愛というのは

川土手の上を、ちょっと冷たい風が吹き抜ける。
サラダは、身震いして、高い視界を川の方におろす。
土手よりかなり低いところを流れている川は、今の風で散ったのか、川面をほんのり色づける花弁を浮かべ、それをゆっくり流していた。

春が来た。

土手の道沿いに並んだ桜の木は、春を待ち望んだ人々をその下に集め、まだ肌寒い風は、人並みと桜を同じ手で揉みくちゃにする。
可愛い嵐のような春の風は、空の雲も勢いよく流した。
その間から日が射したり陰ったり、土がむき出しの道に、転がるように日だまりが遊び、無意識に、それを踏むように歩きながら、サラダは、服の裾に引っかかった桜の花弁をつまみ上げる。

やっぱり思う。
「ママの色だ」
ママの花だと。

サラダは振り返る。
桜の木に集まる人たち。
笑顔でその花を見上げる人たち。

幸せな桜。
綺麗な桜。
ママのママたちが、「サクラ」と名付けたその意味。

「綺麗だな」
いつの間にか、サラダに追いついたサスケが、サラダの摘まんだ花びらを見ている。
「うん。綺麗」
言いながら、サクラは、その顔をそっと見上げた。
『やっぱり!』
いつもより、二割増しくらい笑顔成分が多い。
パパも、絶対、ママのことを考えてるハズ。
だって、この花は「サクラ」なんだもの・・・


実際、サスケは、サクラの事を考えていた。
ただ、サラダとはちょっと違っていて、その可愛いサラダの指と、サクラに通じる桜の花弁に、時間の流れをしみじみ感じていたのだった。

繰り返し、春になると咲き誇る桜。
妻の名と同じ花は、派手に咲き散ることで、オレたちが重ねた月日をも思い出させてくれる。
今は、オレたちの子の、サラダがその花弁を掌に載せて・・・・

自分の思いにどっぷり浸かっていたサスケは、
「ん?」
ここでようやく気がついた。

サラダが、何か考えているような顔で、オレを見上げている・・・
うむ・・・・
これは、なんとなく、オレとサクラのことを考えている表情っぽい・・・
今にも「また、ママのこと考えてるんでしょ!」などと言いそうな感じだ。
いやいや、オレたちは夫婦だし、それはなんら恥ずべき事じゃない。
子供相手にも、堂々と、「そうだが、何か?」と言っていい案件のハズ。
それなのに・・・・
サラダの顔を見る。
ああ、ヤバい。
こ、これは、何か、確信した顔だ・・・・

「違うぞ、サラダ!」
「へ?」
急に、キリッとして、声高に言い出したサスケに、サラダがビクッとした。
サラダの驚きにも気付かず、サスケは、近くの桜の木のそばにすっ飛んでいった。
その幹を、撫でて、叩いて、サラダを見る。

「サラダ。この美しい花だけが、桜だと思うな」
「!?」
「見ろ、このゴツゴツとした、樹皮を!」
「う・・・うん・・・・」
何が起きているのかわからない。サラダは唖然としてサスケを見守った。
しかも、声が大きいから、すでに、若干の観客ができている。
「凄いだろ?可憐な花だけに気をとられてはダメだ。この本質をこそ、見ろ!!」
観客の皆さんも、つられて桜の木の幹を見る。
ギャラリーができたことで、なんとなく調子に乗ったサスケの滑舌は滑らかだ。
「この男性的な、隆々とした有様はどうだ!凄いだろう!!」
ギャラリーが頷く。
我が意を得たり!!
サスケが叫ぶ。
「春だけが桜の季節じゃない。葉桜に虫がたかったって、真夏の灼熱の太陽に熱さで潰されそうになったって、秋に丸坊主になったって、厳冬の雪に攻撃されたって」
うん、うん。
「桜の木は、たくましく生き延びるんだ。このゴツゴツした厚い樹皮に守られて、一年、耐え続けるんだよ」
自分に酔ったサスケの耳に、聞き慣れた声がした。

「たくましいって何が?」

ん?
ギャラリーの目線を追ったサスケは、一瞬、口をつぐむ。
「ママ!」
サクラは手にしたおでんや焼き鳥を、サラダに手渡した。
「何が男性的で、たくましいの?」
ずっと聞いていたのか。
ギャラリーが心配そうに見守る。

サスケはやっと口を開く。
「ということだ、サラダ」
「ん?」
いきなり話を戻されたサラダが「?」だが、今は、そのことに構っていられない。
サスケは、ままよと、桜並木を手で指し示した。

「だから、桜は、春に、こんなに美しい花を咲かせることができるんだよ!」

ホッとしたギャラリーが「おお!」と拍手をする。
サラダも無邪気に、パパすごい!と言った。
「ほんと綺麗ね」
言いながら、サクラも笑った。
窮地を脱したサスケは、思わず大きなため息をつく。
「あ、ボルトたちだ!」
サラダが、人並みの向こうに走っていく。
その背を見送って、サクラがサスケの腕に、自身の腕を回した。
「サクラ・・・」
「いいでしょ、お花見イベントだもん」
「あ、ああ・・・構わない」
二人、ゆっくり花の下を歩く。
強い風は、二人のために花を散らすようだった。陳腐なハズの舞台効果は、今はどんなシーンより温かい・・・
「あ、ええと・・・さっきのは・・・」
「ふふふ・・・・わかってる」
サクラの柔らかい声は、サスケの心の奥をジンとさせる。
「お前の表面だけじゃない」
「うん」
「オレはずっと見てきた」
「うん」
「お前の強さ、優しさ、気高さ、そして美しさ」
「ふふっ」
「オレは全部、知ってるんだ」
サクラが、その腕に力を込める。
その力に応えて、自身も腕に力を込めてサクラの腕を身体に感じる。

「お前は本当に、この綺麗な桜そのものだよ」




「おう、サスケ!」
並木道の向こうからナルト一家が現れた。
「向こうにシカマルもいるしさ、一緒に食べねえ?」
「ああ、いいな」
両家族が混じって、ひときわ賑やかになると、ナルトがそっとサスケに耳打ちした。
「お前の演説、録画したぜ」
「!!おまっ!!」
急に始まった、大の大人の追いかけっこに、子供たちが大はしゃぎして一緒に走り回ったのは言うまでもない。

 

終わり
【H31/04/29 pixiv】
【R01/06/18 LR up】