玄関から愛を込めて 4

 


白茶けた・・・というか、本当に白々しい蛍光灯の光の下、俺とナルトは、俺の部屋の椅子に座って対峙していた。
どのくらいそうしていたか、もう思い出せない。
とにかく玄関じゃアレだから、という俺のなけなしの理性が働いて、でも、俺は自分がどうやって立ち上がり、どうやって下着をあげて、どうやって部屋に入ったか、そんなことの記憶をすべてすっ飛ばして座っていた。
  「先生?」
ナルトの掠れた声に、俺は肩をビクッとさせて顔を上げる。
こういうときにも、部下に先を越される情けない俺だ。
でも、あんな事の後に、どう振る舞ったらいい?!
新聞の人生相談にもないだろうね・・・・と、俺は今までに読んだ人生相談のコラムを思い出して、つかの間逃避してみた。
  「先生ってば?」
ナルト・・・
頼むから、時間を動かさないでくれ。
俺はこのまま、何時間でも、何日でも、いや、何年でもいけそうな気がするぞ。
永遠に、このまま、椅子に座って、テーブルの傷を見て、また白亜紀が来て、尾獣が戯れて・・・・
  「俺が何で来たか」

  「聞かないの?」
確かに。
お前は、どういう訪問意図で来たんだ?
俺の表情に聞く意志を見て、今度は急にナルトが赤面して、テーブルに目を落とす。
それを見て、俺は、またギュッと胸の奥がつぶれた。
俺が俺だけの都合で苦悶している間も、ナルトはナルトで何かを抱えてココにいたんだ。そして、この重い時間をもナルトに丸投げして、俺は時間を意識下で止めてまで、保身を図ろうとして・・・
  「ごめんな、ナルト」
ナルトはグッと何かを飲み込んで、下を向いたままだ。
  「聞くよ・・・いや、聞かせて?どうして俺んちに来たの?」
ダンッとナルトが、両手をいきなりテーブルの上に置いた。俺が驚いて見返す。
本当に顔を真っ赤にナルトがゆっくり言った。
  「こくはく」
  「・・・え?」
  「告白だよ」
  「・・・なんの?」
  「先生に、好きだって言いに来た」
こいつ・・・・
時間と空気を動かした上に、それをグッチャグチャにかき混ぜやがった・・・
  「は?」
俺の「は?」は、大人の汚さ満載で、俺が第三者だったら、俺を軽蔑したに違いない。
  「だから先生に告白しにきたんだ」
  「お前・・・なに言ってんの?」
俺は半笑いで、わけがわからないといった空気を醸し出した。
ホント、卑怯で、ダメな先生だ。
  「そしたら先生があんな・・・・」
  「あんな・・・・」
  「可愛いことしてて」
うう、可愛いか・・・お前のスタンスは本当にブレがない。
  「ここは、もう行くしかないって思った、だけ」
ナルトが、今はテーブルの上に両手をしっかりとついて、下から俺を睨みつけるように見て、俺がその気迫に圧されて反応できずにいると、はっと気づいたようにその空気を急に和らげた。
その急な気の収束は、俺のことを女の子並みに気遣っている感がありありとしていて、そして驚いたことに、そのことが俺は嫌じゃなかった。
  「ごめん、先生。これじゃ告白じゃなくて、脅迫だね」
そう言って笑った。
ああ・・
ナルト・・・・
  「ただ好きなんだって思ってたけど」
  「・・・・」
  「そういう好きなんだって、わかったよ」
そうか。
さっきしたような事も含めての好きだって、俺が証明してしまったんだね。
自分が、後悔だらけの情けない人間だって十分知っているつもりだ。
このまま進んだら、もっとダメな人間になってしまうよ。
  「あのな、ナルト、」
俺がそう言いかけると、ナルトも何か言いかけたみたいだった。
でも、言葉ごと何かを飲み込んで、また俺を見る。
その様は、年齢をはるかに超えた大人のようで、俺は喉が渇くのを覚えた。
  「告白は、ありがたく受け取るよ。でもな」
ナルトの表情は、何か俺の知り得ない覚悟のこもった表情は、変わらない。
俺が今、どんな絶望的なことを言っても、それは変わらないだろうと思わせるくらい、微塵も変わらない。
  「俺は先生なんだ。お前の」
ナルトがうなづく。
  「だから、お前の気持ちを受け取る以上は、無い」
  「わかってるってばよ」
  「だから、その・・・」
  「うん」
  「さっきのことは・・・」
  「うん」
  「その・・・・忘れてくれるとありがたい」
・・・言った。
ここまで言った俺は、俺でもよくやったと思うよ。こんな恥ずかしい馬鹿なセリフ。
テーブルについていたナルトの右手が、俺の方に伸びてきた。
所在なく置かれていた俺の左手に重ねると、
  「ありがとな、先生。今はそれだけで十分だってば」
俺はたぶんびっくりしたような顔をした。
そして、また、ナルトはそんな俺を気遣うように笑んだのだ。
  「忘れる努力もするよ。だから」
  「ナルト」
  「心配すんなってば」
だって、告白しにきただけだもん、とナルトは姿勢を伸ばして、俺を見る。
額当てに手をかけてそれを直すと、ナルトはそのまま玄関に向かう。
俺があわてて立ち上がりそのあとを追うと、ナルトは玄関に立ち止まり、振り向いた。
目と目があう・・・・
  「ナルト・・・」
  「先生」
  「ん?」
  「でも、忘れられなかったらごめん」
今日、初めてみる、ナルトの苦しそうな顔に、俺は胸が詰まった。
目が歪み、それでも、たぶん誠実であろうとして、俺をまっすぐに見ている。
もっと、他のことを言いたかったろうに、もっとストレートに言いたかったろうに、どこまでやさしいんだろう、お前は。
思わず抱きしめたくなる自分の衝動を、ナルトの見事な演技のために殺す。
  「じゃあな、先生!」
最後は、いつもの口調で、でも、眼の端に苦痛を乗せたままナルトが出ていく。
今度も律儀にドアクローサーが叫び声をあげる。
騒がしく閉まったドアを、立ちすくんだまま見つめる。
今は、耳が痛いほどの静けさの中で、まるで、起きたまま夢を見ているようだった・・・

2015/11/23


あとちょっと続きます