休みの日、君と
鼻先を赤くしたカカシが、顔に白い息をまとわりつかせ、玄関先に立つ。
革の防寒靴があったハズなのに、その足には少し汚れたスポーツシューズ。
寒さのせいで、すっかりゴム素材が硬くなっているのがわかる。
コンコンと、コンクリを踏みつけて、靴の雪を落とす。
足下を見る、その寒そうな銀髪が灰色の空に溶け込みそうだった。
さっきまで風に舞っていた雪が止み、空を厚く覆っていた雲は、所々がちぎれて淡い水色が覗いている。
あともう少しで正午。
町は、昼餉のためにみんなが家に引っ込んでいるせいか、冬の景色のままにひっそりとしている。
その寂しさが、ヒタヒタと胸に迫ってきそうで、
「カカシ」
と、そう呼びかける。
ハッと顔を上げて、その目がゲンマを見る前から、もう口元には笑みが浮かんでいた。
ちょっとだけ視線が動き、台所の窓から顔を出すゲンマを見つける。
「ふふ・・」
何がおかしいのか、そう笑うと、またゲンマと視線を合わせた。
頬まで赤くしたカカシは、もちろんのこと、素顔だ。
本当にわかりやすい、とゲンマも笑う。
「オフ・・・ね」
笑むゲンマに、カカシも笑んで「?」という顔をした。
「なんでもない。早く入れよ」
「うん」
喉の奥でそう返事をすると、カカシがドアの取っ手に手をかけた。
物音とともに、外の気配が中に入ってくる。
ゲンマは台所の窓を閉めると、入ってきたカカシを見た。
なんだか身体全体がもっこりと膨らんでいる。
「なんだ・・・その、厚着・・・」
「なんか・・・苦手でさ」
「なにが?」
「寒いの」
言いながら、オーバーを脱ぎ、手袋を取り、マフラーをとったら、またその下にマフラーをしていた。
「首に二つも?」
「ん?ホントだ。出がけに玄関にあったやつを首に巻いたつもりだったんだけど、もうしてたんだね(笑)」
「お前が寒がりなのはよくわかったよ」
言いながら手を伸ばす。
その甲がカカシの頬に触れ、カカシの冷たい体温が柔らかく伝わってくる。
触れたところから互いの体温が解け合うように混じり、ゲンマは何度か抱いたカカシの身体を思い出す。
カカシは、頬のゲンマの手を、暖を求める人のように両手で掴むと、
「俺、オフだよ」
と、無邪気に目を輝かせて言う。
「明日?」
「うん」
付き合うといった明確な確認はないが、こんなふうに一緒に過ごすようになって、でも、まだ日は浅い。
優秀な後輩は、もうとっくに先を走っていたが、先き急いで取りこぼした色々を拾い集めるために、ときどきこうやって後戻りしてくる。
後戻り、という表現は不適切かもしれないが、ゲンマはそう感じていた。
かすんで見えないくらいの未来から、少年らしい面差しを残したカカシが、小走りに戻ってくるような。
「ゲンマもだろ?」
「え?あ、ああ」
「休み、あわせたんだよ」
カカシは、はずした二本目のマフラーを、ゲンマの顔に押しつけてきた。
照れ隠しのような行為に、心の底がじんわりと暖かくなる。
カカシの匂いがした。
「・・・じゃ、ゆっくりできるな」
「うん。腹が減った」
「なんか喰いに行く?」
カカシは返事をしない。
「だって、なにもないぜ?」
背後の台所を親指で指してゲンマがカカシを伺う。
「・・・ピザでいい」
「ピザ?」
そんな選択肢が、今までの二人にはなかったので、ゲンマはオウム返しに言う。
カカシは視線をずらして頷いた。
「ここらへんにピザを食わす店なんか・・・・」
「宅配だよ」
「あ・・・ああ・・」
カカシの頬が赤い。
それは、寒い外気の中を歩いてきたせいでは、もう、なかった。
「わかった。部屋で喰うか」
カカシがそれを望んでいる。
「でも、電話はお前がしろよ」
自分の携帯を差し出してゲンマが言う。
「わかってるよ。ゲンマ、オーダー噛むもんな(笑)」
嬉しそうな空気を漂わせ、カカシは携帯を受け取ると、さっそくピザ屋を検索している。
「うるせえ、トッピングとかソースとか、面倒なんだよ」
「はいはい」
カカシがゲンマに背を向けて、ピザ店と話している。
その肩ごしに、台所の窓から外が見えた。
少し垣間見えた水色は再び雲に隠れ、一つ、二つ、雪が落ち始めていた。
終わりのない任務の合間に、過ごすカカシとの時間。
一年後の雪も、カカシと一緒に見ていられるだろうか。
さっき感じた寂しさが、胸に迫る。
「あ、ビールも・・・・はい」
揺れるカカシの髪に、遠景の雪がそのまま降り積もっていくようで、ゲンマはカカシの肩に手を伸ばした。
カカシが振り返り、携帯を切る。
「なに?・・・すぐ来るってよ」
それ以上言わせず、カカシをぐっと抱きしめた。
カカシの手から滑り落ちた携帯を、カカシの身体にまわした左手で受け止める。
そのまま、カカシを冷たいシンクに押しつけた。
「ゲンマ・・・なに?」
ゲンマの唇が、カカシの首筋を吸う。慌てたカカシが、ゲンマを制した。
「来ちゃうよ、ピザ!」
「素っ裸で受け取れ」
「なっ・・・」
「冗談に決まってる。バカ」
首筋にキスして、解放する。
たったこれだけの会話で、カカシは沸騰したように赤くなって、ゲンマに掴みかかってくる。
こんな子供っぽい戯れが嬉しい。
そして、その戯れはいつの間にか、カカシが繰り出す手足の攻撃を避けて、ゲンマがカカシの身体のどこにでもいいからキスする、みたいなアホっぽいゲームに変わっていた。
ピザが来たときには二人ともすっかり息が上がって、乱暴に開かれたドアと、汗を垂らした大男二人に、配達員は驚いて目を丸くする。
「ゲンマが押すからだろ。ごめ~んね」
お金を払うカカシの背に、なおもちょっかいをかけながら、ゲンマは笑った。
ドアから吹き込む風が、今はむしろ心地よい。
カカシが、受け取ったピザの箱をこちらに寄越す。
その箱に、風に乗った雪がおちてすぐに溶けたのを、ゲンマは笑いながら見ていた。
2008.12.07.
雪景色を見て。
年齢的な関係はでたらめ。カカシは優秀だから、先に昇格してるよね。年齢と体重だけ先輩なゲンマ・・・好きです。