まだ暑い [ゲンカカ]
空の、はるか高いところを、トンビが円を描いて飛んでいる。
たぶんのんびりとした声でさえずっているんだろうけど、鳥の舞う空は高すぎて、ここまでは聞こえない。
聞こえるのは、やわらかい風にカサカサと鳴る木の葉の音。
カカシはゆっくりと小高い丘に続く道を行く。
夏には燃えるようだった濃い緑の雑草も、今は日に透ける淡いパステル色だった。
それでも、午後にさしかかろうという時刻にもなれば、回りの背の高い木々に抱かれた空気は温度を上げて、歩く背中は汗ばんでくる。
道の端の下生えの背が少しずつ低くなって、乾いた道の砂利の音が耳につき始めるころ、ようやく木々の間から抜けた。
やっと鳶だけを追えた狭い頭上の空は、大きく眼前に広がる。
遠くに里の静かなざわめきを見て、手前はこれから色づく森。
カカシは、透き通った景色にさらに一歩踏み出して、もうそこに、先客が立っているのを見た。
淡い水色の中、光線だけ強い秋の空間に、その強い日差しに困っているかのような金髪。
「わ。偶然じゃねえな、これ」
カカシが立ちすくんでいると、ゲンマがこっちを見て大仰に肩をすくめた。
「偶然だね」
返してカカシはゆっくりと歩き、ゲンマと肩を並べる。
ゲンマがくくく・・・と笑い、そのときわずかに傾けた顔が、サッと日陰になった。
「ここ、俺の場所だったんですけどね」
ゲンマがこちらを見るカカシの顔を横目で見て、おかしそうにそう言った。
『俺の場所だった』という過去形な表現に、ゲンマのカカシに対する想いが込められていることに、カカシは気付いたが、そしていつもなら、こんなとき目を逸らすのに、カカシはゲンマを見つめたまま、
「違うな。俺の場所だ」
と言った。
日に暖められた空気が、わずかに動いて、ゲンマが目を瞬く(しばたく)。
見つめてくるカカシを、ちょっとだけ不思議そうに見て、
「そうか。なら、お邪魔します」
そう言って、視線を遠景に流した。
駄目だった。
何も感じてないふりをしようとしたカカシは、とことん、こんなふうに絡んでくるゲンマのセリフにわずかに赤面する。
「あ」
と言ったのはゲンマだった。
「赤い」
淡々と指摘されて、カカシが思わず頬に手をやると、
「かわいいっすね~」
と止めを刺された。
穏やかな沈黙が流れる。
「まだ暑いなあ」
その静かな空気に同調するように、ゲンマがつぶやいた。
声を出さずうなずくカカシに、また笑んだ。
「それ、取ってくれないかな?」
言いながら、ゲンマはその手をカカシの覆面に伸ばす。
カカシは見返したまま反応しない。
「チューするのに邪魔で」
カカシが、反撃しようとなにか言いかけたが、ゲンマのほうが早かった。
ゲンマが、カカシの肩をつかんで、強引に口付ける。
驚いたカカシの手が、ゲンマの胸を押したが、それだけだった。
間の抜けたようなトンビの鳴き声が、今になって、聞こえてきた。
◇
「こんなとこで、お前、やりすぎ」
散々吸われて、唇の周りを赤くしたカカシが、それを服の袖で拭いながら言う。
「だって、偶然だなんて言うからですよ」
「違うのか?」
「はあ~・・・・」
一旦、肩を落としたゲンマだが、大きく息をすると、ゆっくり話し始めた。
そりゃ、偶然ですよ。
なにも約束なんかしてないし、お互い、ココを知ってただなんて、今まで知りませんでしたしね。
でも、なぜか、今日、俺はココに来たかったし、アンタも来た。
しかも同じ時間にね。
そして、今日は何より、アンタの大事な日だよね。
カカシさん。
「そういうの、もう、偶然って言わないんですよ」
「知ってたの?俺の誕生日」
カカシがちょっと驚いて、ゲンマを見る。
今度はゲンマが赤面した。
風に、数本の金髪が輝いている。
そのおだやかな優しい人の眺めは、じんわりとカカシの身体の奥を熱くした。
「・・・・知ってますよ」
顔を背けながら、返す。
そして、小さく言い足した。
「知ってるのは偶然じゃないけど」
またトンビが間延びした声で鳴く。
カカシが笑って、暑くなりはじめた空を見上げる。
「今日も暑くなるね」
といい、しかし、その青さはやはり、秋の色だった。
2008.09.11.
当サイト初めてのゲンカカ。
2008.09.15.カカシ誕生日企画でした。
[追記]複数の方に、「ゲンマのほうが年上なのに敬語?」と指摘されましたが、単に階級が下だからです。