花冷え 1




もう深夜に近い場末の居酒屋。
店の中は、飛び石のように、いい具合に適当な客がいて、静かなざわめきが空気を落ち着かせている。
カカシとテンゾウは、早くにここに入って、もうずいぶん経っていた。
会話のほとんどすべては、新しい7班のこと。
でも、テンゾウの興味の対象は、情けないことに、ただ一点、目の前の好青年だけだった。
急に火影に呼び寄せられて、里内で初めてカカシの顔を見たときから、その銀髪が心から離れない。
暗部での付き合いはそれなりに長いが、こんな明るい太陽の光の下(もちろん今は夜だけど)、一般人のようにまともに見たのは初めてだった。
連中の中には、暗部活動時にはちょっとした変化まがいのことをして、出所を隠す者すらいる。
その中にあって、特異な銀色は、隠しようがなかったか、あるいは天才の息子としての注目を逆手にとって、その影に隠れようとしたか。徹底的に記号化された中にあって、カカシにおいてはそれが顕著だった。
テンゾウに限らずみんな、たぶん、通り名以上のカカシの何ものも知らなかったろうし、カカシもそれでよかったのだろうと思う。
だから、火影の部屋で初めてまともに見たときも、『へぇ・・銀髪って他にもいるんだな』と思ったくらいである。
目の前の顔を半分隠した、ぼんやりとした青年が、戦闘時に空気を凍らせるような、有能で冷酷な写輪眼のカカシであると理解したのは、よっぽど経ってから五代目が「そうだよな、カカシ」と言ったときだったのだ。
  「え?」
と、会話の流れを断ち切る間抜けな声を上げたテンゾウを、五代目はギロッと睨みつけた。
  「は?お前ら、初対面ってわけじゃないだろう?」
この状況をどう説明したものか、っていうより、この人がカカシ先輩?!!
しどろもどろしているテンゾウに、五代目の次の雷が落ちそうになる。
と、カカシが、自身の顔の覆いをスッと下ろして、
  「もちろんです」
そしてテンゾウを見ると、ニコっと笑って、
  「ずっと一緒だったよな、・・今はヤマト・・だっけ?(笑)」
と言った。
それ以来。
時々、目の前の景色が、現実味を失った絵のように見えて、テンゾウはしばしば首を傾けるようになった。
目の前の好青年がいったい誰であるか、そんなくだらない思考の循環に頻繁に陥るのである。
カカシには違いないのだが、これがカカシさん、と映像とネーミングを一致させたところで、カカシが視線をクルリと動かして、テンゾウに笑いかけるから、また、これは誰?が始まってしまう。
ただ、首を傾げるしぐさは、首や肩を神経的に凝らせた人の動作に似ていて、カカシは不審にも思わないらしかった。


  「ごちそうさん」
ひときわ大きな声がして、数人の客が出て行った。
そのざわめきの後、妙にシーンとして、テンゾウの無為な循環に拍車がかかる。
カカシはといえば、もうとうに乾ききったウニの和え物の突き出しを、食べるでもなく箸でつついている。
  『まいったな~・・・』
その手持ち無沙汰な様に、テンゾウは心の中で独りごちた。
初めのうちこそ、酒の空瓶をいくつ並べれば議論しつくせるか、という勢いだったが、やがて、テンゾウは、互いのセリフまでもが循環していることに気づく。
かといって、それを断ち切る新しい話題もなければ、断ち切った後の音の無い空間を楽しむ余裕も無い。
結局、最悪な沈黙へと事態は転がって・・・・カカシのウニつつきである。
実際、カカシはなんとも思ってないに違いないが、話題が止まると、テンゾウの脳内循環が始まるので、それは避けたかった。
と、そのとき、厨房からガチャンと食器の割れる音がした。
  「そういやさ、」
突然カカシが、ナルトの話を始めた。
割れる音が、怪我の連想をさせたのだろう、ナルトの自己修復能力は、凄いんだ、と。
もちろん、テンゾウも、基礎知識としてそのことは知っていた。
  「でも、その瞬間を見たことないだろ?」
カカシはそう言った。
店主の嘆息と、割れた食器を片付ける、静かな澄んだ音がする。
  「どんな程度の傷もですか?」
そう問いかけたテンゾウに、
  「うん、そうだね~」
と言いながら、カカシが、ふっと視線を上に飛ばす。
ちょっと考える風で、俺の脇腹に結構酷い傷があるんだけど、と続けた。
  「脇腹?」
  「ああ。なんていうの、複葉の刃っての?三枚くらい重なったやつでやられてさ、」
  「複葉の・・・」
  「うん。あれくらいなら一晩で治るなぁ、ナルトは」
テンゾウは返事をしなかった。
カカシは、それを、想像しているせいだと思ったのか、
  「凄いよな。俺は元に戻るのに二ヶ月かかったよ(笑)」
と言って笑った。

脇腹の傷・・・・・

テンゾウは何も言わなかったが、そのセリフを聞いたとき、実は、記憶の奥でかすかに火花を散らす何かを感じていた。





2008.02.28.

続きます。細切れ時間をつなぎ合わせてチョコチョコ書いているので、つじつまが合ってないところ、あるかも。気付いたら直します・・・・


6.29.再アップ。もう「花冷え」という季語はおかしい季節になりましたが、そのままアップします。