1 廃病院の待合室


もう、5人は運んだ。
人手が少ないのはわかるが、さっさと解析してもらわないと、次の手が打てない。
ゲンマは軽く息をつくと、隣にいるライドウを見る。
ライドウは、落ち着いている風だが、これも、内側でかなりイライラしているようだった。
その様に、ゲンマが言う。
 「いつもは、もっと向こうの豚小屋だったよなあ?」
豚小屋とは、人外な研究所の隠語だ。
「ああ。もう、ココには一般人も来ねえから、こっちが楽なんだろ?」
と、ライドウは、まだ白い、待合の壁を顎で指した。
ゲンマも頷き、小休止の体で、待合に使われていたと思しきホールの長椅子に腰掛ける。
運んだのは、怪我人でも病人でもない。死んだ、いや正確には殺した敵忍の遺体だ。
戦争が長引いて、ここら辺りも戦地になった。上からの指示で、ここの住人は村を捨てざるを得なかった。もう、住人が誰も来ない病院は、初めこそ、同胞相手のその名の通りの使われ方をしていたが、今では、解析待ちの遺体を運びこむモルグになっていた。
「なんか寒いな」
ゲンマが身震いする。
「腐らねえように、なんかそういう結界なんだろ?科学が発展しても、電気と冷蔵庫を運ぶのは手間だよな」
ライドウの笑いを含んだ声が、広い空間に反射して響いた。

と、奥から、誰かが出てきた。
「終わったのかな?」
ゲンマが立ち上がる。今日は、あと、解析がすんだ結果を持って、里に帰れることになっていた。
「あ、お二人さん、お疲れ」
ゲンマやライドウより先に、こちらに声をかけたのはカカシだった。暗い通路からのっそり姿を現す。
「ああ、カカシか」
「まだ時間がかかりそうだよ。オレも向こうに運び込むやつだったのを、こっちに変更させられたんだ」
「そうか」
ライドウが深く息をついて、柱を軽く叩く。ゲンマを見て、
「オレは一旦、戻るよ」
と言った。中枢部の警備が手薄なのが心配なようだ。
「うん」
ゲンマの返事に、ライドウは、すぐに出て行った。
その背を見送って、ゲンマは改めて深く長椅子に腰をかけて、伸びた。
「ああ・・・・疲れたな・・・っと」
カカシもそばに来ると、並んで座った。ゲンマが顔をしかめる。
「ひでえ臭いするぞ、カカシ」
「仕方ないだろ、非力なオレが二人も抱えてきたんだから。かなり損傷してたしね」
ゲンマの前では、素直に唇を尖らせる様に、ゲンマが微笑む。実は、あえてそうさせるためにからかっている部分もある。何年もずっとエリートで、24時間ずっと先生で有り続けるのは、大変だろう。
「お前は、このあとどうすんだ?」
「オレ?まあ、本当なら、すぐにあっちに戻るべきなんだろうけど」
あっちと言いながら、カカシは自分がいた方向を目で指す。
「そこまで緊張してないから・・・」
「うん」
「まあ、オレ次第」
「じゃあ、少し休んでいけよ」
「ん・・・そうだね」
言って、カカシは立ち上がり、ゲンマの後ろにあるもう一つの長椅子に横たわった。
「寒いけど、気持ちいいな、横になると」
言ってカカシが腕を伸ばす。
そしてそのまま静かになった。

高い天井は、僅かな空気の振動も、気持ちに響く大きな揺らぎにする。
ライドウが指したまだ白い壁は、上に行くほど灰色が濃くなって、暗色に塗りつぶされたそこから、下に視線を戻すたび、明るい色味に光彩が痛んだ。
静かなカカシを振り返る。
顔をこちらに向けて目を閉じている。
戦地では、もちろんぐっすり眠る事なんて出来ないし、そのポジションのせいで色々あるだろうし、カカシは、本当に疲れていたらしい。ゲンマを当てにして、本気で寝てしまっているようだった。
寝息すら聞こえない静かな眠りを、ゲンマは不思議な気分で眺めた。
他の同僚や、そう、ライドウを見ても、カカシを見る時に湧くような感慨はない。
これはなんなんだろう、とゲンマは考える。
器用で、なんでもこなせて、本当にこいつは仲間から頭一つ、常に出ていた。
でも、こうやって、たぶん、オレがいるから安心して寝てしまっている様は・・・
椅子の背もたれが、その背後から射す院外の明かりを遮って、半透明の闇を作っている。その闇から漏れた銀髪は、カカシの呼吸のままに、ゆっくり上下していた。
飼っていた猫に似ている・・・・いや、犬か・・・・
出ている右目は、いつも半眼みたいで、悟っているんだか、眠いんだかわからない曖昧さだが、こうして閉じているのをみると、綺麗な曲線を描いて流れている。
戸外の雲が大きく動いて、窓から射す光が大きく動く。
白い壁を雲の影が走って、殺風景で残酷な廃院の中は、荘厳な教会のようだった。
光の乱反射に目を奪われ、あわてて戻した視線の先のカカシは、綺麗な死体みたいだった。
「おい」
なぜか、心に迫る感覚に、カカシの肘に触れる。
「え?」
と目を覚まして、ゲンマを見上げる様は、ゲンマを強烈に揺さぶった。
里を守りたい、もちろんそこにいる人を守りたい、という気持ちの中に、明確にカカシが入り込んでくるような、そんな印象だった。
「オレより強ええのに?」
「・・・・は?」
何のことかわからず、カカシが起き上がって、ゲンマを見る。
「いや、起こして悪りいな。でも、」
と背後の通路を指す。白衣の人間が、数枚の紙を手にこちらに歩いてきた。
「もう、結果が出たみたいだ。オレは戻るからさ」
「あ、ああ・・・わかった」
頭を掻きながら、カカシは椅子に座り直す。
書類をもらって待合を出るときに、ゲンマはもういちど、カカシの方を見た。
カカシも片手を上げて、ゲンマを見送る。
が、さっき見たような感覚は、もうなかった。

外に出る。
中より気温が少し高くて、ゲンマは深く息をついた。
駆けだして、遠ざかる廃病院を振り返る。
あの無機質な白い壁の向こうに、まだカカシがいると考えることは、なんとなく耐え難く、ゲンマは頭を振って前を向く。
あとは速度を上げて、もう、カカシの事は考えなかった。


2016/01/31


はじめてライドウ書いた・・と思う。でも、好きなキャラではあります