鳴門の案山子総受文章サイト
暦の上ではという表現に、カカシはいつも違和感を覚えていた。
多分、その言い回しがよく使われる季節に、 自分が生まれたという事情のせいで気になる機会も多いのだろう。しかし、くどいくらい毎年繰り返される 「暑さは続きますが、暦の上ではもう秋です」 はいったい何なんだろう?きっと何かが間違ったまま放置されているからに違いない。
とはいえ、いつもはもう少し正確に働く思考も、程よくアルコールが入った今は気持ちよく混濁している。
「そもそもさ」
と、カカシは横たわったまま、 その両手を空に伸ばした。 ピクニックと称する子供たちへの奉仕で、今日という貴重な休日を潰されて、行く前は、こっそりとではあるが、散々文句をたれていたカカシも、今はシートに寝転がってまんざらでもない。 子供連れのピクニックで酒の発想はなかったが、 テンゾウが持ってきたワイで、アリだな、とあっさり納得。 同じく、シートの上に弛緩した体で座るテンゾウに、 言葉というよりは音声をぶつけている。
「そもそも・・・なんです?」
顔を仰向けて、 ナッツを口に放り込みながら、 テンゾウが返す。
テンゾウの目に、 空はどこまでも高く、その青は、盛夏の強烈な色味がちょっとだけ落ちて、やはり爽やかな秋のそれだった。 カカシの綺麗に整った手が、 空を掴むように指を広げ、もういい加減、その造形の完璧さを知り尽くしているハズなのに、やっぱり見とれてしまう。
「暑いなら夏でいいだろう」
「は?」
「いやだからさ、暑いんだからさ、無理に秋にしなくてもいいじゃない?」
「はあ・・・」
テンゾウにして見れば、シートの上をゴロゴロしていたかと思ったら、いきなりの「そもそも」である。なんの話か全く見えなかったが、 曖昧な返事をしっかりした首肯に乗せて、つまりカカシの機嫌を損なうことはしない。
「いや、でも考えて見たら、寒くなるときって急に寒くなるよね」
「ええ」
テンゾウの声が元気になる。それは普通にあることなので、 単なる事実の認定だ。 自信たっぷりに返事をした。
「ふふふふふ・・・」
今度は急にカカシが笑い出す。 シートの上に仰向けのまま、クツクツと。 笑いの揺れが、ゆっくり肩から胸、腹部に降りてきて、最後に立てた膝がゆらゆらとぶつかり合う様は、二人だけの時間を呼び起こす。 伸ばしていた両手が、 今は腹の辺りで、 身体と一緒に揺れていた。 ついうっとりと見下ろしてしまい、 遠くで騒ぐ子供らの声に、ハッと意識を戻すほろ酔いのテンゾウだ。
「何を笑っているんです?」
いいながら、でも我慢できず、その膝にそっと触れた。 カカシは意に介する様子もない。
「だってさ、暑いのに急に寒くなったら、秋がなくなっちゃうだろ」
「はははは、 何を言うのかな、この人は!」
カカシがあまりに屈託なく笑うから、 テンゾウもガードが下がる。 さっき、一瞬取り戻したはずの理性はあっさり四散し、 テンゾウはあろう事か カカシの両足にダイブし、それをしっかりと抱きしめてしまった。カカシも「なんだよ」 と言いながら、 テンゾウを避ける様子もない。 あげくに、二人でシートの上に絡まりながら転んで、やっぱりもう夏じゃない暖かな景色の色に溶け込んだ。
◆
「おいおい」
その様を遠くで見ていたナルトが言う。
駆け回って木に登って、遊びという名の修行を散々こなしたあとで、さあ、弁当の時間だと戻って見れば、なにやらいかがわしい感じで寝そべっている上司が二人。 サクラもそれを見て、
「あらら。 何やってるのかしら?」
と呆れ顔で言った。 サスケに至っては、仏頂面のまま、 戻るぞ、と今まで遊んでいた森の方を指す。
「なんだよ、サスケ!もうクタクタだってばよ」
「そうね、お腹も空いたし」
サクラもここは、ナルト側についた。でもサスケも言い返す。
「だからってどうすんだよ? あんな状態のところに行けるかよ?」
「でも、お弁当はあそこなのよね・ ・」
「行ってみようぜ。 ただ寝てるだけかも。 ワイン飲んでたしな」
「馬鹿か、 ナルト!」
「はあ?なんだ、サスケ!」
「ただ寝てるだけのわけがないだろう!」
サスケの言葉は止まらない。自分も若干赤面しつつ、最後まで言い切った。
「いったい、どこをどう間違えば、あんなに絡み合うんだ!」
ビックリしてサスケの顔を見たサクラは、サスケが大真面目に言っている事を知って噴き出しそうになった。 が、即座にナルトが言い返す。
「サスケ!人間の睡眠を舐めるなよ」
「どういう意味だ?」
「俺はただ寝てるだけで、 家の玄関からはみ出ていたことがあるってばよ」
サクラとサスケが噴き出した。
が、負けず嫌いのサスケは、諦めない。 即座に笑いを押し殺し、
「オレはただ寝ているだけで、逆立ちしていた事がある」
と言い返した。 さすがのナルトもこれには噴きだし、「お前のそういうところは、憎めない」
と負けを認めた。 一瞬本気にして『さすがサスケ君』と思ったサクラは、その場の空気を仕切り直す。
「まあ、よくわからない勝敗だけど、 そんなことより、 先生たちよ」
「そうだな」
「なんかエッチな感じで絡まってるってば。 子供が見てもいいものなのかな?」
「良いも悪いも、悪いのはあいつらだ。 おれたちが遠慮するなにものもない。 行くぞ」
そう言いながら、サスケが指さしたのは、二人が寝転ぶシートである。
「ん? サスケ、 おめえさっきは 『あっちに行かない』 に一票だったよな?」
サクラも頷いてサスケを見た。 サスケが返事に詰まる。 が、 ほぼ同時に、サスケの腹の虫が盛大に鳴り響いた。 ナルトが親指を立てた。
「よし、行こう!」
「そうね」
「・・・」
結局、三人でシートの方に戻ったが、
「あれ?」
そこに、二つの木偶がゴロンと置いてあることに気付いたのは、よほど近くに行ってからだった。
「やっぱり、うわてよね」
吐く息と共に呟くように言ったサクラのセリフに、ナルトとサスケは喉の奥で低く呻いた。
◆
「お前たち、 油断しすぎだよ」
弁当を食べてシートに仰向けになってごろ寝している三人に、カカシが呆れたように言った。 空腹が満たされて満足した三人は、眠気に翻弄されながらも返事を返す。
「だってぇ・・・」
「いかがわしい雰囲気だったってばよ」
「教職にありながら、情けない」
シートの脇に立っていたカカシが、なにか言い返そうと咳払いすると、 未だ酔いが抜けず、ナルト達と共に横たわっていたテンゾウが声を上げた。
「油断してる上に、認識まで甘いよね、君たち」
「うるせえ、ヤマト!!この、酔っ払いが」とサスケ。
「酔ってない!食休みだ」
そんなくだらない言い訳は無視して、ナルトが返す。
「隊長、認識ってなんだってば?」
「そーよう・・・私たちの認識の何が甘いの?」
テンゾウは横たわりながらも、クッと顎を上げ、横に寝ている三人を脾現するかのようなポーズをとった。
「大人を舐めるなよ」
「は? なんだよ。 呆れはしたけど舐めてはいねえってばよ」
「さっさと理由を言え、 ヤマト」
テンゾウが頷いてフンと鼻を鳴らす。 立ったまま様子を見ていたカカシは、なんとなくヤバい雰囲気を感じ取って、 テンゾウを静止しようと声をかけようとした。が、 一瞬、 テンゾウの口の方が早かった。
「あんな程度、いつもと比べたら、ちっともいかがわしくない!」
よく通る声が、真っ直ぐ空に伸びていく。
テンゾウの言葉の意味を理解しようと、子供達がシンキングモードになっている。
その秋の爽やかな静寂に、カカシが深いため息をついた。