鳴門の案山子総受文章サイト
16歳になったナルトは、あの日のナルトより、子供っぽい。
自分の中身や、その身体や、もちろん忍者のスキルも成長させて、俺とのことなんか忘れたように、元気いっぱいだ。
こんな風に、いろんな事が静かに沈殿していくんだなあって、まだどこかガキな俺も、少し成長する。
俺はそれを見て安心しながら、同時に、どこかでそれを気にしている。
少し肌寒くなってきた季節の変わり目に、俺の心がちょっとだけ軋んで、隙間ができてしまっていた事に、俺自身気づかない。
俺の中のどこかに「それ」のスペースが少しでもある以上、つまり俺がちょっとでも「それ」を意識している以上・・・・事実は消えないし、それは次の何かの種になる。
寒さに、丸い背をもっと丸くして、物理的気温の低さが、そのまま気持ちにも寂しい温度になるって事を、俺は理屈で知って、忘れていた。
だから
ノックの音に、俺は、すっかり忘れていた。
それがナルトだったら、警戒しなければいけないってことを。
そう、俺は俺自身のプライドのために、警戒しなければいけなかったのに。
階段を上がってくる足音で、俺はもちろんナルトであることを知っていた。
馬鹿な俺は、過ごした夏の数だけ、その暑さだけ安心しきっていた俺は、すっかり普通の「カカシ先生」になりきったまま立ち上がり、冬を目前にしたドアを開けてしまった。
「ナルト。どうした?」
俺の穏やかな声に、でも、ナルトは怖いほど真剣な顔で、僅かに頷いて俺を見る。
その視線が、もう、こちらを見上げるような位置じゃないことに、俺はこのとき初めて気がついた。
「もう、俺の先生じゃない」
気づいたときは遅かった。
俺は、反応できないまま、無意味に左手を自身の首に当てる。
血の気が吹っ飛んだその指先は、もの凄く冷たく、震えていた。
ナルトがゆっくりとその腕を伸ばす。
開いたドアはナルトのブーツにぶつかって止まり、画のように切り取られた淡い空色の背景に、ナルトの意志的な男っぽい影が俺を見た。
俺の左腕はナルトに掴まれてそのままナルトの方に引き寄せられる。
その力の強さに、俺は激しく逡巡した。
拒否して腕を戻せばいいんだ
どうしたのよ、と言って、不思議そうに見返せばいい
あるいは、笑えばいいだろうか
なにやってんだよ、ナルト、とか言って、笑えばいいんだ
俺の馬鹿な迷いはナルトの強い引き寄せに、それでもいくらかは抗った・・・ろうか
「先生」
ナルトの絞り出すような声と共に、俺の身体は、互いのパーソナルスペースを無視して、ナルトの胸に接触した。
「わかってるよ、先生は、」
俺は驚く。
ナルトの声は、痛々しいくらい掠れていた。
俺の迷い以上に、ナルトが混乱していることを知って、俺は驚いて・・・
「先生は、いつまでも、俺の先生だ」
打ちのめされる。
俺の保身、世間体、それらにまとわりついた常識。
そんなものから遠く、自分の気持ちと、俺を思いやる気持ちの両方に正直であろうとして、苦しんでいるナルト。
ナルトの腕を振り払って身を引くべきな俺なのに、このとき俺は、打ちのめされたショックと同時に湧き上がる喜びを感じていた。ナルトが圧倒的に格好良すぎて、この男に惚れられている自分を初めて嬉しいと感じたのだ。それが、我利私欲の結果としての感情だとわかっていても。
「でも、やっぱり好きなんだ」
俺も、とは言えない。俺は、ナルトの腕に拘束されたまま、二度目の告白を聞く。
「お願い。先生、お願い」
ナルトの腕の力が強くなって、俺は、ちょっとだけ覚悟する。
過去に、あそこまでやってしまっているという、いい加減な気持ちもどこかにあった。
「キスだけでいい。キス・・・して」
「え?」
俺の声に、ナルトが顔を上げる。
「今はキスだけで、我慢するよ」
は・・・?
拍子抜けした俺は、安心しすぎて、身体が震えてきた。それはただの先送りに違いなかったが、その時間稼ぎの間に、また俺たちが成長するって可能性がないとはいえない。
「ああ、ごめん、寒かったってば?」
ナルトは、後ろ手にドアを閉めた。
先生、まだ寒い?といいながら俺を抱きしめるナルトは・・・・
もう、本当に、愛おしくて、可愛くて、格好良かった。
抱きしめられたまま、俺はナルトの首筋に頬を擦りつける。
「あ、せんせ・・・」
「格好いいなあ、お前」
「え?・・・あ、ははは・・・先生に言われると嬉しいってばよ」
「でもまだ子供だ」
「!!!、ガキじゃないよ!」
俺は嬉しくて笑う。
ナルトと、この明るくて愛しい関係のまま、先に進める可能性が俺を満たす。
それは、100パーセント、ナルトの太陽のような明るさと暖かさに依存したものだが、俺にそれを引き出す何かがあるなら、素直になろうとも思った。
「俺のキスを舐めてるよ」
え?とナルトの目が大きく見開かれる。
「キスだけでとどまっていられると思ってるならね」
げっ!とナルトが驚いて俺を見る。
「わわわ・・・先生、ごめんってば!」
「はははは」
「ほっぺにチューでいいってばよ!!」
「はははは・・・・」
こんなに胸の底がジンとしたのはいつ以来だろう。
「ナルト」
「カカシ先生」
俺もお前が好きだよと、それは心で思って、その、もう子供っぽさの抜けた頬に口付けた。ナルトは、多分、すべての神経を頬に集中させている。
俺はちょっと唇を離し、今度はゆっくりナルトの唇にキスをした。
ナルトが驚いて息を鼻から吸う音がして、でも、俺は、止めなかった。
僅かに上がったナルトの顎のまま、薄く開いた唇の間にそっと舌を入れる。
キスでナルトをどうかしようなんていう気持ちは全くなかった。
この瞬間の素直な感情と行動だった。
ちょっと息を詰まらせて、ナルトが俺の肩を押し返す。濡れた音がして、唇が離れた。
「せ、先生・・・」
ナルトが焦った顔をして俺を見る。多分、これがナルトの瀬戸際だった。
「言ったろ?ナルト」
「・・・・」
「とどまっていられなくなるって」
「う・・・・」
「我慢できなくなるのは、俺の方だよ、ナルト」
「!!!」
「ごめんな」
俺は笑うと、そっとナルトの腕から離れた。
唖然とした表情のまま、ナルトが俺を見る。
「じゃあな」
俺がいつもの風でそう言うと、多分無意識に俺がキスした頬を撫でながら、ナルトが頷く。
もちろん、俺も、ギリギリだった。あらゆる意味で。
「わ、わかんねえけど、今日は帰る」
「・・・ああ」
「また逢いに来るってばよ」
最後の方は、閉まるドアの向こうに消えた。
行ってしまった
俺は、呆けたように閉まったドアを見ながら、自分の両手を組んで握りしめた
ブルブル震えている
なんだ、これ・・・・
自分の状態が信じられない
こんな、こんな強烈な感覚が「恋」なら
俺は、やっぱり初めてだと、自分でも赤面したのがわかる・・・
◇
余程経ってから、俺は、閉まったドアに手をかけた。
相変わらずの音と共に、ドアが開く。
もうすっかり日が落ちた戸外は、俺の劇的な時間をよそに、穏やかな日常が流れていて、俺はナルトの家の方を見る。
まだ頬は熱く、何かあるとしたら、多分、また玄関だ、という自身の思いつきに
俺は深く嘆息した・・・