偶然とキスの間 [ヤマカカ+サクラ]




偶然、会った先輩と、ベンチに並んで座った。

ここは先輩のお気に入りの場所で、それを知って、しばしば来るようになった僕と、いつにまにか、僕を待つようになっていたらしい先輩との間に、「偶然」という概念が成り立つかどうかは別にして。

僕が右。
先輩は左。
そんなことまで決まっているかのように、当たり前に座る。
先輩がベンチを覆うブナの木を見上げる。
春にも二人、ここに座って木を見上げていたが、でも、たぶんもっと視点が近かった。
今は、ずっと見上げて、淡く色づく葉の、その向こうの高い青空が、もう終わった夏の面影を、白い雲に残している。
「今日は俺の誕生日だからね」
先輩がそう言って僕を見る。
右目を弓なりに形作って笑んでいて、その綺麗な形に、僕は見入る。
「だからね、お前が何を言っても許してやるよ」
先輩が、何のことを言っているか、僕にはすぐにわかった。
つい先日のことだ。
何かのタイミングで、受付に誰もいないとき、依頼書をもった老婦人が来たらしい。
その場に偶然居合わせた先輩は、耳が遠く、しかもお喋り好きな、その女性とのやりとりにすごく苦労した・・・に決まってる。
やっと受付処理を終え、僕が来たときは、先輩が、その女性を送りだすところだった。
老婦人にドアを開けて、優しく送り出す先輩。
が、入ってきた僕が、女性の忘れ物を発見してしまったのだ。
僕に指摘された先輩は、驚きと、だるさと、面倒くささと、ちゃんと処理しなきゃという使命感と、確実にそれらが入り交じった、複雑な表情になって、僕からその忘れ物をひったくると、
「××さ~ん!!」
と大声を上げながら飛び出して行ったのだ。
僕が、笑い転げたのは言うまでもない。
依頼書を確認したら、逃げた飼い鳥の探索だった。
そこに、また几帳面な先輩の字が並んでいて、慣れた受付が空欄で済ませるところにも、きちんと書き込みがしてあって、もう、僕の笑いは止まらないのに、なぜか、ちょっとだけ涙が出た。
やがて戻ってきた先輩は、僅か数十メートル追いかけただけなのに、慣れない行為のせいか、息を切らして僕を見ない。
しかも、肩で息をする先輩に、思わず、
「かわいいな、先輩」
と言ってしまった僕に、いきなり怒り出した。
不慣れな様子を僕に見られたことが、余程、先輩の何かに触れたらしい。
理不尽に近い怒りを爆発させられて、最後には、僕の方が途方に暮れた・・・・・
たっぷりそれらを思い出す数秒をあけて、僕はおもむろに言い返す。
「へえ・・・かわいいって言っても怒らないんですか?」
「うん」
足下に目を落とし、大人しく返事をする。
黄色いグラデーションの葉からこぼれる午後の陽が、チラチラと先輩の上に落ちていて、それは、夏が終わった後のプールに反射する太陽の色のようで、ちょっと感傷的になる。
僕は、頷いた先輩を試すように言った。
「やっぱり、先輩はかわいいですよ」
「何とでも言え。・・・・・もう慣れたよ」
そんなことを言う。
「慣れた?僕、そんなに言ってますか?」
心の中では言いまくりだけど、聞こえたのは、先日の一件だけだと思っていた。
先輩は、足下を見つめたまま。静かな声で話し始める。
「サクラがね」
「サクラ?」
「うん。俺のこと、かわいいんだって」
僕は身体の向きまで先輩に向けて、その横顔をマジマジと見た。目だけ出した黒ずくめの横顔は、でも、纏う空気は柔らかい。
「で・・・僕に怒ったみたいに怒ったんですか?」
「まさか。女の子って、オッサンでもかわいく見えるらしいよ」
「オッサンて・・・・」
先輩が身体を前に倒し、両膝に腕を乗せて、今度はまっすぐ道の先を見た。
「思えば、三代目がかわいいって騒がれてたことあったしなあ」
「・・・・ふうん・・・」
かわいいの種類がなんとなく・・・わかってきたような。
「聞かなかったけど、お前もかわいいんじゃないの?」
「げ・・・」
「だから、もういくらでも言って(笑)」
笑って、その目が細くなる。
長い上下の睫毛が絡み合い、そんな細かな造形にさえ、秋の色は乗っていて、僕は、何を言っても許すという先輩のセリフを、心で反芻した。
「違いますよ、僕のかわいいは!!」
「!!・・・面倒くさいな、お前(笑)」
先輩が不意を突かれたように笑う。
「もう、告っちゃうけど、特別なんです」
「おまえさあ、告るといいながら、微妙にぼかすなよ。それこそオッサンくさい」
「うっ・・・・そうですかね・・・」
「そうだよ。ちゃんと言えよ」
僕には、そんなセリフでさえ、先輩の告白に聞こえる。
「だって、拒絶するくせに」
「あたりまえだろ。きっちり断るけどさ」
しまいには僕も笑い出す。
「なんなんです、それ(笑)。誰が言うもんか!!」
「若くないねえ~。ストレートに来いよ!」
「滅茶苦茶だな、もう・・・・じゃ、言いますよ」
「お・・・本気か?」
「どっちなんです?」
「ははは・・・いいよ、聞くよ」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・おい(笑)」
「あ、はい・・・・・先輩、好きです」
「(苦笑)」
「つきあっていただけませんか?」
「(笑)」
「あの、先輩・・・・」
「テンゾウさあ、なんか、やだよ(笑)」
「は?」
「なんかまだ初秋だってのに、すごく寒いぞ・・・・どうすんの、これ」
「あの、おっしゃってる意味が・・・・」

と、
そばの低い木の茂みが大きく揺れて、

「「!!」」
僕らは思いっきり驚いた。
茂みからはピンク色の髪の女の子が立ち上がる。
「サ、サクラ・・・」
先輩がカラッカラの声で呻く。
「いつからそこにいたんだい?」
僕の声も、掠れてひび割れていた。
「本当に先生達、上忍なの?信じらんない」
「いや、ここ里だしね、気を抜いていたというか、」
「抜きすぎよ!!ってか、キモいんだって」
オッサン二人が奈落の底に真っ逆さまのセリフを投げつけられて、僕も先輩も固まった。
「二人の姿が見えたから、脅かそうと思ってこっそり近づいただけですよ」
「あ・・・そ、そうなの・・」
うわあ・・・この状況も厳しいが、あの先輩が、女の子に圧されてしどろもどろな状況も凄い・・・・
「黙って聞いてれば、何なんです?遊んでるの?」
どうしたらいいんだろう・・・??
僕は先輩を盗み見る。
先輩は、見事に引きつった感じで、目はサクラに固定されたままだった。
こんな状況でなきゃ、大笑いなのに。
ジャリっという音をさせて、サクラが僕らの前に回り込んで立った。
「先生?」
そう声をかけると、いきなり、先輩の覆面を下ろす。
固まったままの先輩は、「あ」と間抜けな小さな声を出し、それでもサクラを見上げたまま。
ハンサムなその顔を、愛おしげに眺めると、サクラは、いきなり先輩にキスをした。
「げっ!!」
カエルのように呻いたのは僕。
サクラの綺麗な指が先輩の両頬をはさみ、その唇が、触れるだけじゃなく、先輩のそれを少し吸ったのを見る。
濡れた音がして、僕は唖然と見守った。
「隊長?」
え?と気づくと、今度は、サクラは僕を見ていた。
「!」
と思う間もなく、今度は、僕がキスされた。
先輩の唾液とサクラの唾液がぁ!!!
ヨコシマな事が脳裏を巡る。
サクラの鼻から微かな息が漏れ、思わず、それを吸い込む悲しい性の僕。
でも、なんで、サクラは僕らにこんな事・・・・
やがて、サクラの唇が離れ、僕らの前で両手を腰にあて、上から目線でしゃべり出す。
「言葉遊びしてるならいいんだけど、マジに会話してるんなら、これが答えです」
へ?・・・・どういうこと・・・?
「たいしたことじゃないのに」
そう言って、ニッコリ笑った笑顔に、清涼な秋風が流れる。
大きくざわついたブナの葉が、懐かしい森の音を立てて、僕らを包んだ。
「感じたままキスしてみればいいじゃない」
そう言いきったサクラは、もう別なことを考えているかのような顔で、ベンチの脇のブナの大木を見上げて肩をすくめた・・・





「・・・・だってさ」
サクラが去った方を見て、先輩が若干赤くなった頬で、僕を見る。
左目だけ隠したほぼ素顔で、暖かいベンチの座面を所在なげに手が遊ぶ。
「テンゾウ、キスしてみる?」
そんなセリフが、先輩から聞けるなんて、女の子の行動力と破壊力に、僕は、完璧降参する。
「思ったまま行動したら、キスで終わりませんよ。僕ら、ここで警察沙汰です」
思い切って、欲望まで混じらせて言った言葉に、
「そうだね。やめとこう」
なんて返されて、ちょっと互いにがっかりしてのひなたぼっこは、でも最高に気持ち良かった。
凄く幸せな日だ、と思った僕の気持ちのままに、身体を伸ばして、最前の高い空を仰ぐ。
「なんかいい感じの誕生日だ」
と聞こえた隣からの声、もう、それがすべて。





あれがきっかけで、先輩と僕は微妙に進展し・・・・
もう、互いに、付き合っていると言えるまでになっている。
しかし、つい最近、ナルトから、
「そういや、サクラちゃん、カカシ先生の誕生日に、なんかプレゼントしたらしいってばよ」
と聞かされた。
「プレゼント?」
「なんか最高のヤツって言ってた。なんだったのかな?」
はめられた・・・・
っていうか、まんまとやられた。
僕は、女の子の行動力と破壊力だけじゃない、洞察力と計算の凄さをも、改めて思い知らされたのだった。




2009.08.29.

2009年カカシ誕生日企画。