夜の風


[ 注意 ] サスカカ前提のゲンカカです。




西の空が、濃い藍色に染まりはじめた。
ここは高地らしく、昼はもう、暑いほどだったが、日が沈めば、ブルッと身震いする程度には冷える。
多分寒いのだろうが、何も言わずこちらを見上げているカカシを見て、ゲンマはふっと息を吐いた。
縁側に座る、初めて見る浴衣のカカシは、ゲンマが持っているカカシの印象よりずいぶん男っぽかった。





こんな遠くの地で、偶然二人の任務に重なりができるなんて、滅多にある事じゃない。
カカシの招待に、ちょっとばかり走って来たゲンマは、フル装備のまま部屋に侵入した。
  「庭がついてるんですか?すげえな」
庭に降り立ち、その広さを目で測る。
  「俺が投宿してんのは温泉宿ですからね、まあ、その点はいいんですけど」
部屋が狭くて古いんだよなあ、と愚痴れば、カカシは縁側に腰掛けたまま、
  「ここは宿じゃない。依頼主の屋敷の離れだよ」
と言った。その声が、本当に寒そうで、ゲンマはカカシを振り返る。
  「そんなに襟元があいてりゃ、寒いでしょう」
暗くなり始めている夕暮れの庭で、袷から覗く肌が白い。
  「こうやって着るもんなんだってさ、浴衣って」
言いながら、カカシはそれでも寒そうに首筋に手をやった。
  「ふうん・・・・」

そんな誰かに着せてもらったようなセリフ、俺が聞き漏らすって思ってるんだろうか?

離れの部屋の奥をじっと見て、次いで、カカシが気後れするくらい、じっくりその姿を眺めてから、ゲンマは言う。
  「ずいぶん色っぽい服ですね」
シゴトの最中は、わざとかって言うくらいキチンと敬語を使うゲンマは、相手がカカシでもそうだった。
一応、俺より階級が上だろ、と、セックスの最中だけ、これも楽しんでいるのかっていうくらい、打って変わった独占欲むき出しな口調で話す。
ときどき、カカシの視線が不安そうに揺れるのは、そのせいであることをゲンマは知っていた。

俺の愛を疑う馬鹿な人だ・・・・からな

ゲンマの内面を読めないままに、カカシが訝しんでゲンマを見る。
遠くの山から、微かに、聞いたことのない夜の鳥の声がする。
異国のどんな風物よりも、そんな静かな鳥の声に、遠く故郷を隔たった寂しさを感じる。
いつもは快活なこの人が、闇に同化してその声を聴く様も、そんな思いに拍車をかけた。
  「はいてるんですか?それ」
ゲンマは目でカカシの下半身を指す。
カカシはゆっくりと首を振って、
  「こうやって着るんだってば」
と、言い訳のように最前のセリフを繰り返した。
カカシの頬が、ちょっとだけ赤らむ。
ゲンマはそっと安堵の溜め息をついた。





  「うわ・・・マジかよ」
延べられた寝具に押し倒して、裾を割れば、ゲンマの手は何の遮蔽物もなく、カカシの腰に触れた。
  「どうして俺が嘘を言うんだよ?」
滑るように肌を直に触れられて、カカシが微妙に震えた声を出す。
  「待ちきれなかった?」
  「だからそうじゃないって」
  「やらしいカッコだな」
浴衣をたくし上げて、腰をむき出しにした。
枕元の行灯に夜風があたり、カカシの身体の陰影を揺らす。
  「雰囲気ある灯りだな」
  「行灯だよ、知らないのか?」
  「知らなかった。でも・・」
  「?」
  「この国の人ってエッチだな(笑)」
  「・・・え?」
  「だって、すべてが凄くロマンチックだ。その服(ああ、浴衣か)といい、この照明(行灯ね)といい」
ゲンマの『ロマンチック』にカカシが吹き出した。
  「笑うなよ。アンタにぴったりだろ?」
  「は?俺に?」
カカシが邪気のない目差しをゲンマに向ける。
  「アンタの中は愛で一杯だからな」
  「なに言って・・・」
  「あのガキにやられっちまってねえよな?」
カカシの身体に力が入る。

どうしてこうもわかりやすいんだろう。
この人が忍者だなんて、ほんと間違ってる。

その人にふさわしい役割があるだろうと思う。
ただ、能力があるからって、それがその人に合っているとは言い切れまい。
他を圧倒する才能があっただけなのにね。

  「別にかまわねえよ。アンタのそういうとトコも含めて・・」
言いながら、カカシの緊張している身体を抱きしめる。
  「俺は、好きなんだ」
  「ゲンマ・・・」
  「狂ってるって思ってもいいぜ。アンタに関わることなら何でも好きだし、」
  「・・・・・」
  「アンタのすることならなんでもOKなんだ、俺」
カカシが身じろぎして、ゲンマの喉に肘を当てる。
  「一緒に死んでって言っても?」
ゲンマはハッとした顔をして、そのあと嬉しくてたまらないという顔をした。
  「うっわ~・・そんな俗っぽいとこあんの?初めて知った」
  「・・・救いようがない」
  「興奮させんなよ、ああ、もっと好きになっちまう」
  「おかしいよ、お前・・・・」
  「おかしいよね。こんなに好きなのに、まだ好きになる余地があったなんてさ」
ゲンマはカカシの胸に頬を押しつけた。じんわりと暖かい、はだけたカカシの肌に、感覚を集中させる。
サスケの生意気な顔を思い出した。

断れないよな~

世界中の不幸を背負って、でも、あんなに純粋な奴、
涙に満ちたまっすぐな、まっすぐな、生意気なガキ、

受け入れちゃうよな~

手を滑らせて、カカシの尻の間に指を忍ばせる。
  「あ・・・」
小さい声がする。
そこをそっと撫でて、サスケの顔を記憶から引っ張り出して網膜に刻み込む。
それは自虐じゃなかった。
折れそうな人生をカカシで支えている小さな大人が、愛しかった。
流れていく運命に抗えず、受け入れるしかないカカシは、もっと愛おしかった。
  「俺に力があったらなあ~」
愛撫される刺激に目を閉じるカカシは応えない。
また遠くで夜の鳥が鳴く。
そのもっと遠くから、夜汽車のリズムが聞こえてきた。
その音と、カカシの心音が重なって、その瞬間だけ嗚咽を漏らす時のような感情が突き上げてきて、ゲンマはもっと強くカカシを抱いた。





身支度するゲンマの動きを、ちょっとだけカカシが名残惜しそうに見守る。
  「いつもの俺なら、もう里に帰ってますしね」
そういって笑む。
  「俺ももう終わらせたい・・・感じ(笑)」
寝具にくるまったままカカシが笑う。
それは、この退屈な任務のことには違いなかったが、終わりのない人間関係に倦んだセリフのように聞こえた。

俺は息継ぎなんだよな

その認識はあまりにも鮮明な閃きで、思わず口にしたかと思ったほどだった。
ゲンマとの時間を穏やかに過ごすカカシだが、サスケとは、もっとギスギスした時間を共有しているんだろう。本気で対峙すれば、それは当たり前のことだ。さっきの一緒に死んでくれっていうのは案外、本心だったのかもしれない。
  「カカシさん」
  「はい?」
夜はまだ深く、そんな中にこの人を置いていけない気がした。
忍者なのに、忍者から遠い人。
  「俺がダメだ」
  「?」
  「もう少しココにいていいですか?」
驚いた顔をして、でも、カカシは頷いた。
夜気を割って、カカシの側に戻る。

この人に掻き回されて、振り回されて、使い終わって捨てられても、

闇の音に耳を澄まし、静かに自分の心を確認する。

この人の足がしっかり地面を踏んで歩いて行く様を見届けられたら



俺はそれでいいな・・・・



へえ~
ちゃんと、役割と能力が一致してるじゃねえか。



  「神様はいますね、きっと」
  「今夜はおかしいね、ゲンマ(笑)」



2009.05.28.