僕達の非日常




大気の細かい塵が、オレンジ色の輝線の中にはっきり見えて、テンゾウは大きく伸びをした。
昼間の元気な町の騒ぎが一段落して、夜の喧騒が始まるまでの小休止。
日中は暖まっていた空気も、その太陽が真横に傾けば、少しずつ冷えてくる。
寒暖の差が激しい里にあって、それは容赦ない気温低下だったが、でも、テンゾウは、この時間が好きだった。

太陽を背に、町並みを見る。
消える瞬間のロウソクみたいに、落ちる間際の太陽はいっそう輝き、里を燃えるような色に染めていた。
テンゾウは、記憶に積み重ねられたシーンを、無意識に繰る。
いくつもの民家の窓が、燃え落ちる太陽を映している・・・・・

里の向こうの山並みが霞に煙って、記憶にあるカカシは、いつもこの色の中を帰ってきた。
思い出せば、雨の中を埃のにおいとともに戻ってきたことも、薄暗い早朝に、微かな火薬のにおいとともに戻ってきたこともあった。
でも、テンゾウの心臓をえぐるのは、いつもこの色。
記憶に積み重ねられたいくつものシーンは、いつの間にか一色に塗り替えられていた。

カカシの照れたような笑み。
また一緒の時間が始まる安堵と、同時に始まる次の任務へのカウントダウン。
カカシの手が、額当を後ろに回すように外し、その顔が本当に笑っているのを見る。
テンゾウは駆け寄りたいのを我慢して、でも浮かぶ笑みは、カカシ同様隠せない。
カカシの足が早くなり、テンゾウに近づくにつれ、もっと早くなり。
  『先輩』
こちらに駆けてくるカカシに、心の中で。
  『好きだ』
最後の輝線は、綺麗にカカシの髪に、唇に乗り、この瞬間のために死んでもいいような気分になる。
カカシがその手を伸ばして、テンゾウの頬に触れた・・・・



  「なにしてんの?」
不意に背後からカカシの声がかかる。
気づくと、窓の外は、もう、暗くなっていた。
  「なにしてんのってば?」
  「妄想です」(きっぱり)
  「へ?」
冷たいテンゾウの返事に、カカシが間の抜けた声を出す。
その、気が緩んだ『空気感』に、テンゾウは盛大に溜め息をついた。
  「もうそうって・・・・あの妄想?」
独り言のように言って、テンゾウを伺い見ている。
  「その妄想です」
言い切ってテンゾウは、また溜め息をついた。
7班のピンチヒッターや、ナルト絡みで、カカシとの関係が復活したテンゾウである(そう、復活愛だったのだ)。
初めのうちこそ、舞い上がって、ノセられて、いいように転がされていたテンゾウだったが、次第に、どうも、しっくり来ないものを感じはじめていた。
  「はあ、妄想?・・・・へ~・・・お前が?」
テンゾウがカカシを振り返る。
その顔は、どう見てもピンク色の妄想を指していて、かっこいい夕日のカカシを思い浮かべていたテンゾウは、最前の行為が「思い出す」ではなく、もうすでに、このカカシの前では本当に「妄想」に過ぎないことを再確認した。
  『さようなら。格好良かったカカシ先輩・・・・』
そんなテンゾウの冷ややかな目差しにも動じず、カカシは窓の横に手を突いて、心なしかテンゾウを囲い込む。
  「ね、ね、教えてよ、どんな妄想??」
若い女性会社員に素面で突撃しちゃうような無謀なオヤジみたいで、テンゾウはまた溜め息をついた。
そういえば、昨夜のカカシも、もう、しつこくて、しつこくて、その、中年チックなイヤらしいガッツキぶりに、なんだか鬱になったのを思い出す。
しかも、久しぶりに抱かれてみると、みょ~に前儀が長い。
テンゾウだけ何回もイカされて、最後にちょっとだけ挿入があったな、という印象なのだ。
それって、あれだよな、遅漏とかっていうやつだよな。
つまり、先輩は、年取って・・・・・
それだけ色々思い巡らしていたら、感情が表情に出てしまったらしい。
  「これ以上追求しない方がよさそうだな・・・・」
変なところに敏感なカカシは、そういいながら部屋の中央に戻っていくが、その手は脇腹をボリボリ掻いていた。
テンゾウの中の何かが切れる。
  「先輩」
  「ん?」
  「もういやなんですよね」
  「・・・・え?」
突然の切り込みに、さすがのカカシもワンテンポ遅れて反応した。
いや?
今、そう言った?
  「なななな・・・なに、その否定的なセリフっ!!!」
  「ええ、言いましたよ」
  「へ?なに、その重ねて反抗的な態度っ?!」
が、カカシの動揺に微塵も動じず、テンゾウは言葉をつなぐ。
  「朝、早く起きるの、やめてもらえます?」
  「早寝早起きはいいことだろ?」
  「朝、3時半は早起きって言わない。不眠の一種でしょうが、早朝覚醒」
カカシが一歩、後ずさった。
  「だ・・・だって、目、覚めちゃうんだもん・・・」
  「異常なんですよ、トイレの近さが!!」
  「またそのネタ・・・」
  「しつこく言いたくなるくらい刻んでるんですよ、時間を細かく!!」
  「言い過ぎだろ、ちゃんと医者にも行ってるんだ!!」
  「頻尿は仕方ないとしても、一緒に寝てるボクも起こされるんですよ、その後の、痰が絡んだ咳で」
カカシが、さらに一歩、後ずさった。
  「・・・それこそ仕方ないでしょ、絡むんだもの・・・」
  「あなた、いったい何歳なんです?」
  「永遠の29歳」
  「言ってろよ・・・じゃあ、その後の大きなオナラはどうなんです?」
  「あ・・・いや、それは・・・」
カカシは、思い切って二歩下がってみたが、テンゾウはハッシとカカシの腕を掴んだ。
  「寝てるボクの顔にまたがってしたこと、ありましたよね?」
  「・・・知らない・・・」
  「あのときは、寝ながら気絶するという生物学的ハプニングが起きましたよ、おかげさまで」
  「テンゾウ・・・」
  「さすがに記憶も飛びました」
  「・・・・・」
  「そういや、あなたも、気絶しかかってましたよね、自分の屁は臭くない理論を見事ぶち破って」
  「知らない・・・」
  「記憶まであやふやですか?」
  「・・・・ごめん・・・」
ふんっとテンゾウは鼻息荒く、ぼけるの、早過ぎやしませんか?と明後日の方向に言った。
その目に窓の外の景色が映った。
馬鹿な痴話げんかをよそに、もうすっかり暗みのなかに沈む町が見える。
その窓ガラスに、背を丸めて、テンゾウの攻撃に耐えているカカシも映り込んでいた。
情けない姿に、涙が滲む。
でも、もう、この馬鹿しか愛せない、もっと情けない自分がいるのも確かだった。





2008.07.15. アップ
2013.02.16. サルベージ

こんなカカシは嫌だ