遠い空、近い色 1




私はぼんやり陽だまりを見てる。
広い日本間の部屋の奥。
古くて背の低い和ダンスに寄りかかるように座って、ここまでは入らない日の光は、縁側に集まって、そこを、温かく包んでいる。
黒光りしている縁側は、夏だったら触れないほど熱くなったろうけど、もう、秋に様変わりした景色は、その温度を、じんわりとした優しさにとどめていた。
庭の木も、ゆっくりと葉を染め、夏には濃い陰影だけが強調されたような眺めだったが、今は、カラフルなパステルカラーを反射させている。
  「きれい」
もしかしたら、今日、初めて出した声は、乾いた声帯を震わせ、ハスキーに響く。
感じたことを、口に出す癖は、先生と付き合うようになってから。
そうじゃないと、あの人は、すぐに不安になったり、悲しそうにしたり、時には、静かに泣いたりするから・・・・
  「どうしてあんなに無垢なのかな」
生きて重ねた年月と、汚れていく内面に相関関係などないことを、私は先生を見て初めて知った。
頭はいいし、なんでも知ってる。もちろん、人間の汚いところ、悲しい部分も知っている。
それなのに、その経験は、先生のまっすぐな内面に、全然反映されていないようだった。
  「いつまでも、悲しみに慣れないみたい」
何回任務を繰り返しても、毎回初めてであるかのように傷つく。
部下だった私たちの前では、なんでもないような顔をして、一人になった先生は、呻きながらその「経験」と闘っていた。
そんなあの人のことを、
付き合うようになって初めて知った。

カサリ

かすかな柔らかい音がして、
大きな長方形に区切られた縁側の外の景色の、右上から左下に向かって、陽を浴びた半透明な黄色の葉が、流れるように落ちる。
ひっそりとした家の中を、秋らしい涼しげな風が流れている。
先生はいない。
任務かも知れないし、どこかに出かけているだけかも知れない。
午前の穏やかな空気の中、先生の家に来た私は、裏木戸の細工を解いて、勝手に入って涼んでいた。
私と付き合うようになってから、先生は、鍵もかけなかった家に、二人にしか解けない術の細工をするようになった。
俺はいいけど、サクラが一人の時心配だから、と、私の怪力を忘れているかのようなことを言った。
  「私、先生より強いよ?(笑)」
先生は、私の方を見て、ちょっとだけ目を見開いた。
  「確かに。そうだったね(笑)」
先生の表情は複雑で、それは、単に私の怪力が先生を凌駕していることに対するそれじゃない。
私も曖昧に笑って、視線を外す。
優秀な忍者であり、頼もしい先生であり、14歳も年上で、ごく普通の男であり、セックスは受け身で、ルックスはかなりいい、という先生のあらゆる属性と、成長株の忍者であり、頼られつつある医療従事者であり、14歳も年下のごく普通の女で、セックス大好きな積極派で、ルックスはそこそこという私のあらゆる属性が、私たちの距離が近すぎたために、二人をいつも混乱させてしまう。
冷酷な暗殺を遂行するような先生が、夜は私に抱かれたがったり、かわいい恋人の女の子が、そういや優秀な医療忍者だった、という日常の小さなギャップに、私たちは、いまだに翻弄されていた。

ざわ・・・

ちょっと強い風が吹く。
落ちるかしらと思った木々の葉は、意外に一枚も落ちることなく、すでに落ちていた幾枚かが、温かい地面を、カサコソと舞う。
ギッとかすかな音がして、裏木戸が開く。
先生が帰ってきた。
部屋の奥の私に気づいて、縁側に両手をつく。
その様は、飼い主を見つけた子犬のようで、私は小さく「かわいい」と言った。
  「サクラ、来てたの?」
言いながら、先生は縁側から部屋に上がる。
何の変哲もない白いシャツに、濃いブラウンの綿パンをはいていた。
  「あ、そこにいて」
私は先生を縁側に押しとどめる。
優しい秋の日差しに包まれている先生を見ていたかった。
  「うん・・・・サクラもこっち来る?」
なんの疑問も抱かず、恋人の言うことには絶対ネガティブはないと思い込んでいる先生。
  「そっちは暑いもの」
私が笑って言うと、
  「寂しいこと言わないでよ。じゃあ、俺がそっちに行く」
と、ナルトやサスケ君が聞いたら、目を剥くような恥ずかしいことを、言った。
  「ダメ」
私は強く言い、両手を先生に向けて突き出す。
陽だまりにいて、こっちを窺う先生は、先生に寂しい思いをさせても、見ている価値があるくらい、本当に素敵な色彩だった。
  「サクラ・・・」
あ、また、先生の不安にスイッチが入っちゃう。
  「だって、ここから先生を見ていたいんだもの」
  「どうして?」
  「・・・うまく、説明できない」
先生は、ちょっと考えていたが、すぐにあきらめて、縁側に座った。
先生の髪をかすめて、また一枚、黄色い葉が落ちる。
まだ、葉の付け根に淡い緑色を残した落ち葉は、秋の日を受けて、透明なセロファンのように輝いた。
  「落ち葉だ」
先生が見たまんまのかわいいセリフを吐くと、それを手に取る。
少し癖のある硬めの銀髪も、陽だまりの中では柔らかく発光していて、思わず触れたくなるような質感になる。
うつむいて、手元のセロファンを見つめるあなたを、こうして見ていることが、こんなにも私を溶けそうに安心させること、知らないよね、先生。
  「秋なんだね、もう」
もう、秋。
こんな日に、一緒に過ごしていると、闘っているあなたが、もう重ならない。
それは、すごく幸せなんだけど、その幸せは、この陽だまりの景色みたいに、背景から切り取られているもののようにいつも感じる。
いつまでも続かないような、そう気づいてしまえば、ドクンと心臓を拍動させるような、そんな感覚を、いつもあなたに感じている。
  「先生」
  「なに?」
なんの疑いもない、肯定で満たされたそれだけの返事が、私の身体にじんわり作用する。
  「そこから、見てて」
  「え?」
先生の理解を待たず、私はブラウスを脱ぎ捨てる。
  「サクラ!」
かまわず下着も取り、上半身、裸になった。
  「サクラ、あの、」
ちょっと不満なサイズの乳房を両手で寄せて、乳首を指の間からこぼす。
  「どう?先生」
  「ど、どうって・・・・綺麗だよ・・・でも、あの、サクラ、」
  「先生も」
  「・・・あ、・・・え?」
  「先生も、見せて?」
人のいい青年は、絵に描いたように、年下の少女に翻弄される。
薄く開いた口からは、なんの言葉も出ず、私の柔らかい胸を見たまま、考えることなどできないだろうに、考えているかのように、秋の日に淡い陰影をつけた先生の表情は詩的だった。
なんて穏やかな日なんだろう。
透明な秋の日差しに、私の大事なすべてがそっと包まれている・・・・
 「わかった」
やがて、そう言って、先生が脱ぎ始めたのは下半身。
その、かわいい判断に、私は笑ってしまう。
こげ茶色の綿パンを脱いで、濃い青色の下着を、ためらいなく下ろした。
明るい長方形の秋の舞台で、きれいな先生のストリップはとても刺激的で、私は、胸をおさえていた手をおろして畳につく。
ほっそりした色の白い筋肉質の身体が、秋の空気に同化して、それは猥雑な眺めのはずなのに、懐かしいときに感じるような愛おしい感覚で、私を満たした。
先生は縁側に座ると、私の方に身体を向けて、
  「じゃあ・・・サクラも俺を見て」
と言った。
私は頷く。
先生は、両腕を後ろについて、足をこちらに向けている。
立てた膝を、そのまま外側に倒し、その中心を、私の眼前にさらした。
シャツの裾が、太ももにかかり、
  「先生、見えない」
という私のセリフに、先生は、股間に重なる白いシャツを捲りあげた。

ざわ・・・

また、風が吹き、パステルの木々が、ゆっくりと大きく揺れる。
シャツの裾を手でたくしあげ、大切な所を私に見せている間抜けな先生の、その髪も風にいじられ、ほとんど私は泣きそうに、この人が好きだ、と感じていた。