鳴門の案山子総受文章サイト
意外に派手な音がして執務室のドアが開いた。
あいつ以外に誰もいないことはわかっている。
オレはドアを開け放つ。
オレがオレ以外に見えないカカシは、普通にオレを迎える。
「どうした?サスケ」
と笑みながら。
残酷で、でも不可避だったイベントが終わって、その興奮と喜びはいつまでも続くかのように里の空気をかきまわしていたが、でも、気づくともうそれは日常だった。
秋も半ばを過ぎ、木の葉が暖色に色づいて、機械的に一秒一秒を進める自然のシステムは、やっぱりきちんと機能していて、俺は安堵する。
つまり、何も変わっていない。
オレをこの「平和」に繋ぎとめようとする愛情にまで逆らう気はない。
ただ、今後、オレにとっての最善がそれと違えば、行動を変える。
それだけだ。
「アンタに会いに来た」
「ふうん?」
ちょっと考える感じで頷いて、大きな机から立つ。
「腕は大丈夫か?」
オレの欠けた左腕の方を見ながらそんなことを言う。
その疲れたような眼差しが、もう、オレの何かを苛みはじめる。
「痛む」
「そりゃそうだろうな」
「アンタはどうなんだ?」
するとカカシは笑い出し、
「アバウトすぎて、どう応えたらいいんだ?」
と言った。
「アバウト?」
「どう?って言われたってさ。火影の事?俺の目のこと?細かい怪我なら数えきれないし」
ああ、オビトとの事か?などと言いながら、本当にこの男はいつもオレをイラつかせる。
オレは一足飛びにカカシに近づくと、その左腕をつかんだ。
「サスケ?」
「抱きに来た」
「・・・は?」
「アンタとやりに来た」
「!・・何言って」
もうガキじゃない。
それはオレにとって、回り道をするというくだらない時間のロスと、目的に余分な不純物を混ぜる愚行の双方をカットするという意味だ。
里抜けする前、オレを一番躊躇させたのが、実はカカシだった。
ナルトもサクラも、オレと経験値が同じである、つまり人生の参考にならないという理由で、オレにとってのなんの拘束にもならなかった。オレを妨げるものなんてなかったんだ。
それなのに。
大人のくせに、大人じゃいられない無垢な内面を持って、
いつも正しく誠実であろうとして、結果迷ってばかりいて、
オレの強引さに負けて、オレと寝た馬鹿な教師。
憧れでも、尊敬でも、敬愛でもない。
割と単純に好きだったんだ。
ただ、この執着が、ただの青春の錯誤じゃないと本当に気付いたのは、里抜けの後だったが。
だから、アンタの後悔にオレの里抜けが加わったことを、オレは密かに喜んだ。
オレが木ノ葉に戻らない以上、アンタはオレを永遠に忘れない。
今度はアンタがオレに執着する番だ。
「オレの気持ちは知っているだろう?」
何度も言った。
好きだ、好きだと何度も言った。
ガキなオレは、本当に愚直だった。
叶わないかもしれないのに「努力」したんだ。
確信を持って進んできた抜け忍としての行動とそれは真逆で、オレはアンタから、そうだ、アンタからも、凄く学んだんだぜ、カカシ。
「昔の話だろ」
目を伏せて長い睫毛の影がサッと頬に落ちる。そんな足掻きすら、オレがかわいいと感じてしまうのを、アンタはどう思うんだろう。
「勝手に昔にするな」
「・・・・」
「今もだ」
「おい・・・お前」
「好きだ。カカシ」
「やめろ」
オレの腕を振りほどき、一歩下がる。
どうしてアンタはそうなんだろうな?
オレを突き飛ばして、側近を大声で呼べ。
そうしたらオレは出て行くよ。
オレの横を戸口まで歩いて、そして出ていけばいいんだ。
そしたらオレはあきらめるのに。
そのどれも選択しないで、ああ、アンタは本当に自分の気持ちに逆らえない。
オレの強引さが好きで、いや、オレのルックスが好きでもいい。
いや、オレとのセックスが好きということでもいい。
ガキじゃないオレにはもう不要なんだよ、そんな御託。
そこにどんな理由をつけようと、どんな理屈をひねり出そうと、時間が進めば結果は同じだ。
だって、オレと寝るだろ?カカシ。
「オレの行動の結果はすべてオレが引き受ける」
「?!」
「そうやって生きてきたし、今回の事も、オレなりに決着をつけるつもりだ」
カカシが目を上げてオレを見ている。
ああ、色がそろったアンタの目。
自由になったアンタが、こんなに愛おしいなんてな。
「ただ、オレ一人じゃどうしようもないことがあったんだ」
オレはまた手を伸ばし、カカシの左腕を掴む。
「ナルトとは御覧の通り、やり切ったよ」
オレは無い左腕を目で示す。
「サクラのことは、それこそ責任を持って、あいつの愛情に応えるつもりだ」
「じゃあ・・」
「ん?」
「俺のことはいいじゃない」
「じゃあ、じゃない。だから、残ってるのはアンタだ」
今度は逃げられないように、オレはカカシの腕を掴む手に力を入れる。
でも、カカシは何のアクションも起こさず、もうすっかり暗い窓の外を見ていた。
オレは構わず片腕で抱きよせて、その目をこちらに向かせる。
カカシは素直にオレを見て、静かに息を吐いた。
「お前は真面目だね。今も昔も」
「ほめてるのか?」
「(笑)・・・困ってる」
その笑みに、オレの腕の力が抜ける。
いつもそうだ。
オレの強引さは、たぶん堅いが故にもろいんだろう。カカシがオレの勢いに諦念を抱き始めると、途端にオレの分が悪くなる。
「なに、笑ってる?」
カカシは応えず、オレの左腕を見ると、ちょっと目の縁を歪めた。
オレはもう一度カカシを片手で抱きしめて、マスクの上から口づけた。
オレに圧されて、体勢は引け気味だったが、拒絶しない。
歯でマスクを噛んでそのまま下に引きずって下ろした。
全然変わってない。
火影の仕事で疲れたのだろう印象が、以前にも増してオレを煽る。
「もう、以前のサスケじゃないな」
「見かけだけだ。中身は変わってない」
「わかってる」
でも、カカシはそういうだけで、自分からは動かない。
オレは自分で自分に頷き、カカシを来客用らしいソファの上に押し倒した。
余程いいソファらしく、オレのベッドより寝心地が良さそうだった。
「抵抗していいぞ」
ちょっとばかり調子に乗ってオレが言う。
「ま、結果は同じだがな」
「明り」
と、カカシ。
オレは暗い窓を見る。なるほど。これじゃ丸見えだな。
オレは手裏剣を投げつけて、壁のスイッチを切り替える。
暗くなった室内は、外の闇をも一つの空間にしてしまう。
「バカ!壊すなよっ!」
「好きだ」
「もう」
「里の外でも、何回もアンタを思い出した」
「サスケ」
「オレのことで苦しんでいればいいと思ったよ」
カカシがその両手を伸ばしてオレの頭を掴んだ。
「ああ」
「カカシ」
「苦しんださ。後悔もした。自分に心底、愛想が尽きるくらいにね」
「オレが憎い?」
「憎かったら苦しまなくて済んだな」
「大事か?」
返事をするかわりにカカシはゆっくり頷いた。
「オレの事が好きか?」
「バカなことを聞く(笑)」
「答えろ」
「そこがガキだ」
「言わないアンタもそうだろ?」
「(笑)確かにそうだ」
会話はそこまでだった。
何もしないと決めたらしいカカシの着衣を片手で取り去りながら、オレは以前見たカカシの景色を脳裏に思い出していた。