真空 [テンカカ]

「今日も寒いなあ」

そんな年寄りじみた挨拶とともに、ごくたまに、先輩が監視小屋に来る。ボクの監視業務は、もう完璧に日常を超えて、人生そのもののようになってしまって、今では毎日のように監視対象の大蛇丸が顔を出す始末。ボクの淹れるコーヒーが気に入ってしまったようだ。

「昨日の方が寒かったんですよ」

丁寧に毎回軽く突っ込むが、それはボクの役割だから、今更面倒とも感じない。

「そうなの?」

どうでもいいように言って先輩は、窓辺に置いた椅子に腰かけた。覆面も下ろして、ボクたちの間にもうそんな障害はない。くつろいだ空気で、当たり前にぼくのコーヒーを待っている。連鎖する反応のように、ボクも豆を挽き始めている。

カリカリガリガリという小気味よいクラック音が、乾燥した室内に響く。

先輩の来訪を、「ごくたまに」と表現したが、ただそれはボクが感じる頻度だ。

普通に表現すれば、ほぼ毎日頻繁に来てくれている。

でもボクは、そのあり得ない程の自分の認知のズレに感謝している。

 

だって、そうすれば、ボクは・・・

 

「豪華だな、この小屋。ってか、すでに小屋じゃないよ、これ」

何度も来ているのに、意識して見たことはないらしい。開いた瞳孔で見回している。

「はははは・・・普通の住宅レベルですよね」

「さすがというか、なんというか。四柱家の術ってやつか?」

「この世情では、チャクラの温存も楽なので」

言いながらボクは頷く。木遁忍術で出したものには、常にボクのチャクラが流れている。そうしないと当たり前に朽ちてしまうからだ。こんなふうに四柱家の術で出したものにももちろんチャクラを流し続けている。なので、チャクラ負担を考えると、任務の種類にもよるがその内容によっては、四柱家の規模を変えたり、そもそもその術自体を使わなかったりという選択が出てくる。大蛇丸の監視の重要度はあるが、とは言え今は平時である。じゃないと、こんなチャクラの無駄遣いなどできない。

弾き終わった豆を、ペーパーフィルターにセットして、お湯を投入。

「あれ?布みたいの、使うんじゃないの?」

「すみません、さっき大蛇丸が来ちゃって、つかえるのがないんです」

こだわるつもりもないのだが、でも確かに、ネルだと豆の繊細な味わいがきちんと抽出されている感じがする。なので余裕のある時はネルドリップにしているのだが、大蛇丸が来るので、ネルが激しく回転する。時々まとめて煮沸しており、今、その真っ最中だった。

「えーーー?オレ、大蛇丸より格下なの?お前の中で」

「単純にいらっしゃる時間の問題ですよ!大蛇丸はすごく朝が早いんです」

「あ・・ああ・・・」

大蛇丸の年齢を想像したらしく、先輩も、さすがに納得した。

マグに入れたコーヒーを先輩に差し出す。湯気の向こうに先輩が笑む。

「ありがとう」

先輩が受け取る。そのマグも、もちろん先輩専用である。実際のところ、大蛇丸に出している茶器のほうが高いのだが、それはただのブランドものというだけのこと。先輩のマグは、先輩のためにボクが用意したものだ。先輩の手の大きさや、癖を熟知したボクが選んだ。先輩は、ゆっくりコーヒーを飲んで言う。

「コーヒーなんてわからないけど、この香りってのは確かにいいよね」

「そう言ってくださると、淹れがいがあります」

「ちょっとだけど、味が違うってのもわかってきたよ」

「さすがです」

「からかってるでしょ?」

「はい」

ボクが笑顔で返すと、もうそれ以上は諦めたように、またコーヒーを飲んだ。その視線が、チラと窓外を見て、この瞬間だけ、ボクの心臓は抉れる。先輩を呼ぶ式だ。

「あーー、今日は早いなあ」

「先輩の立ち寄り場所、全部、把握されてますよね。今更ですが」

「そう思う?」

「っていうか、普通はこんなところに先輩みたいな人、頻繁に来ないんですよ」

「そうかな」

「いくら火影の地位を退かれたといっても、まだまだナルトだけでは荷が重すぎます」

そうは言ったものの、ナルトの名を出すことは、ボクの感情をざらつかせる。7班と出会った頃、ボクにとってのナルトは、本気で先輩を争う敵に見えた。それからずいぶん経つのに、相変わらずざわつく自分に驚く。しかも、それを確かめるように、こうやって時々その名を出し、同時に先輩を試すようなことをする。こんなの、ボクの意志じゃない。勝手に何かがそうさせるんだ。

が、先輩はよいしょと立ち上がり、

「こうやって死ぬまで使い倒されるわけね、オレ」

そう言って飲み終えたカップをシンクに持ってきた。ボクに会いにきて、いや、コーヒーを飲みたいだけかもしれないけど、これから向かうのは、ナルトのいる火影室だ。

「じゃあ、行ってくる。コーヒーごちそうさま」

律儀にそう言って、入ってきた穏やかなリズムのままドアから出て行った。何度見送っても、その背を見ると、思わず右手が前に出そうになる。暗部時代は、自分が盾になるために、先輩の肩をこちらに引きよせることだったし、7班と関わってからは、その背を支えて向こうへ押しやるためだった。

今は、そのどちらでもない。

里のためでも、7班のためでも、他の誰のためでもない。

純粋に、ボクのために、その疲れた背を抱きしめたかった。

ドアが完全に閉まる。

できあがった閉鎖形は、時間すら流れない。

まだ陽は高いが、もう、ボクの一日はこれで終わりだ。

人が聞いたら、とんでもないセンチメンタリズムだと思うだろう。

でも、それで何がダメなんだろう。

 

ボクは椅子に腰掛ける。

そして、ゆっくり過ぎ去った時間を再構築するんだ。

里のために闘った・・・里には先輩がいたからだ。

7班のまとめ役を仰せつかった・・・先輩のために、だ。

さっき、自分があえて言ったナルトのことを思う。

こうやって自分を宥めて理屈で考え抜くと、ボクは先輩の為になら、ナルトの代わりに死ぬ事も抵抗なくできることを再確認する。

ようやく落ち着いて、ボクは肩で息をする。

時間がまたゆっくり動き出して、窓外の午前の光を眩しく眺めた。

 

ボクは、先輩をどんなに奪っても、ボクの中をどんなに先輩で満たしても、体内には必ず、飢えた空間が残ることを、喜んでいるのだ。

毎日会っても、夜ごと抱いて、お前が必要だと何度も言わせて、それでも、ボクは足りないんだ。

 

必ず、ボクには、あなたを求める歪な隙間が残る。

それが、ボクには嬉しくて。

こんな惨めなボクを、でも、ボクは喜んでいる。

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カカシサイドも書いていたのですが、途中から重すぎて嫌になりましたw

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