鳴門の案山子総受文章サイト
海の底だって、もう少しカラッとしてるって・・・
「へ?なんです、それ?」
つぶやくカカシのセリフに突っ込みをいれて、テンゾウは空を仰ぐ。
軒先から、等間隔に雨垂れが落ちて、その滴下の間隔が、今は短くなっていた。
まもなく繋がって落ちるようになるだろう。
「五代目」
「五代目?」
そう、と頷くかわりに、カカシは、本当に海の底にいるみたいに、口をパクパクさせている。
激しくなる雨は、ザーーーっという音をまき散らして、でも、軒下は不思議に静かな感じがした。
「五代目がそう言ったんですか?」
「そうだっていってんだろ」
言ってない、と思ったが、抵抗しない。
多分、今日は機嫌がいい方だ。
そっとカカシを伺い見る。
ここに駆け込む時に濡れた銀髪が、曇天でも明るさを集めて、落ちる雨垂れと一緒にキラキラ光っている。
『言われてみれば綺麗な顔だ』
今は隠していない通った鼻筋にも雨が落ちていて、カカシの顔じゃなかったら、なんの感想も生じさせないだろうその水滴も、今は、遠い湿原の葉にひっそり留まっているような綺麗な雫を思わせた。
テンゾウは次いで、思い詰めたようなナルトの顔を思い出す。
『ヤマト隊長・・・俺・・・』
絶好調な修行の話じゃないことは、すぐわかった。
しかし、だからといって、まさか、恋の悩みだなんて思いもしなかった。
『カカシ先生が好きなんだ』
どういう意味の好きかも、すぐにわかる。
昔から火の国はそういうことにこだわりがない国民性で、つながりの深い我が里も、似たような状況だった。
自分もたまに考えることがある。
一緒に任務を負った仲間を、性の対象としてみられるか否か。
それくらい長い任務になることもあって、ごくたまには、性別関係なく寝ることはあった。
でも、カカシのことは、テンゾウの中で、何故かそういうことからスッポリ抜けていた。
晴れ上がった空の下、ナルトの額には汗が光っていて、その様が、目の前のカカシの雨滴に重なる。
『無理ってことはわかってるよ、相手は先生だもんな』
テンゾウが反応できなくて黙っていると、照れたように頭を掻いて、ナルトが笑った。
『でも、なんか、もうどうしようも無くって・・・ごめんな、隊長』
誰かに言わないと、なんか苦しくてさ、と言って胸の部分のシャツをグッと握りしめた。
「止みそうもないね」
いきなりカカシが言った。
はっと気がついてみると、決していきなりではなく、カカシの声は、湿った空間に同調して穏やかだった。
「そうですね」
同意はしたが、なにも考えていない。
『この人は・・・知っているんだろうか?』
ナルトが、あの純真な少年が、苦しんでいることを。
そして、たぶん、そのことが、修行の原動力にもなっていること。
雨垂れがついに繋がって垂れ落ちる。
本当に止みそうもない。
このままここにいても、ただ流れる時をやり過ごすことになるだけだろう。
「思い切って出ますか?」
テンゾウがそう言うと、カカシが笑う。
「雨が酷くなってから出て行くなんて、どういう雨宿りだよ(笑)」
でも、カカシは、よしっと言うように、軽くテンゾウの肩を叩くと、軒下から飛び出した。
スッとのばした足が、浅い水溜まりの水を跳ね上げ、綺麗な同心円を描いて飛び散る。
後を追うテンゾウを僅かに振り返り、
「おまえんちの方が近いよね」
と、降りしきる雨の向こうからテンゾウの顔を伺って、また笑う。
濡れて乱れた髪が跳ねて、テンゾウはちょっと見とれた。
ナルトは、この人の何に惹かれているんだろう。
遠くで雷が鳴っている。
「うわ、こっち来るぞ」
カカシが、飛ぶように走る。
「雷切りできるのに?」
テンゾウが混ぜっ返す。
「でも、雨と雷って、感電しそうな組み合わせですね(笑)」
「ははは、ば~か!!」
でも、テンゾウは大丈夫だよね、木だもん、と息を荒くして喋っている。
そのセリフに、なぜかズキンとして、テンゾウは返せなかった。
前を行く銀髪を見る。
雨の音に紛れて、
「先輩」
と言ってみる。
その声は、雨じゃなく、テンゾウの心の雑音に紛れたかのように、カカシには届かなかった。