同じだけのピンチと




気づくと、いつも俺を見ている。


しかも、その視線の性質は、「敬愛する先輩」でも「尊敬するカカシさん」でもない。
ただひたすら、そうだな、この真夏の太陽みたいに、キツイ。
暑いから、今は正確には思い出せないけど、そりゃ、俺だって一方的に見られるだけじゃなかったと思う。
何度か、逆らってみたさ、そのキツイ目差しに、ね。
でも・・・・
ああ、なんか思い出した。
いつも俺は、なにか言いかけて、あいつの目をまともに見ては、言葉を飲み込む。
・・・・・・そうだった。
そんな繰り返し、だ。


俺は、真上から落ちてきそうな太陽を、熱で痛んだ髪で受け止める。
強い日差しは、俺の身体の通りに彫刻刀で彫ったみたいに、乾いた地面に濃い影を刻む。
なんつー暑さだ。
自分の影に避難したいくらいだと、そんな無理を頭の中でグルグル考えて、俺はナルトを見る。

必死だな。
ん・・・
俺と同じくらい。

俺は乾燥して今にもパリっといきそうな18禁本を丸めて、他人事のように考えてみる。
キリキリと熱せられて存在が点になるから、今は、見ることができる。
その、強い目差しに居心地が悪くなることもなく。
俺は、ナルトを見るふりをして、彼をその視界に一緒に納める。
暑さで視界には陽炎ができて、その黒い髪や、日に焼けたベストが揺らぐ。

なあ・・・・
どうして、そんな目で俺を見るんだ?

余裕が出てきた俺は、心の中でそんなことをほざいてみる。
必死に伸びようとしているナルトの前で、必死にそれをコントロールしようとしているテンゾウに。
もちろん、俺のバカな問いは俺の中で収束して、目の前の二人は、微塵も動かない。
こんな不謹慎な俺の内面は、考えて見れば、俺のやり方そのものだった。
重大な局面で、きわどい瞬間に、深刻な状況で、ああ、そうだ、そんなシリアスな場面で、俺は、いつも頭の中を、不純な考えで満たしてきた。
古びたエロ本に目を落とす。
そんな俺の生き方そのものだな、この本は。
我知らず笑みが浮かぶ・・・・
決してふざけているわけじゃない、そうとしか、確かめられなかったんだ。
それは言い訳じゃなく・・・・


気づくと、二人がこちらを見ていた。
  「あ?なに?」
俺の間抜けな声に、テンゾウの眼光が一瞬鋭くなるが、すぐにナルトの元気な声が被る。
  「ちょっと休憩だってばよ」
勢いづいて修行中のナルトが、自ら休憩だなんて申し出るハズがない。
結局、俺のバカな内面が、二人をして心配させた事に気づく。
俺は無言で頷くと、ノロノロと木の陰まで移動した。
ナルトは、「あちい~」といいながら川の方に行く。
テンゾウは、俺の方に歩いてきた。

直射の下じゃ全くなかった風が、木の下では感じられた。
大きく息をつく。
二人並んだから、俺の視界からテンゾウはいなくなり、なぜかついと言葉が出そうになった。

なあ・・・・
どうして、そんな目で俺を見るんだ?

と。
しかし、俺が息を吸っている間に、テンゾウが、

  「ボク、」

と言った。
え?と俺がテンゾウを見る。
光が遮られた木陰で見る彼の顔は青白くて、一瞬にして、夏から時間が切り取られたように感じた。
俺が黙って続きを待っていると、その視線を俺に向けて、
でも、それはいつものキツイそれじゃなくて、

  「ボク、先輩の足、引っ張ってないですよね」

と続けた。
なんと言っていいかわからなかった。
テンゾウは、超がつくほど優秀な忍で、そんなことは、確認するまでもない事実だ。
そんなところに差し挟む疑問など微塵もない。
足を引っ張るどころか、俺たちがその胸を借りている状態じゃないか。
何を・・・・こいつは・・・・

  「いつも不安なんですよ。ボクの力が、先輩の要求に及ばない事があったらどうしようって」

言いながら、明らかに俺の顔色をうかがっている。
俺の曖昧な空気が、こいつを不必要に追い詰めていたのか。
どうしていいかわからなかった。
ただ、俺の混乱は、さらにテンゾウを追い詰めそうだったので、かろうじて、

  「何言ってんだよ」

とだけは言った。
その、会話のつなぎみたいな俺の否定にすら、テンゾウの顔が一瞬ホッとしているのを見る。
心臓が抉れるような痛みを感じた

  「テンゾウ・・・・」

俺がそう言っても、今は「ヤマトです」と反駁することもなく、聞いている。

  「お前、そんなバカな事を考えていたのか?」

「バカ」の単語に、明らかに「?」の表情で、また俺を見る。
俺を見る視線のきつさは、こんなくだらないこいつの考えすぎだったっていうのか?
正直言って、誰かにここまで真摯な気持ちを向けられたことのない俺は、本当に困惑した。

  「お前は」

そう言って、視線をテンゾウから外す。
変な気持ちがして、まともに見ていられなかったのだ。
その気持ちがどういう種類のモノかは、ちょっと考えればわかりそうだったが、俺は追求しなかった。

  「お前は、完璧だよ」

ジリジリと空気を焼く夏の音だけがして、乾いた髪を、ぬるい風が揺らす。
今まで、考えたことのない、ある感情が押してきて、俺は言葉が出るままに喋っていた。

  「このピンチに、お前がいてくれて、まあ、これが運命だとしてもさ」

言いながら、ああ、俺は本当にそう思っていたんだと、気づかされる。

  「木ノ葉って超ラッキーだよなぁ。あ、もちろん俺もだけどね」

テンゾウは何も言わない。
俺も、そう言ったきり、きらきらしている空を見上げた。

本当だなあ。
ピンチもラッキーも、同じくらいこの世界にはある。
どんなにピンチにまみれても、

  「先生ーーーー!!」

ほら、希望はこうやって、俺を見捨てない。
ナルトはザザッと砂をまき散らして駆け寄ると、

  「年寄りはまだ休むってば?」

と笑って言った。
その笑顔のまぶしさに、また、俺の心臓は抉られる。
詰まる言葉を必死に絞り出して、

  「お前ねえ、14年なんてあっという間なんだよ?」

そう言うと、涙すら滲みそうになって、俺は日の中に出る。
時間がまたゆっくり流れ出す。

  「ナルト、その年寄りっていうのにはボクも含まれるのかい?」

テンゾウも言いながら、俺に続く。

  「隊長、カカシ先生より若いのか?」
  「!!!」

俺は大笑いして、太陽を浴びる。
日陰の中で、俺の言葉にテンゾウがどんな表情をしていたのか、そして、俺の言葉をどう消化したのかは知らない。
でも、時間はぎりぎりと、力強く前進して、そこに何の不安も迷いもなかった。

  「ナルト、要するに、ボクの手加減なんて必要ないってことかい?」
  「なに怒ってるってばよ?」
  「じゃあ遠慮無く、全力でいかせてもらうよ」
  「か、カカシ先生!!隊長、どうしたんだってばよ?!!」

俺はさらに笑って、上を見上げる。
雲一つ無い空に、どんな運命にも、千切れないつながりが、確かにある気がしていた。

  「来年の夏が恋しいねえ~」

俺の明後日な返事に、二人とも詰まって立ち止まる気配がする。
  「はあ?おかしくなったか、この暑さで?」
  「せ、先輩はまだ休んでいて結構ですよ」
はははは・・・・・
きっと、俺は、またお前たちと一年一緒に生きたいんだよ
だから、今度こそ、お前たちにトドメを刺すよ
俺は振り返る。
大きな木の下で、目を見開いてこっちをみる愛しい二人に
これが俺の今の精一杯だ!


  「ああ、俺はホント、君らを愛してるよ」



2011/02/27