あと1センチだけ 5




先生の手が、いきなり俺の頭を掴んで、互いの目線を真正面に位置させる。
その意図を掴みかねて一瞬ひるんだ俺に、先生が言う。
  「もう一回」
え?
俺は、瞬きをして、先生を見下ろした。
  「もう一回してよ」
そう繰り返して心持ち顎を上げたので、キスのことだと思い至る。
俺を拒否しているとばかり思っていたから、この流れがわからない。
先生は、ちょっと怒ったような顔をしていた。
  「・・・していいの?」
あっさり引かれると、逆に押しづらい。
俺の弱気な問いかけに、先生は怒ったような表情のまま、
  「しなくていいのか?」
と言った。
もう、わけがわからない。 
でも、したいから、俺の脳みそをよそに、身体は躊躇無い。
ガバッと音がしそうに先生に被さって、息の限界まで試すようなキスをした。
俺の頭を掴んでいた先生の手は、ゆっくりほどけて、俺の頭の後ろでクロスした。
俺の頭を掻き抱いて、その強い抱擁で深くなるキスと、ぶつかる歯は、一気に俺を切なくする。
頭ではわかっていた理屈が、今はストレートに俺に染みる。
言い訳が、必要だったんだ、と。
大人って面倒くせえ。
でも、そうまでして、俺に近づいてきた先生は、たまらなく愛おしかった。
怒ったような顔は、先生の中身、そのまんまだよね。
先生も、

庭の蛙が、また鳴き始める。

先生も、わかんないよね、初めてだもんな。

呼吸の限界を試して、
俺たちはまた見つめ合う。
  「俺の事、」
先生が言う。
  「嫌いになった?」
と。
ああ・・・・
俺は唇を歪める。
じゃないと、涙が先生に落ちてしまいそうだった。
俺は、先生を抱きしめて、その肩越しの枕で涙を拭く。
  「好きだよ」
声は掠れて、寝具に吸い込まれかけて、でも、先生には聞こえた。
  「ナルト」
先生の声も、今は掠れて心の限界みたいな音になる。
  「ごめんな」
  「先生」
  「俺、サイテーだね」
もう、それ以上、何も言わせたくなかった。
もしかしたら、先生も泣きそうだったかもしれないけど、その涙は見たくなかった。





いつもと同じ行為なのに、
いつもの手順は、いつもより熱が籠もって、
一つ一つの行為が、たっぷりの感情と時間を含んで、
  「ナルト」
俺をそんな風に呼ぶ先生の声を、初めて聞く。

先生が、いつものように俺をゆっくり導いて、でも、驚いたことに、なぜか俺自身は、先生の中にすんなり入らない。
何回か、体液と汗で滑ったそれを見当違いに突き立てて、俺はやっといつもと違う事を認識した。
  「あ・・・れ?はいんない・・・」
先生は反応しない。
優しい目差しで、俺を見上げるまま。
その両手が、俺の首や、襟足の髪をなでている。
  「先生、ごめん、うまくいかない・・・」
先生はうっすら唇に笑みを浮かべたまま、俺はちょっと混乱した。が、
  「多分、初めてだからだよ」
先生がそう言って、今度は、俺の額にかかる髪を梳き上げた。
  「は・・・初めて・・・?」
  「うん」
先生は、本当に可笑しそうに笑った。
でも、それはおかしいんじゃない、嬉しいんだと、すぐ気がつく。
  「こんな気持ちで、お前に触れたのは、今日が初めて」

先生の本当を、俺は見ている・・・・

彼を縛るすべてから、先生は解放されたんだ。
その笑顔、その優雅な動き、俺に向けられる率直な先生の気持ち。
何も介在しない。
ただ、ただ、純粋に二人であるという、初めて。
先生の言う意味を理解して、気づくと俺は先生を抱きしめていて、本当にコントロールできない衝動は、感じる間もないんだということを知った。

行為は、すごく嬉しくて、恥ずかしくて、愛おしくて、嵐みたいに俺の中身を掻き回して、
いつもみたいに、俺が出して終わるような味気ないものじゃなくて、
そう
俺は初めて先生に求められていることを感じた





昼間の空気が静かに積もって、
月もない暗い縁側は、熱くなったバカな身体を冷やすには丁度良かった。
カカシは足を三和土に下ろして、耳は、蛙を探していた。

後悔と、後悔と、後悔で、喉がつぶれそうだった。

黙って、そのままこの関係をつづけることもできたのに。
愛を抜いた愛の行為を、本当は愛を込めてしていたんだから。
でも、嘘をつき続けることは、俺がダメだった。

ナルトの指が、いつもより熱を帯びて、下半身に侵入する。
愛する者の身体をいたわる優しさをたっぷり含んで、それを感じる心は、でも、もう硬直し始めていた。
心が繋がっていることなんて、とっくにわかってた。
自分が「告白」さえすれば、ナルトが進んでくることなんて、もちろんわかってた。

任務じゃないのに、お前そう思われていることが、苦痛だった
・・・だけだ。

告白しそうになって、すぐに後悔して、
それがお前を押すことを知っていて、
俺は、やっぱりやめなかった。

真剣な青い眼が、俺を見て、俺に聞く。
  「先生、痛くない?」
すぐにも締め付けて終わらせれば、もしかしたら、なかったことになるだろうかと、
本当は、そんな事が頭を過ぎっていた。

ふっと、背後に気配を感じる。
ナルトが起きてきて、俺の隣に座った。
  「先生」
  「ん?」
  「そんなに悩んで可愛いってばよ」
ナルト見る。
暗い中でも因果な目は、正確にナルトを見た。
遠い記憶を見ているかのように、その笑顔は心をキュッと掴む。
  「言ったろ、俺はいいんだよ」
ナルトはいいながら、三和土にある俺の足を、自分の足で軽く蹴る。
  「先生が楽な方でいいんだ」
瞬間、本当に心が溶けるのを感じた

甘えていいんだ

それは、閃きで、永遠の理解で。
里も、里の人も、この世の中も、もちろん大事で、
でも、ナルト、お前は、そのずっとずっと向こうにあって、とてつもなく大きい。
丸投げした俺の悩みも、狡さも、
それをすべて飲み込んで、お前は俺の苦しみを溶かしてくれると、俺は、甘えている。


愛が世界を救うという、砂糖がまぶされたようなフレーズに簡単にだまされる、
いや、それを心底信じられるほど、

そう、白状するよ。
俺は、恋に落ちてるって。

  「そんなことより、寒くない?」
ナルトは、その圧倒的な何かで、悩みも苦しみも、遠くに蹴飛ばしたような明るい声で言う。
ナルトに強く腕を引かれて、室内に戻る俺の耳には、夜の静かなざわめきしか聞こえなかった。




2013/01/28


おわり。なんか二人ともグルグルしすぎて、疲れました。
無理矢理終わらせてごめんなさい。