晴れた秋の日 [7カカ]

暦の上ではという表現に、カカシはいつも違和感を覚えていた。

多分、その言い回しがよく使われる季節に、 自分が生まれたという事情のせいで気になる機会も多いのだろう。しかし、くどいくらい毎年繰り返される 「暑さは続きますが、暦の上ではもう秋です」 はいったい何なんだろう?きっと何かが間違ったまま放置されているからに違いない。

とはいえ、いつもはもう少し正確に働く思考も、程よくアルコールが入った今は気持ちよく混濁している。

「そもそもさ」

と、カカシは横たわったまま、 その両手を空に伸ばした。 ピクニックと称する子供たちへの奉仕で、今日という貴重な休日を潰されて、行く前は、こっそりとではあるが、散々文句をたれていたカカシも、今はシートに寝転がってまんざらでもない。 子供連れのピクニックで酒の発想はなかったが、 テンゾウが持ってきたワイで、アリだな、とあっさり納得。 同じく、シートの上に弛緩した体で座るテンゾウに、 言葉というよりは音声をぶつけている。

「そもそも・・・なんです?」

顔を仰向けて、 ナッツを口に放り込みながら、 テンゾウが返す。

テンゾウの目に、 空はどこまでも高く、その青は、盛夏の強烈な色味がちょっとだけ落ちて、やはり爽やかな秋のそれだった。 カカシの綺麗に整った手が、 空を掴むように指を広げ、もういい加減、その造形の完璧さを知り尽くしているハズなのに、やっぱり見とれてしまう。

「暑いなら夏でいいだろう」

「は?」

「いやだからさ、暑いんだからさ、無理に秋にしなくてもいいじゃない?」

「はあ・・・」

テンゾウにして見れば、シートの上をゴロゴロしていたかと思ったら、いきなりの「そもそも」である。なんの話か全く見えなかったが、 曖昧な返事をしっかりした首肯に乗せて、つまりカカシの機嫌を損なうことはしない。

「いや、でも考えて見たら、寒くなるときって急に寒くなるよね」

「ええ」

テンゾウの声が元気になる。それは普通にあることなので、 単なる事実の認定だ。 自信たっぷりに返事をした。

「ふふふふふ・・・」

今度は急にカカシが笑い出す。 シートの上に仰向けのまま、クツクツと。 笑いの揺れが、ゆっくり肩から胸、腹部に降りてきて、最後に立てた膝がゆらゆらとぶつかり合う様は、二人だけの時間を呼び起こす。 伸ばしていた両手が、 今は腹の辺りで、 身体と一緒に揺れていた。 ついうっとりと見下ろしてしまい、 遠くで騒ぐ子供らの声に、ハッと意識を戻すほろ酔いのテンゾウだ。

「何を笑っているんです?」

いいながら、でも我慢できず、その膝にそっと触れた。 カカシは意に介する様子もない。

「だってさ、暑いのに急に寒くなったら、秋がなくなっちゃうだろ」

「はははは、 何を言うのかな、この人は!」

カカシがあまりに屈託なく笑うから、 テンゾウもガードが下がる。 さっき、一瞬取り戻したはずの理性はあっさり四散し、 テンゾウはあろう事か カカシの両足にダイブし、それをしっかりと抱きしめてしまった。カカシも「なんだよ」 と言いながら、 テンゾウを避ける様子もない。 あげくに、二人でシートの上に絡まりながら転んで、やっぱりもう夏じゃない暖かな景色の色に溶け込んだ。

 

 

「おいおい」

その様を遠くで見ていたナルトが言う。 

駆け回って木に登って、遊びという名の修行を散々こなしたあとで、さあ、弁当の時間だと戻って見れば、なにやらいかがわしい感じで寝そべっている上司が二人。 サクラもそれを見て、

「あらら。 何やってるのかしら?」

と呆れ顔で言った。 サスケに至っては、仏頂面のまま、 戻るぞ、と今まで遊んでいた森の方を指す。

「なんだよ、サスケ!もうクタクタだってばよ」

「そうね、お腹も空いたし」

サクラもここは、ナルト側についた。でもサスケも言い返す。

「だからってどうすんだよ? あんな状態のところに行けるかよ?」

「でも、お弁当はあそこなのよね・ ・」

「行ってみようぜ。 ただ寝てるだけかも。 ワイン飲んでたしな」

「馬鹿か、 ナルト!」

「はあ?なんだ、サスケ!」

「ただ寝てるだけのわけがないだろう!」

サスケの言葉は止まらない。自分も若干赤面しつつ、最後まで言い切った。

「いったい、どこをどう間違えば、あんなに絡み合うんだ!」

ビックリしてサスケの顔を見たサクラは、サスケが大真面目に言っている事を知って噴き出しそうになった。 が、即座にナルトが言い返す。

「サスケ!人間の睡眠を舐めるなよ」

「どういう意味だ?」

「俺はただ寝てるだけで、 家の玄関からはみ出ていたことがあるってばよ」

サクラとサスケが噴き出した。

が、負けず嫌いのサスケは、諦めない。 即座に笑いを押し殺し、

「オレはただ寝ているだけで、逆立ちしていた事がある」

と言い返した。 さすがのナルトもこれには噴きだし、「お前のそういうところは、憎めない」

と負けを認めた。 一瞬本気にして『さすがサスケ君』と思ったサクラは、その場の空気を仕切り直す。

「まあ、よくわからない勝敗だけど、 そんなことより、 先生たちよ」

「そうだな」

「なんかエッチな感じで絡まってるってば。 子供が見てもいいものなのかな?」

「良いも悪いも、悪いのはあいつらだ。 おれたちが遠慮するなにものもない。 行くぞ」

そう言いながら、サスケが指さしたのは、二人が寝転ぶシートである。

「ん? サスケ、 おめえさっきは 『あっちに行かない』 に一票だったよな?」

サクラも頷いてサスケを見た。 サスケが返事に詰まる。 が、 ほぼ同時に、サスケの腹の虫が盛大に鳴り響いた。 ナルトが親指を立てた。

「よし、行こう!」

「そうね」 

「・・・」

結局、三人でシートの方に戻ったが、

「あれ?」

そこに、二つの木偶がゴロンと置いてあることに気付いたのは、よほど近くに行ってからだった。

「やっぱり、うわてよね」

吐く息と共に呟くように言ったサクラのセリフに、ナルトとサスケは喉の奥で低く呻いた。

 

 

「お前たち、 油断しすぎだよ」 

弁当を食べてシートに仰向けになってごろ寝している三人に、カカシが呆れたように言った。 空腹が満たされて満足した三人は、眠気に翻弄されながらも返事を返す。

「だってぇ・・・」

「いかがわしい雰囲気だったってばよ」

「教職にありながら、情けない」

シートの脇に立っていたカカシが、なにか言い返そうと咳払いすると、 未だ酔いが抜けず、ナルト達と共に横たわっていたテンゾウが声を上げた。

「油断してる上に、認識まで甘いよね、君たち」

「うるせえ、ヤマト!!この、酔っ払いが」とサスケ。

「酔ってない!食休みだ」

そんなくだらない言い訳は無視して、ナルトが返す。

「隊長、認識ってなんだってば?」

「そーよう・・・私たちの認識の何が甘いの?」

テンゾウは横たわりながらも、クッと顎を上げ、横に寝ている三人を脾現するかのようなポーズをとった。

「大人を舐めるなよ」

「は? なんだよ。 呆れはしたけど舐めてはいねえってばよ」 

「さっさと理由を言え、 ヤマト」 

テンゾウが頷いてフンと鼻を鳴らす。 立ったまま様子を見ていたカカシは、なんとなくヤバい雰囲気を感じ取って、 テンゾウを静止しようと声をかけようとした。が、 一瞬、 テンゾウの口の方が早かった。

 

「あんな程度、いつもと比べたら、ちっともいかがわしくない!」

 

よく通る声が、真っ直ぐ空に伸びていく。

テンゾウの言葉の意味を理解しようと、子供達がシンキングモードになっている。

その秋の爽やかな静寂に、カカシが深いため息をついた。