花に降る雨




陰鬱な雲が垂れ込めて、昼過ぎの時間が淀んでいる。
時代を通り過ぎてきた木造建築は、ただ古びただけではなく、流れた時間の中に色んな感情を塗りこめて、感心するくらいには重厚だった。

必死に巻物の墨跡を追っていたテンゾウは、目の神経の疲れに、外の曇天を知る。
資料室の奥で、自然光のみで調べ物をしていた。

  「暗い・・・」

つぶやいて、ちょっと迷う。
明かりをつけるか、このまま退室するか・・・・
資料室の窓は、それなりの大きさがあるが、その奥の保管庫(と言う名の物置)には、高いところに明り取りの窓があるだけだ。
テンゾウはその窓を見上げる。
いくら灰色に塗りこめられているとはいえ、その小さな枠は、室内よりはよほど明るいように見える。
窓の横にある棚に腰掛けて、調べ物を続行することにしたテンゾウは、その棚に飛び乗り、腰を落ち着けた・・・・・






静かな雑音が耳に忍び込む。
ふと顔を上げ、小さな窓を見る。
細かい水滴が、今まさに、ポツポツと窓に当り始めていた。

  「雨だ・・」

それは小糠雨だったが、庁舎の古びた屋根全体に落ちているので、心を穏やかにする静かな低音となって、テンゾウを包んだ。
その心地よさに、巻物を持つ手が落ち、視線は戸外に固定される。
窓のすぐ外には、大きく育った楓が、まだ緑の木の葉を茂らせており、いまやその葉はしっとりと濡れて、弱く光を乗せている。
その向こうには、庁舎が長く横たわっているのが見え、事変のたびに増改築を繰り返した不恰好な突き出しがあちこちにあった。
建築に精通していれば、何か意見でもしたくなるその様だが、しかしテンゾウは好きだった。
過酷な時間をすごし、生き抜いてきた人間みたいで、この里に寄り添って生きればこその形だ。
少し笑んで、雨に濡れる様を見ていて・・・・

別な気配にやっと気づく。

明り取りの窓から見える庁舎の、蛇のように長い廊下の窓。
手前の窓から、さらに反対側の窓が見え、その窓の向こうに小さな花壇があった。
複雑な増改築と新しい庁舎の建設のため、そこを通る者は無く、美しく咲き乱れている花も、放棄された花壇の花が、たくましく放縦に生えているだけの状態だ。

  「カカシさん・・・・」

花壇を鑑賞できるように、廊下の外に沿わせて設置されたベンチに腰掛けているようだ。
窓越しに、銀髪と肩が見える。
雨が降っているのにと訝しむが、ベンチの上には小さなひさしが出ているらしい。

見られていることには、明らかに気づいていない。

任務ではあれほど優秀な人間の無防備な様は、テンゾウに何がしかの印象を与えた。
肩を落とし、花壇の花を見ている体をとって、実は見ていない。
疲れているようだった。
そして
雨は止む様子もなく次第に勢いを強め、カカシのことが心配になる程度には降って来た。
テンゾウは、雨を落とす雲を見上げる。
いつもの快活なカカシからは想像もできない様に、接触する手段のすべてのタイミングを失して、テンゾウは嘆息した。



ガタンと多分大きな、でもここからは微かに聞こえる音がして、テンゾウはまたカカシを見る。
カカシは向こうを見て、誰かを認めたようだった。
陰気な雨すら、陽気なシャワーに変えてしまうナルトがそこに居た。
ガタン、は、立て付けの悪い通路の窓を大きく開けはなった音だった。
カカシが立ち上がるより前に、ナルトが窓から飛び出し、カカシの腕を引く。

テンゾウはまた嘆息し、
それは、今度は本当に長かった・・・・



2011.01.29.

2010.09.22 脱稿
2011.01.16.拍手アップ