14 無理矢理「気づかせる」 [サクカカ]



サクラから渡された数冊のB5の冊子は、表紙だけテラテラと華美だが、中紙はざらついて、湿度がない分、彩度だけ高い冬の光線も柔らかく反射した。

目を上げる。
寒くはない程度にしか温められていない資料室も、外の、晴れ上がって放射冷却がバリバリの外気より、余程いい。
薄い窓ガラスが時々軋むだけの静かな室内で、ちょっとパラパラめくっただけの冊子を、机の上に重ねたまま。
カカシは、伸びをすると、長い足を思いっきり投げ出して、だらしない体で椅子に座った。
こんなに、静かな時間は久しぶりだ。
それも、なんの問題もない・・・・・
思い返して、本当にそうだ、と再認識する。
いつもは、嵐の前の静けさや、次の嵐の前の静けさ、だもんな。
今日は、本当になにもない。
昨日も、その前も、明日もその次も。

充分ぐったり伸びていたが、さらに天井を仰いで、また伸びる。

ああ、鈍りそう・・・・

   「あ、先生。今、身体が鈍るって思わなかった?」
さっき出て行ったサクラが、いつの間にか、資料室の戸口から覗いていた。
   「どうしてわかった?」
ふふふとサクラが笑いながら、入ってくる。
冬なのに、サクラは華やかな花みたいで、ちょっと視線が固まってしまう。
   「そりゃわかるわよ~、何年の付き合いだと思ってるのよ、先生」
   「ははは・・・そうだね」
サクラはどんどん近づいて来て、カカシのすぐそばまで来ても止まらなかった。
すみずみまで若さに溢れた花束みたいに笑って、ドンとカカシの身体にぶつかる。

今まで、そんなことはしたことがなかったのに。

カカシも、自分の腕が、その流れをわかっていたかのようにサクラの腰を抱えて、自分の腰の上に乗せたのを見た。

今まで、そんなこと考えたこともなかったのに。

   「先生~、力持ちね~」
サクラが生き生きとした空気をカカシに押しつける。
   「見くびられてたのね、俺」
もう、身体は勝手に動く。
両腕はサクラの腰から上に動いてその肩を掴み、サクラは横座りから、素早く動いて、カカシに跨った。
   「見くびってるのは先生のほうでしょ」
   「俺?」
   「うん・・・」
言いながら、サクラの手がカカシの髪を梳く。
そして、決まり切ったシナリオみたいに、カカシの額当てを外す。
ちょっと驚いたようなカカシの表情に、サクラは柔らかく笑んだ。
そして、サクラの指はゆっくりと口布を下ろす。
   「ね。見くびってた?」
カカシは、驚いた目のまま、頷いた。
   「ああ。見くびってた」
   「でしょ」
サクラが口づける。
されるままキスを受けて、でも、カカシの手もサクラの身体の上をさまよった。
唇が離れて、でも、ちょっと冷たい鼻の先は触れ合っている。
   「ただの生徒だと思ってたでしょ?」
   「ああ」
   「時間は先生だけに流れてるんじゃないのよ」
   「ああ・・・・」
カカシの吐息の様な返事を吸い込むと、サクラは、クルリと身体を翻す。
カカシの膝の上に腰掛ける形になって、そのまま窓の外を見た。
   「だって、また冬だもの」
カカシもサクラの肩越しに外を見る。
見える色彩は、さっき見たままなのに、
遠い空の向こうに、ちょっとだけ暖色が混じっている気がした。

いきなりサクラが立つ。
サクラの椅子になったままのカカシは、眼前に立つサクラを見た。
   「よかった」
サクラが言う。
   「なにがだい?」
手が届くようで届かない位置の花束は、綺麗すぎて、現実ではないように見える。
サクラはちょっと考えると、
   「先生も、私のことが好きで」
言った。それは、幾分かの「嘘」が含まれている匂いがしたが、カカシは黙って頷いた。
出て行こうと身を翻して、サクラは「あ」と振り返る。
   「その本」
と、机上の数冊を指さした。
   「ちゃんと読んでくださいね」
   「わかったよ」
カカシの返事をしっかり聞き届けると、サクラは資料室を出て行った。

急に静かになった室内で、カカシは、サクラが出て行った戸口をしばらく眺める。
耳に、北風が窓枠を軋ませる音が戻ってきた。
30年も生きてくれば、こんな経験は何度かしている。
上司が、先輩が、同僚が、後輩が、いきなり性対象としてあらわれて来る事は。
でも、サクラの旋風は、綺麗で、スマートで、気持ち良かった。
   「しかも流れに無駄がない」
戦術を評価するような自分の口調に、自分で笑って、カカシはサクラから渡された冊子を手に取る。
糊の乾いたパリパリという音が、本の新しさを語っていて心地よい。
ざらつく紙面には、サクラが開発したらしい薬の調合法や、それに合う術の組み合わせなどが、綺麗に印刷されていた。
   「ほんっと・・・・」
真面目だなあ、と言おうとして、何故が喉が詰まって果たせなかった。




2013/01/06


「サクラがカカシに、サクラに対する恋心を気づかせる」です。
いくら大人でも、本当は気づいていたよって思っても、
カカシはサクラの行動でしか、決定的に気づけない。