すくう [ヤマカカ]




高く伸びた木々の間から、こぼれ落ちる幸せのように、盛りを過ぎた夏の太陽が、白い光を落としている。
死のにおいがなければ、アカデミーの子供達を連れて歩きたいくらいの、上天気だ。
相手の呼吸をはかりながら、僕は、今までにしたことのないタイミングを探る。
気配がゆっくり移動して、
僕は、また上を見る。

ああ、木漏れ日が綺麗だ。
重なり合う葉の濃淡が、期待を裏切らない発色で、僕の目を染める。
綺麗だ。
とても・・・綺麗だ・・・

頭の中でゆっくり、そう繰り返して、

そして僕は、



怪我をしてみた。



そんな表現はおかしいはずだが、でも、今回は正しい。
だって僕はわざと怪我をしたんだから。





木遁を自在に使うことで、ほとんど怪我らしい怪我からは無縁だった僕だが、その日の他愛ない任務では、敵忍が蹴り飛ばした瓦礫をすべて綺麗に避けるのを、突然、やめた。
大げさな音を立てて飛び退(すさ)るそれらの一つが左腕を擦って、それは結構な衝撃だった。
大きく腕が後ろに飛ぶ。
『へえ~~』
と思った。肩が外れた音がする。
『けっこう痛いんだな』
カウンターで発動した術の手応えを確認するまでもなく、瓦礫の向こうに、とっくに倒れている複数の敵忍を見て、わざと避けなかった自分の心中を、考える。
でも、ヤバイくらい痛くなってきはじめたせいだけではないだろうが、理由は、全然思いつかなかった。
僕は、顔をしかめて上を仰ぐ。
さっき見た、緑の葉のガラスのような色味が僕を見下ろしている。
その隙(ひま)に見える高い空が、急に手の届かないところにある何かのように感じて、僕は焦燥を感じた。



医務室で手当を受ける。
消毒薬のにおいは、容易に長い入院という名の実験の日々にリンクする。
僕は頭を振る。
暗部に入るとき、自分の来歴が記載してあるカルテや文書の写しを見せられたことはあったが、それが、血の通った暖かいものではなく、数値化されたデータに過ぎないことを知っていたので、僕は何も見ず、突き返した。それを利用して何を僕に課そうと、最終的に、判断し動くのは自分であり、その部分はけっして揺らがない。
尊大にもそう思っていたし、そうでなきゃ、生きていられなかった・・・・・
「めずらしいですね?」
医療忍者の一人が、傷より僕の横顔をしげしげと見ながら、手当をする。
僕の怪我は、やはり、珍しいらしい。
「・・・うん」
あまり話したくなかった。
自分でも理由がわからないことなど、話せるわけもないし、わかっても話すような内容になるはずもない。
「ありがとう」
そう言って立ち上がる。
ふと見た窓の外は、色を失った平坦な空をうつしていた。
さっき見た、あの、高い、透明な空は、どこへ行ってしまったのか?
医務室を出る。
熱せられていまだ冷めない空気も鬱陶しく、気づけば、いつもの、黙々と続けるべき、ただの日常が僕を取り巻いていた。





予測通り、先輩が来た。
来るだろうとわかってはいたが、実際、訪問を受けると、みっともないくらい心臓が派手に鳴る。
いつもの格好と寸部違わぬ先輩は、のっそり部屋に入ってきた。
たっぷり血の臭いがする空気を纏っている。
直接血がついているわけではないから、普通の人にはわからないだろうが、血なまぐさい空気の中にいたことは、僕らには、すぐにそれとわかってしまう。ただ、あまりにランクが高い仕事だと、どうしてか、かえって殺伐とした印象はなくなってしまい、悟ったような穏やかな感じになる。今日の先輩は、どっちかというと、イっちゃった人みたいに静かな目をしていたので、自ずと任務の内容は知れた。
数歩部屋に侵入すると、ベッドに横になっている僕を一瞥する。
「珍しいな」
医務室の凡人と同じ事を言って、僕を失望させる。
でも先輩の目は、僕の上を素通りして窓の方を見ていた。
僕もつられてそっちを見るが、特に、何があるわけでもない。
「何が珍しいんです?」
「ん?・・・天気」
ああ・・・そうだ。
確かに、昨日までは、暗い曇天続きの空だった。
昼間見た、あの、高い空の印象は、そのせいの錯覚だったのかもしれないと思った僕の目は、少し長く、窓に固定された。
「そういや今朝から晴れてますね」
「俺、晴れ男だからかな?(笑)」
「そうなんですか?」
先輩は、背嚢をドサッと落として言った。
「たぶんね。任務で天気を選ぶとき、苦労するんだよ」
「へえ・・・」
「場合によっちゃ、雨の中の方が都合いいときもあるだろ?でも、すぐ晴れる」
僕は笑った。
へんな苦労もあるもんだ。
感心する僕をよそに、先輩は、服を脱ぎはじめる。
バスルームの手前の脱衣所で脱げよ、と思うのだが、先輩はいつも部屋の真ん中で脱ぐ。
ただ、その眺めは良かった。
僕よりタッパがあるので、本当にスラッとして、でも、必要な筋肉は綺麗にのっていて、どうしても、目を奪われる。先輩の裸体を凝視するのは、僕のクセなので、今更、先輩も気にしていない。まあ、気にする人は、こんなところで脱がないだろうけど。
「シャワー、いい?」
すでに浴室に半分身体を入れて、そうほざいている。
聞いてもいないだろうが、一応、どうぞ、と言った。
傾いてきた日を、窓から無感動に眺めながら、先輩を待つ。

ムッとした蒸気とともに、バスルームから出てきた先輩は、碌に身体も拭かず、ベッドに入ってきた。
「2時間しかないなぁ~」
先輩の手が、僕を脱がし、僕の腕の傷を見ながらそう言う。
「2時間?」
「ああ。これからDランクあるんだ。夜なんだよ」
「7班の?」
「そ・・・・・舐め合うだけでいい?」
僕は頷く。
そして、僕の身体を引き寄せながら、先輩は、
「・・・変な日常だよねぇ?」
と真面目な顔で言った。
任務の合間に、互いの熱を放つ時間。
それは当たり前のように組み込まれていて、繰り返されるごとに、その意味を失いそうになる。
初めから意味なんてあったのか、という問いは、ちょっと辛いので、失われるなら失われるままに、とも思ったりする。
先輩のペニスを口腔深く飲み込んで、舐めるだけと言った先輩を煽るように、その後ろにも指を這わせる。いつも入れる方の僕は、普段できない図々しいことも、セックスの時はできてしまうし、先輩も、この時間は無礼な僕を素直に受け入れる。シャワーの湯を浴びたらしいソコはまだ濡れていて、粘液とは違うキュッとした水の質感が指先に伝わった。
僕のモノを含んでいた先輩は、
「あ、やめてよ」
と、拒絶するでもない、嫌がるでもない、純粋に困惑した声を出した。
「気分出るでしょ?」
指の動きを止めずに、そう言うと、
「出ちゃ困るんだって(笑)」
と言って、僕のペニスを強く吸った。





先輩が任務に行った後、することもない僕は、余程経ってから夕涼みに外に出た。
こんな事、滅多にしやしない。
今朝から、自分らしくない所作で一日を埋めて、僕は何をやってるんだろう、と、ひとりでに笑みが浮かぶ。サンダルが乾いた音を立てて、地面を擦り、やっと落ち着きはじめた空気は、そっと流れて、頬を撫でていく。濃くなる夕闇の中で、街は、思いがけなく賑やかで、そのくすぐったいような違和感に、また、笑みが浮かんだ。
しばらく行った通りの向こうを、なにやら喋りながら歩く子供達を見かけた。
「あ、」
あれが7班なんだろう。
その後ろを、思いっきり怪しい感じの風体で、先輩が歩いている。
18禁本まで持って、
「何を考えているんだろうな(笑)」
打ち合わせを終えて、任務に向かうところらしかった。
僕は立ち止まって、一行を見送る。
先輩の姿が見えなくなったとき、急に、左腕が鈍く痛み出した。
互いに熱を吸い出す作業で・・・・それは全く「作業」で・・・・それでも先輩が、僕の肩や腕をかばうような動きをしていたことを思い浮かべる。
それは、当たり前の思いやりの範疇のようで、そんな当たり前の中に先輩の心を読もうとする自分は
「夢見すぎかな(笑)」
と、足下を見る。
痛みが持続的に気になる頃には、帰途についていた。

もう、今日は終わった。

なぜか、その感じが強く心を満たし、僕は、本当に寂しかった。
足掻(あが)いたけど、
一生懸命、足掻いてみたけど、普通に日は暮れて、
結局いつも通り、それは、変なことだろうが、らしくない事だろうが、「日常」に組み込まれて過ぎていく、ただの1日に過ぎない。
足早に部屋に戻りながら、ついに僕は、諦める。

もう、だめだ、と。

誤魔化せない。
もう、誤魔化せない。
欲しい。

先輩が欲しい。

好きなんだ・・・

最後は走って、必死な僕の馬鹿な様子に、夕涼みの人の群れが視線を送る。
正直になれば、胸の苦しさがリアルで、僕は不意に理解した。
笑いがこみ上げてくる。
必死に走るどころか、笑いながら、とまでくれば、人は見もしなくなる。

心は心臓部にあるにちがいない。
だって、凄く、痛い。

この痛みを避けて、
僕は、
もっと、辛い別な痛みを求めて、
「怪我をしたんだ」
馬鹿な解決だ。
部屋に飛び込むように入る。
もう、寝てしまうしか、僕にはすることはなかった。





「テンゾウ」
夢の続きかと思うような微かな声がする。
はっと目を覚ますと、目の前に先輩がいた。
カーテンのない窓から射す月明かりの中で、銀髪が光っている。
ガバッと起き上がり、もう一度しっかり見る。
やっぱり先輩だ。
忍服を着ているが、顔は隠していなかった。
なんで、先輩がここにいるんだろう?とそれが僕の表情に出たらしい。
「夜の任務あるって言ったろ?」
「・・・あ、ああ・・・」
ベッドサイドの時計を見る。
まだ12時前だった。
「ずいぶん早く終わりましたね」
「終わったっていうか・・・夏祭りの電飾設置だ。結構高い所まであるんだよ。それでお呼びが
かかるみたい。確認も含めるから、夜にやってくれって」
「ああ・・・・でも、全然、先輩が来たことに気づきませんでした」
「絶(ぜつ)だよ(笑)」
・・・・・
・・・・・
「知らないの?」
「はあ・・・」
「念だよ、念!!」
ああ・・・・また、漫画の話か。(絶=「ハンター×2」の気配を完全に絶つ念の基本技術)
読書好きな先輩は、漫画も大好きで、チャクラを念などと言い換えて、人をからかって遊ぶ。
「絶の技術で、お前は俺の気配に気づかなかったのよ!!・・・って説明入っちゃおもしろくないよね」
「・・・・すみません」
「お前も読めよ。おもしろいのに」
「はあ・・・」
早く寝すぎたとはいえ、夜中に起こされて、どんな風景なんだ、これは。
僕は苦笑して先輩を見る。
でも、
いくら一緒の時間を過ごせても、秘部を晒して熱を舐め合う仲でも、この人の焦点が自分にはないんだろうという諦めは、すべてをモノクロにする。
・・・と、目の前に、透明なセロハンで包まれた数冊のハンター×ハンターのコミックスが差し出された。
「えっと・・・・・は?」
「プレゼント」
「・・・これ・・・ですか?」
「うん」
と言って、僕にそれを押しつけた。
「まずは5巻まで」
まずはって・・・
「俺さあ、お前と、漫画の話、してみたいんだよね」
なんですか、その、押しつけ。
「俺の苦労、わかる?」
え?苦労?
「ねえ、テンゾウ、俺、努力してるよね」
「や・・・・・え?」
犬のように、僕になつく勢いで、その手は僕の怪我を優しくさすっている。
ニコニコした顔は、頬がうっすらと赤く上気して、矢継ぎ早に尋ねてくる。
「ねえ、うれしい?」
先輩のセリフに、起きたばかりの脳がついていかない。
「先輩・・・ちょっと・・・よくわから」
「二人の時間を充実させようとしてんの」
いつもあさってな、どこか無垢な感じがする先輩は、やっぱりとことん、無垢だった。
何をどう言っていいかわからない。
たぶん、諸手を挙げて喜ぶべき事が進行しつつあるんだろう、という認識はかろうじてあった。
でも、意味もつながりもわからない。
「お前の誕生日も火影様に聞いたんだよ」
は?今度は誕生日・・・・・
「でも、僕自身、知りませんし・・・・」
突き返した書類の冷たい数字を思い浮かべる。もちろん、記憶になんかなかった。
「だろうと思ってさ」
先輩は喜々として、僕にカードを差し出した。
薄いグリーンの色が、月明かりに映えて、発光しているかのように綺麗だった。
昼間見た、あの、板ガラスのような緑・・・
「7班に女の子がいるんだけど、その子に相談してさ」
先輩の前を歩いていた明るい髪の少女を思い出す。
「誕生日にはカードがいいってさ。俺なら、ラーメンおごるくらいしか思いつかないからな(笑)」
「え?・・・じゃあ・・・」
「うん。お前の誕生日、今日なんだよ」
ズキンと胸が絞られる様に痛む。
ニッコリ笑って、先輩は、僕を見つめる。
「なあ、うれしい?」
本当に馬鹿なセリフ。
「大事な人なんでしょ?だってさ。怖いよねえ、女の子って(笑)」
大事な人・・・
先輩は、
この人は、
僕が火影に突き返したあの書類の数値の中から、
8月10日という今日を、すくい上げてくれたんだ・・・・
思わず先輩を抱きしめた僕に、
「よかった。喜んでくれたんだ?」
と、間抜けなセリフを吐く。
「喜ぶも何も・・・凄く嬉しいですよ・・・」
先輩の身体から力が抜ける。
「よかった~・・・ここに来たとき、もう20分もなかったからな」
「?」
「8月10日」
「あ、ああ・・・・」
「じゃあさ、」
「はい?」
「任務に戻っていいかな?」
「え?」
先輩は決まり悪そうに頭を掻くと、
「あいつらに任せて、抜けて来たんだよね(笑)」
と笑った。





空が高い。

空を渡る風は、終わりかけの夏の色を乗せて、おおきく、ゆっくりと流れていく。
柔らかそうな雲が、風と共にゆっくり動いて、木陰にいつまでも寝ていたいような、静かで暖かな午後だ。
僕は、もう、端が柔らかくなってしまった、薄い緑色のカードを出す。この淡い透明な空に、形を残したまま溶けてしまうような、綺麗な色だった。
「ああ・・・・」
思わず息を漏らす。
それは、初めて月夜に照らしてみた印象と同じで、空にかざすと、僕の指まで淡く染まっていくようだ。
怪我をしようと、僕の馬鹿な心が決心した時に見上げた、あの木漏れ日と重なり合う葉の淡い濃淡の再現のままに、僕は飽かず、それを見ていた・・・・

あの夜
慌てて任務に戻る先輩を見送って、改めて、すべてがいきなりな彼の行動が僕の笑いを誘う。
でも、それは、僕にはそう見えただけで、彼の中では、ちゃんと繋がった心の軌跡なんだろう。
僕のために、訝る火影から僕の誕生日をリサーチしたり、チームの女の子に、上から目線でのイベントのご教示を受けている先輩を想像すると、自然に顔が緩んでくる。
それが、すべて僕繋がっている・・・・なんて。

僕の傷をやさしく撫でさすった先輩の気持ちを、
それだけで、もう、充分に僕に対するすべてがあらわれていたのに、
僕は、探るような気持ちで時間を過ごしてしまったことを後悔した。

そっとカードを開く。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『テンゾウへ
誕生日おめでとう。
これからも、今のままのテンゾウでいてください。

たまに暴走するから心配だよ
カカシ』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

細い線で、綺麗な字が並んでいる。
これを真剣に書いている先輩の姿を思い浮かべると、
涙が滲むようで、喉の奥が熱くなる。

高い空の下、
僕は、本当に、
幸せだった。




2009.08.07.

誕生日企画第一弾(第二弾はmain:Lの「マーブル」です)。
テンゾウも普通に生まれていると思うので、誕生日くらいは自覚的に知っていると思いますが、今のテンゾウを見ていると、過去に対する葛藤があまり感じられないので(?)、私的に「過去を完全に封印している」ということにして書きました。
つまり、もちろん、捏造です。でも、幸せにしたので、ご容赦くださいませ~~