鳴門の案山子総受文章サイト
暗部に入って、間もない頃。
特殊能力のあるテンゾウは、そのせいで、戦闘計画の、常に中心に置かれていた。
戦陣が、テンゾウ中心に敷かれるのである。
仕方のないことと自分も周りも理解していたが、不愉快な反発と、過剰な配慮は彼について回った。
だからいつも疲れ切っていた。
そんな時、カカシと初めてチームを組んだ。
自分も十分ガキだったが、カカシこそ、その身体に硬さを残して、背は高かったが、比例した手足の長さは、成熟していないような若さを感じさせた。
実際、若かったと思う。
早くに実務についていたくせに、高い戦闘能力の他は、まるで幼かった。
カカシが部隊長の作戦会議では、つねに、カカシより年長の人間が計画に助言を入れる形でついていたくらいだ。
テンゾウは、会議の間中はまるでおとなしい青年を見る。
左目に眼帯をして、顔の下半分を隠している。
真面目に話は聞いているようだが、生気が感じられなかった。
『この人が写輪眼のカカシ・・・?』
そう訝しく思わせるに十分な風情だった。
この人の醸し出す何もかもが。
そして、一緒に任務について、やっと理解する。
ほとんどのレベルの任務に於いて、計画は、カカシにとってただの行動確認でしかないんだって事。
テンゾウは苦々しく、会議でのカカシの様子を思い出す。
あれは、ただすべてを超えていただけなんだと。
そして、そんな人間が、それでも、部下に優しく、何に対しても文句も言わず、ただ黙々と日々を生きている側にいて、テンゾウの気持ちも変わっていった。
本当に尊敬できる人間に出会えたと、子供のように喜んでいた。
それが。
『いつしか暗部を抜けて、かわいくてたまらない部下の話、か・・』
居酒屋もずいぶん静かになった。
カカシが話し続ける。
「重なった傷ってのは、ほんと綺麗に治らなくてさ・・」
カカシが空中に指で傷を模した。
立てた三本の指が流れて、宙に傷の軌跡を作る。
その、目に見えない映像に、テンゾウは記憶の底を照らされた気がした。
知ってる・・・・
まず、自分はその傷を知っている、という閃き(ひらめき)があった。
「いつです?」
「んん~?怪我した時期かい?」
カカシは空のコップを置くと、ちょっと考えるようだった。
「そうだね、お前が暗部に入るちょっと前、だな」
ちょっと前。
テンゾウは反応をせず、それを聞いた。
綺麗に流れる三筋の傷。
・・・・見た。
確かに見た。
カカシの事を知るずっと以前に、カカシの傷を知っている・・・・
その暗示は、暗い陥穽の縁に立ってその足下を見るような、不吉な感じがした。
テンゾウは、軽く頭を振る。
・・・・思い出さなくていい。
持ち上げた徳利は、空だった。
カカシが、それを奪い取る。
厨房に向けて持ち上げたその徳利を、テンゾウの手が抑える。
「もう、いいです」
カカシは、ちょっと目を大きく見開くと、「そう」とだけ言った。
「んじゃ、もう、引き上げるか」
その方がいい。
テンゾウも立ち上がる。
がたつくテーブルが揺れて、しかし、食器はなんの音も立てなかった。
外は、まだまだ肌寒い。
カカシがテンゾウの前を歩く。
酔ったカカシの溶けそうな声が、テンゾウに何事か話しかけていた。
このまま、ボクが時間を進めれば、多分、何事もなく進んでいく、それだけのことだろう。
テンゾウは空を見上げる。
どんよりとした雲が空を覆っていて、星など一つも見えなかった。