間




私の顔を覗き込む先生の目に、まさかの涙を見て、私はやっと自分の状況を理解した。
  「私・・・」
何故か動かない身体については、まだ、気が回らない。
  「やば・・・かったのね?」
  「だから、さっきからそうだって言ってるだろ?」
先生じゃなく、隊長が、先生の背後からそう言った。
  「そうだぜ、サクラちゃん、全然目を覚まさねえんだから」
ベッドの反対側で、これはナルト。
そうなんだ、と独りごちながら、起き上がろうとして、やっと自分の身体の状況に気づく。
  「ダメだよ、まだ」
あ・・・師匠も、いたんだ・・・
  「一週間はそこに寝てな」
  「ええ!?一週間も??」
  「なにを今更。2ヶ月も寝てたんだ、いいだろ、一週間ぐらい」
は?
2ヶ月?
唖然とする私の空気に、隊長が頷く。何かを言おうとして、でもすぐに何かに遠慮して、まあ、と言った。
  「意識も戻ったし、身体も大丈夫だし、結果オーライだね」
私の視線は至近にある先生に戻る。
  「先生・・・ごめんなさい」
  「どうして?」
  「心配・・・かけちゃったみたい・・・」
  「いいよ、サクラが無事でホントによかった」
そう言って、涙の滲んだ目で笑む。
その瞬間、なにか・・・・なにか、ずっと頭の奥のほうで、なにか閃いたような気がしたけど、
  「さ、さ、お見舞いは終わりだよ」
という師匠の声が、私のリスタートした時間を日常に引き戻した。





11月の空気は、シンと静かで冷たくて、病室にいる私の56日間みたいだった。
ホントになんにも覚えてない。
解術に必要な薬の材料をそろえようと、いつもの任務をしていたのは覚えている。
というか、普通の記憶として、ある。
高い山に薬草を採りに行くために数日野宿したり、珍しい鉱物のために国境近くの採石場に行くことは、普通に任務としてあった。
2ヶ月前の自分は、南の山に出掛けた。
・・・・・そこまでだ。
何があったのかなあ?
まあ、私もそれなりに経験を積んでるから、おおよそはわかるけど。
怪我はたいしたことなかったみたい。
多分、なんか、
  「それこそ解術が難解な術でもかけられたんだろうなあ・・・」
と、ノックの音がして、ナルトの声がした。
  「サクラちゃん、起きてる?」
  「いいよ、ナルト」
入ってきたナルトは、私を見ると表情を明るくして、にやつく。
  「なに?にやついて」
  「え?ああ、これでも遠慮してんだぜ。本当は抱きしめたいくらい嬉しいってば」
じゃあ、抱きしめてよ、と思ったけど、私の身体のことを気にしてくれているんだと思って、私も、
  「バカねえ」
と笑った。
  「心配かけちゃったね。ごめんね」
  「いや、いいってばよ」
  「それにしても、あの先生が泣くなんて、びっくりしちゃったよ」
  「え?」
  「だって涙浮かべてたよ?」
  「そりゃあたりまえだろう?」
  「・・・そう?」
  「つきあってんだもん、普通だろ」
・・・・・
  「は?アンタ、何いってんの?」
  「照れるなよ。サクラちゃんの意識が戻らない間、先生なんか見てて可哀想だったぜ。サクラちゃんと一緒にどうにかなっちまうんじゃないかってなくらい」
・・・・・
そのとき、私の中は、いろんな理解と驚愕で満ちていた。
口が勝手に喋る・・・・
  「あ、あ、あ、あんたの遠慮って、私の身体じゃなくて、先生に遠慮ってことね」
  「はあ?何が?」
  「私を抱きしめない理由よっ!!!」
  「!、あ、ああ・・・悪いだろ、先生に」
  「せせ・・先生があんな顔してたのも、『愛しいサクラ』だから・・・ってこと?」
  「うん・・・・ってどうしたの?サクラちゃん?」
ナルトの素朴な困惑顔が、すごく・・・憎たらしい!!
  「ねえ、ナルト」
  「何だよ?」
  「私と先生って・・・・」
  「うん?」
  「・・・・つきあってんの?」
  「・・・・・おい・・・・」
ナルトの中にも、驚愕と理解が満ちているようだった。
  「おいおい、よせよ、先生が可哀想すぎる・・・展開だ・・」
  「だって、覚えてないんだもの!!」
ああ、ベッド最前列で私の髪を撫でていた先生の行為は、やっぱり教え子に対するそれじゃあなかったんだ。何気に濃厚だなって感じはしていたよ、そりゃ。涙まで浮かべて、でも、それは単に相当やばかった私の状態を表しているとしか思ってなかった。
だって、知らなかったんだから!!・・・・・つきあってるって。
いや、正確には忘れちゃった、なんだろうけど・・・・
  「本当なの?私と先生が、」
  「待て。優先順位をはっきりさせる」
  「な、なによ、いきなり」
が、ナルトは男らしい表情で、私の唇に人差し指を押しつけた。
  「先生には絶対、言うな」
その表情と空気は、充分私の質問の答えになっていた。
私は、かろうじて頷く。
  「俺たちだけで、解決・・・するしかないよ」
なんだかわからないけど、私が忘れたって知ったら、先生のダメージがもの凄いことになりそうな予感は、ナルトの態度からビシビシ伝わる。
ああ、私と先生は、恋人同士・・・・だったなんて・・・・
いきなりすぎて、信じられるかっつーの!!!









2010.11.14.

行き当たりばったりに続く・・・・