同じ空の色 [ナルカカ]

 

 

 

隠密系の任務は、時々あった。

それは、敢えて皆に声をかけてあるからだ。

カカシはすでに火影だったが、その采配だけに終始し、自分の肉体の勘が鈍ることは、やはりそれだけの話ではない。大事な何かを、指の間から落ちる砂のようにこぼしていくイメージは、そのままカカシの心を蝕む。

里の機能の重要な部分は、もうすでに、若い世代の肩に、そのあらかた移しつつあった。自分が背負わされる立場だったら、すべてが自分たち世代の双肩にかかっていると、あっさり信じてしまっていただろう。

「久しぶりだな、えっと、ああと、六代目」

火影室に入ってくると、ナルトは挨拶もそこそこに、客人用のソファにどっかと腰を下ろした。その目線が火影室をぐるりと巡り、カカシだけなのを確認している。応接テーブルとは名ばかりの台の上は、未決書類の山ができており、かすったナルトの膝でその数枚が落ちた。

「お前が、滑らかにオレを呼ぶ日は来るのかな」

「無理だってばよ」

ナルトが書類を拾いながら、即答した。

「俺にとっては、ずっとカカシ先生だからな」

カカシは、火影の席から立ち、ナルトの対面に座る。カカシの動きで落ちた書類も、座ったまま無精に拾うナルトに、カカシが言う。

「いつになったら、お前はオレを認めてくれるの?」

「認めてるってばよ」

これもまた喰い気味に返して、拾った書類をバンと、重なった束の上に置いた。

「認めてたら、もっとすんなり言えるんじゃないの?」

「六代目って?」

うんと、声を出さずに応えると、ナルトは途端にイライラと、その感情を顔に浮かべる。

「なんで俺が来たかより、そんなことが気になるのか?」

ナルトの「そんなこと」に、ちりっとした皮膚の痛みを感じたが、それを顔に出すほど青くはない。足を組見直すとナルトを見返した。 

「そうだな。なにかあったのか?」

「ああ、動きがあったらしいんだ。例の北の。せんっ・・・気にしてただろ、六代目」

こう繰り返されると、逆におかしくもなってくる。カカシは笑みを浮かべると、

「いいぞ。そんな報告をしてくるとは、成長したな。あそこに配備した連中は、自分の仕事を理解して動いたということだ。動きといっても、その判断は難しい。観察は誰にでもできる。問題は、それをどう解釈するかだ」

カカシの言い方に、ナルトがハッと気付いたように、目線を上げた。

「もしかして、先生も行ってたのか、あそこに!」

「あ、ばれた?」

「俺も気になって、フォローしてたから。あそこは、一般人も多くて、動き自体は沢山ありすぎるから、心配で」

「面白かったよ。隠密行動を、隠密で観察」

それまで前のめりだったナルトは、はあと大仰にため息をつくと、ソファのどっしりとした背に、体重をあずける。

「先生はさ、自分の立場がわかってないよ。そういうのは、俺らがやるんだからさ。もっと信用してくれよ」

「いや、そんなんじゃないんだ」

「どうなんだってばよ?」

「お前たちを信頼していないんじゃない。オレ自身の事情だよ」

ナルトは無表情だ。ソファの背に寄りかかったまま両腕を上げて、ストレッチのように伸びをすると、今度は返事もしなかった。若い人間は、本当にわからない。が、ナルトは伸びたままの姿勢で天井に言葉を投げる。

「俺、そいつらのあとを引き継いで、処理をしようと思ってたんだけど、六代目も行く?」

今度こそ滑らかに六代目と言われ、これはこれで、勝手に皮膚がチリチリする。自分も大概だと思って、カカシは頷いた。

「今の所の重要案件だからな。同行させてもらえるなら有り難い」

「有り難いって、六代目が決めることでしょ」

「うん。だから行くことにする」

「わかった。シカマルに流れを練ってもらうから、それまで先生は火影を頑張る!」

そんな生意気なセリフが(しかも先生!)カカシには可愛くてしかたない。でも、そんなことをナルトが知れば、機嫌を損ねるのは必至だったので、カカシは軽く首肯し、無表情を通した。

ナルトは、よし、と立ち上がると戸口の方に歩き、ドアを開いてその隙間に身体を滑り込ませながら、カカシの注意を引くように動きを止める。カカシが素直にナルトの方を見ると、

「先生、好きだってばよ」

と言いざま、カカシに何も言わせない素早さで、出て行った。

カカシは声を出して笑う。

ナルトはナルトなりに、公務とプライベートの狭間で試行錯誤しているのだ。それを済まなく思う気持ちと、気にしたところで仕方ないと割り切る自分がいる。しかし、そんな思考もすぐに霧散した。

カカシは立ち上がり、窓辺に立つ。

午前の穏やかで、でもエネルギーに満ちた里を見下ろした。

ナルトとの任務に、年甲斐もなく、嬉しがっている自分を感じる。

「しっかりしろ、六代目」

そう独り言ちてカカシは自嘲したつもりだったが、でも、そんなことで誤魔化せる感情ではとうていなかった。

 

 

「これ、なあに?」

先生が、手にした書類を俺の方に放った。さすが忍者、A4の紙が乱れもせずスッと俺の前に止まる。書類には任務司令の形式ではあるが、実は当初の任務とは全く違うことが書かれていた。その紙面を六代目の形良い指が、トントンと指す。

「何って、例の重要案件だけど」

「完璧な書式だ」

「ああ、さすがシカマルだってばよ。微塵の隙もねえ」

「でも、この内容はなに?」

例の任務は、緩衝地帯の大規模な自然災害のせいで、状況が変わってしまった。巨大な渓谷のようになって、こちらからの具体的な脅威は今は考えにくく、結果、急ぎの案件ではなくなったのだ。その説明をすると、先生はうなづいた。

「事情は報告を受けているけど、つまりは当面は様子見の延期でしょ?」

「うん」

「じゃ、なぜこの全く別な任務番号の親番が一緒なの?」

「だって、それも災害地関連の任務だよ、よく見てよ」

「場所が全然違う・・・ん?地脈?」

「そ、そうなんだってば。あの災害で、全然違うところに影響が出たってば」

「ふーん・・・そうみたいね。火の国だしね・・・」

先生は、添付されている調査書を読んでいる。初めは訝しむような目線だったが、やがて納得したような表情になってきた。でも、眉は顰められ、少しばかり困っている。

「しかしこれは・・・まずいでしょうが」

「いいんだってばよ、木ノ葉も地政学に力をいれようって事で」

つまりは、現地調査に名を借りた休養の日程だった。当初の任務地から、遠く離れたところでの任務計画。そこは、豊かな湯量の温泉地として有名な所だ。

地脈がらみというのも、方便。火の国は、あちこちから温泉が出る。温泉の脈が繋がっているとも繋がっていないとも言えない。つまり、こじつける理由がありさえすればどうでも良かったのだ。

「シカマルがよくOKしたね」

「むしろ協力的だったぜ。働きすぎだもんなって」

俺はそう言って、壁の大きな行動予定表に火影と自分の名前を並べて書いた。九月十五日に大きく丸をつける。

「ちゃんと休ませてくれるんだろうな」

背後から、先生が言った。 
え? 
俺が慌てて振り返る。
目を逸らして知らぬふりでもしているかと思った先生は、まっすぐ俺を見ていた。
確かに出会った頃は、大人と子供だった。
だからいまだに、 そう、こういう関係になった後も、先生が何かを飛び越えてそばに来る感じは、俺を激しく動揺させる。
「それは」
「うん」
「や、約束できない」
先生が盛大に吹き出す。
瞬間、俺は先生に飛びかかり、 瞬身でかわされた両腕が大きく宙を掻いた。消える先生の笑う声だけが、先生のいない空間にこだまし、俺は窓の向こうの空の色を、一生決して忘れないと思った。



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いつヒナタと結婚したのかな。
BLだと割り切ってはいても、女性との交際期間()が重なると、 
地味に気になってしまうwww