不思議な眺めだ。
里に戻るといつもそう思う。
身を隠す障害物と敵が隠れる障害物にあふれ、空間には必ず仕掛けがある里外の風景に見慣れた目は、見上げれば何もない空だけの空間を、どう捉えていいかわからなくなる。
「あんな遠くに山が見える・・・」
もう少し年をとっていたら、あるいは、闘って、結果、守っているものの息遣いをもっと身近に感じていたら、別な感慨もあったに違いない。
しかし、今のテンゾウは、自分の置かれた環境を把握しながら、走り続けるのが精一杯だった。
抜けるように青い空の下を、「移動」だけを「目的」に歩く。
行動にいちいち目標を設定しないと、歩くモチベーションすら得られない。
高性能の機械みたいだ・・・・
そう思って、でも、別に、イヤじゃない。
テンゾウを出迎えたカカシは、
「それは若い証拠だ」
と、自分は若くない物言いをした。
はじめて見るカカシの部屋は、可もなく不可もなく、広くもなく狭くもなく、女っけがありそうで、なさそうだった。
中央の椅子に腰掛ける。
「なんか、らしくない部屋ですね」
カカシはぼんやりベッドに座ったまま。
「昔、付き合ってた女の子と暮らしてたままの状態だから」
ふ~ん・・・初めて聞いた。
「なんで別れたんです?」
「聞いたら後悔するぞ」
笑ってるのかと思って、カカシの顔を見る。左目をつぶってるだけで、べつに笑んでもいない。
「へぇ・・今まで後悔したこととか一度もないんで、聞かせてください」
「死んじゃったから」
後悔した。
「・・・・すみません」
謝るテンゾウに、カカシはちょっとだけ微笑むと、
「ナルトのことなんだけどな・・」
と、これからの話を始めた。
窓の外からは、町の穏やかな雑音が、暖かい風に乗って入ってくる。
カカシの声も、低くて優しげで、亡くなったという女性と家庭を築かせてあげたかったな、と、五代目が考えそうな発想をした。
先輩は、強くて、優しくて、ちょっと感動屋さんだから、すっごくいい夫になったろうに。
「大変だろうけどサ、上もお前に・・・」
カカシの話が続く。
窓の外に、さっき見た山が連なっていた。
その透明な儚い色の、でも確かに在る、春の山は、なぜかテンゾウの目を捉えて離さなかった。
「・・・聞いてんの?」
「聞いてます」
そう言って笑うと、カカシも立ち上がり、窓の前に立つ。
「ああ・・・景色が青いね」
カカシが言った。
「春なんだね」
窓から流れた風が、カカシの銀髪を撫で、部屋の中を通り過ぎる。
部屋の奥で、何かが倒れるカタンという音がして、
「風が強い」
と言ったカカシは、たぶん、もう、山の向こうの里外を気にしてる。
テンゾウは、ゆっくり手をのばし、カカシの腕に触れた。
カカシがテンゾウを見る。
「心配症だな、先輩は」
風のワンフレーズだけで、そう言われるとは思っていなかったらしく、カカシはテンゾウを見たまま、口ごもる。
また風が吹く。
銀髪が乱れた。
「そんな顔してたんですね」
話がそれると、カカシはフッと息を吐く。
「もう見ただろ、五代目んトコで」
「いや、暗部の時、知りませんでしたから」
「知ってたら、お前のこと殺してるよ」
それだけランクの高い仕事を請け負っていた。
「俺だって、お前の顔、初めて見たよ」
「どう思いました?」
ちょっと、気になる。
「怖かった」
・・・・・・
・・・・・・
風が吹く。
テンゾウの黒髪も、風に撫でられ、さっき道を歩いていた時間に感覚を引き戻される。
穏やかな空気と、青い、山・・・
「怖いって・・先輩が?(笑)」
カカシも笑う。
たれ目のカカシは、そんな風に笑うと、自分より年下なんじゃないかと思うほど、無邪気な顔になる。
春の風を、その身にまとって、象牙色の綺麗な肌をしている。
なんでこの人が忍者なんだろうと、テンゾウは、甘い感傷を感じた。
「ほら、お前さ、陰で俺の方針に文句言ってただろ」
「え?知ってたんですか?」
「知ってるよ。もっと部下をギリッと束ねろって言ってたんだって?」
「・・・・・言いました」
テンゾウの決まり文句、『恐怖による支配』のことだろう。実際、質の低い部下には、これが一番効く。
「それ聞いてさ、こえぇーって思って」
先輩に怖がられてたなんて(笑)
「見たら、ホントに目が怖いよね、テンゾウは」
風で雲が流れて、日が射す。
銀髪が輝いて、テンゾウは目を細めた。
「って思ってた」
「?」
「過去形だ」
先輩が太陽に向かって笑う。
その顔を、笑うと細くなる目を、時々唇の端に乗る犬歯の白さを・・・・
日に当たると溶けるように輝く髪を、プライベートではほのかに感じるこの人の匂いを・・・・
・・・僕は、知らなくて本当に良かった。
「昼ですよ、飯、行きましょう?」
テンゾウが立ち上がると、カカシも窓を離れる。
明るい外に慣れた目は一瞬室内を暗く見て、またすぐ戻る外の青さを思う。
「あ、これか」
カカシがかがむ。
カランという音の主は、可愛いピンクの象をかたどったジョウロだった。
「なんです?これ」
「ジョウロだよ」
「いや、デザイン」
「ジョウロってどこに売ってるかわかんなくてさ、近所の子に聞いたら、オモチャ売り場にあるって。で、さ、・・」
途中から、もう聞いてなかった。
春のせいだと思う。
疼くような、この身体の奥の痛み。
優しい男っぽい声をBGMに、テンゾウはドアを開ける。
こっちは日陰だが、春を迎えた諸々の、うれしそうな空気は、そこここに満ちていた。
振り返って、カカシを見る。
春を一番うれしがってるのは、この人かも。
なんだか、春が来て良かったねと、一緒にはしゃいであげたくなる。
陽だまりの中、テンゾウを追い越して行くその背の向こうに、青い山が見えた。
「先輩にジョウロを買う必要性があったということが不思議です」
「ナルトがさ、結構前なんだけど・・・」
カカシがそこまで言ったとき、強い風が二人の間を吹きぬけた。
言葉を風に飛ばすカカシは、まるで音の出ない映像のようで、ナルトとジョウロにどんな関係があるのかついにわからなかった。
2008.02.09.
訓練の季節がいつなのか?お互い、顔をまったく知らなかったのか、知ってたのか?
まあ、捏造です。