時間
そんな事、全く知らなかったし、仮に知ってたとしても、別に、自分の感情に何の波風も立てる事じゃない。
少なくとも、そのときはそうだった。
再会は突然だったが、そこに意味を持たせる発想は全くない。
『厄介ごとが転がりこんだな~』
と思っただけだ。
ただ・・・
安心感はあった。
新しい任務に対するざわついた思いの中に、そのポッと灯るような感情は、昼間の暖色を伴って、かつての会話を思い出させる。
別に特別近しい間柄だったわけじゃないという、九尾の子に対する僕の発言が、納得していないその表情とともに自分にも不思議に響いた、数日前の午後。
共に死線を幾つか超えてくれば、傍目には、十分親しく映るのだろうか。
「僕はなんにも知らないよ」
言いながら、ナルトが触れることのできない、二人の過去の時間を思う。
殺伐とした任務遂行の時系列も、手の届かない過去にあれば、あらゆる想像が増幅される。
それと同じことが、ナルトの脳内で起こっているだけだ。
僕は本当に何も知らない・・・・
・・・・・・・・・・
ふっとあいた日常の間隙。
久しぶりに見るアカデミーの校庭も、午後の日差しに、死んだように静かだった。
ヤマトは足を彼の居る特別室に向ける。
もう病院から戻っているはずだった。
風も無い。
地面からの照り返しに、空気はむせ返るような熱を含んでいる。
建物に入るが、忍の気配はない。
事務の数人が、アクビまじりに書類をもてあそんでいる。
「平和だな」
非常事態に自分が呼び戻されたことを皮肉って、窓口に声をかける。
「とんでもない」
思いがけず即答され、ヤマトが思わず見返すと、何度目かのアクビをかみ殺して、窓口のメガネは「火の車です」と続けた。
ああ、そっちね・・・・・
軽く手を上げて了解すると、そのまま奥に進んだ。
長い廊下は、窓からの強烈な日差しのコントラストで、影の部分が闇のように暗く見える。
太陽の真下で、あの人を見るようだ。
一緒に任務についているときは、当人と同じ時間を共有しているがために、当然カカシの噂も聞くことが無かった。
まもなく彼が暗部を離脱し・・・
『それからだ、いろんな噂を耳にしたのは。』
その噂のほとんどが、脚色された戦闘能力の話と(まあ、こっちは、ヤマト自身が実際見聞きしているものだからいいとして)、もう一つが、いわゆる艶聞だった。
ナルトへの返事は、本当なのだ。
カカシの艶っぽい話を聞くたびに、彼と任務をともにした時間はなんだったのだろう、と思う。
だらしの無い下半身だよ。あいつ、誰でもいいんだ。暖かく抱いてくれれば。
彼のそんな部分、僕は何一つ知らない。
任務において、それらはもちろん取り沙汰されるべきパートじゃないにしろ、僕が見てきた先輩とは全く違う。
違うから何なのだといわれれば・・・・それだけの話なのだが。
でも、そのギャップは、なぜか、僕を苛む。
今まで、戦友の誰に対しても、こんな感情は抱かなかった。世間が噂するように、先輩は特別なんだろうか。
男も女も、あいつの放縦さに喰われちまうよ・・・・
一緒にいた時に、それらカカシの別な面を知りえなかったことに、炎天下で焼かれるような苛立ちを感じていた。
静かな湖面に立つさざなみのように、それは心を侵食する・・・・
そして、ヤマトの足は、最奥の一室の前に止まった。
「ああ・・・おまえか」
弱弱しいが、聞きやすい軽やかな口調で、カカシが言う。
日陰にあたるこの部屋は、幾分か涼しく、窓の外の陽炎が懐かしい過去に思えるほど、時間的に切り離されている感じがした。
特別室とはいっても、上位クラスの仮眠部屋だ。
中央の右壁にベッド、手前に応接セット、左壁に雑用品を置く棚がある。
カカシはベッドの上に横たわってこちらを見ている。
「何です、この空気」
ヤマトが指摘する。ひんやりした中に素人にもわかる濃厚な空気が漂っていた。
暗部時代のカカシが脳裏を掠める。
でも、里で羽を伸ばすこいつは、最早、僕の知ってる人じゃない。
「ん?わかる?」
カカシはシーツを剥ぐと、下半身を露出した。
なにも身に着けていない。
均整の取れた骨格に、美しく鍛えられた筋肉が乗っている。暗部の時に、目にしたそのままだ。
ただ、局部といわず、下腹部から太ももまで、充血のあとや擦った傷やら、体液やらで滅茶苦茶だった。
「なんです、これ」
「秘術に決まってるだろ。馬鹿じゃないの?」
笑ってる。
「もうすこし早く来れば、凄いの見れたのにね」
「チャクラ切れてんでしょ、なにやってんですか」
「だから、五代目の禁術だって」
クスクス笑いながら、カカシが身体をずらす。シーツに血液の引きずった痕がついた。
「怪我まで!!」
「そりゃするよ、五代目の、でかいんだもん」
「女性相手になに言ってんですか」
はははは・・・とカカシが身体を震わせる。
こんなにふざけた会話に付き合わされて、それでもカカシの身体から目を逸らせなかった。
今、まさに、噂の正体を見ている。
でも、それは世間の言うような奔放さとは違っていた。
恐ろしくストレートで、透明すぎて、感情に痛みをもたらす。
「五代目の術にあるんだよ、魔羅の術みたいな」
たしかに、医療系の秘術なのだろう。カカシは実際、元気になっていた。
壁の棚に行き、積んであるタオルを手にすると、それをカカシに手渡す。
「ありがとう」
目を細めて、そう言った。
気づくと、額に汗を浮かべている。
「暑いですか?」
問いかけに、ん?と、ヤマトを見返す。
上唇が反って、それは思いがけなく幼い表情に見え、里のために回復を急ぐこの人を、じんわりと愛おしく感じた。
「違う。これ冷や汗。マジ、怖いんだ、五代目の術」
もう笑ってない。怖いという率直な感想は、本当らしかった。
「最中に、俺、写輪眼開けちゃったよ」
もう一枚、タオルを取ってくる。今度は黙って首筋を拭いてやった。
されるがまま、上体が揺れる。
・・・静かだ。
鳥の声一つしない。
「抱きに来たんじゃないの?」
カカシが窓の外を見ながらポツリと言う。
今まで、先輩後輩の関係以上のことはなく、今見せられた事だって、冷静な表情の奥では驚愕しているのに。
「僕ら、そんな関係でしたっけ」
カカシのペースから脱しようと、ヤマトは静かに返す。
カカシは、ちょっとだけ確認するようにヤマトを見ると、枕に頭を押し付けて、目を閉じた。
「いや・・俺のこと、色々聞いてるだろうと思ってさ」
驚いてカカシを見た。
サッと微かに紅く色づいたカカシの耳殻。
その無作為の紅に、ヤマトは喉が干上がるのを感じた・・・・
・・・・・・・・・・
来た道を、ただ辿る。
太陽は幾分か傾き、それでも熱波はドロドロの蜂蜜みたいに、地面を覆う。
「さすがに暑い」
熱線に、白く飛んだグラウンドの風景も、死んだようにそこにあった。
ナルトが、二人の過去の時間に暗部への憧憬を抱いたように、僕は知らない先輩の一面を増幅させていた。
そして、抱きに来たのかと聞く、カカシのフライング・・・
なにかがゆっくりと閉じ、なにかがもうすでに始まっている。
数日前にナルトにしつこく食い下がられたことを思い出す。
今、ナルトに同じ質問をされたら、僕は何と答えるだろう。
「僕はやっぱり何も知らない」
声に出して言ってみる。
音は乾燥した空気に吸い込まれ、音で装飾されていた感情がむき出しになる。
誰も聞かないのに恥ずかしくなり、ヤマトは足早に白い景色を横切った。
2008.01.14.
ちょっと暗いですね。基本、ハッピーなんですけど。