36.イライラする [ナル→カカ←ヤマ]




大きく蹴り上げた足に、積もった雪が雪煙になって空を舞う。
もう深夜だったから、それは闇に溶ける吐息みたいに、儚くて綺麗だった。
上がった足は、今度は無骨にボスッと雪の上に落ち、膝まで来そうな降雪に、テンゾウは溜め息をつく。

今日は、もう5日だ。

そう思って。

そんなことが頭の中をグルグルまわってしまう自分が情けなくて、ちょっと笑う。
やっと終わった年末から続いた任務の開放感なんて全くなくて、宵に積もったこの雪に、最初の足跡をつけて、里に戻る。

深夜でも、詰め所にはもちろん明かりはあって、
でも深夜だから、すごく静かだ。
誰もいない中、ぼろいストーブだけが、ジジジ・・・という炎の音を微かにさせて働いていた。

もう、5日。
ま、こんなもんだよ。

ストーブから離れた椅子に腰掛ける。
すっかり冷えた座面に、テンゾウは身震いした。
仰向いて天井を眺め、今回の任務に出る前に見た名簿を思い出す。
別の任務にカカシの名前を見つけ、その下に
   「ナルト・・・か」
4人の任務だったが、状況によってはツーマンセルだろう。
しかも、31日早朝には上がる。
   「・・・・・」
何故かちょっと息を止めて、自分の、そう自分自身の気持ちを推し量る。
今、と、テンゾウは考える。
今、その顔を見たら、容赦なく攻撃できるくらいには
   「苛立ってるなあ、僕・・・・」
   「あ、隊長じゃん」
はははは・・・・神様・・・・
僕を試しているのかな?
   「やあ。今年もよろしくね」
   「あ、ああ、そうだった。今年もよろしくお願いしまっす!!」
慌てて頭を下げるナルトは、ああ、本当に生き生きと、元気で、明るく、僕にあるマイナスが一切ない。これから任務があるのか、フル装備で、詰め所に入ってきた。
嫉妬する自分が心底イヤで、テンゾウは普通に振る舞う。
   「年末の任務はどうだった?」
   「え?年末?」
   「・・・・・」
   「ああ、カカシ先生と組んだヤツか」
ひねり潰したい・・・・
   「サクッと終わったってば」
ふ~ん・・・・
もっと色々聞きたかったが、それは抑える。
   「隊長は、今、帰ったトコみたいだな」
   「ああ」
   「お疲れさん」
   「ありがとう。君はこれから?」
   「そ。これはすぐ終わるけど、そのあと違うのに合流する」
   「気をつけて」
サンキュと言って、ナルトはストーブの前で、身体を温めている。
しばらくは、ストーブの焦げる音と、静かに流れる時間だけが動いていて、ナルトが
   「あのさ」
と言ったとき、テンゾウは、自分がボーッとしていたことに気づいた。
   「ん?」
   「俺、すっげーイライラしてんだけど」
   「・・・・は?!」
   「イライラしてんの」
ナルトを見る。
ナルトは、温めている自分の足下に視線を落として、その陰影の濃い立ち姿に、テンゾウは、今更ながら、この少年がもう子供じゃないことを確認する。
もしかしたら、変化は急激で、数日と間を置かないのかもしれない。
   「何を?」
   「アンタに」
ナルトの不躾な物言いに、テンゾウの語気も強くなる。
   「は?なに、僕に喧嘩売ってるの?」
   「そうかも」
テンゾウはようやく立ち上がり、10才近く年下の青年に近づく。
それでも、ナルトは目線を固定したまま。
   「ちゃんと説明しろよ」
ナルトは応えない。
テンゾウも、ナルトの横に並んで、辛抱強く返事を待った。
深夜に男二人、ストーブの前で仲良く並んで、なにをしているんだ僕は、と思考が転換しそうになったとき、やっとナルトが口を開いた。
   「先生は、俺のことを好きだよ」
あまりに突然で、テンゾウは返す言葉もない。
唖然と、ナルトの横顔を見る。ナルトの表情は、温まるつま先を見ているときと変わらない・・・・
   「隊長と先生が、どれくらい一緒にいたかは知らない。でも、俺だって、ずっと一緒だったんだ」
   「・・・カカシさんのことか?」
ナルトは頷くと、言葉を続けた。
   「でも、先生は、越えてくれない」
ナルトは、自嘲するように笑むと、初めて顔を上げてテンゾウを見た。
   「だから、隊長を見ると、嫉妬で狂いそうになる」
   「・・・・・」
   「うらやましいんだ・・・・情けないけど」
ナルトが情けないというその表情は、悔しそうに歪んではいたけど、
やっぱり、爽やかで、明るくて、元気で、
結局は、ナルトらしかった。
   「だからさ、いつまでも立ち止まっている隊長を見ると」
   「・・・・・」
   「イライラするんだ」
驚いた。
唾を飲み込もうとして、喉の引きつりに気づく。
   「でも」
   「ん?」
   「カカシさんは君を好きなんだろ?」
ははは、とナルトは笑うと、
   「ねえ、隊長」
と、とても可愛い表情をする。
   「誰のことも好きだよ、あの人は」
   「・・・・ああ・・」
   「でも、俺は、ダメだ」
テンゾウは、そんな事を言うナルトの目を見る。
綺麗な青は、ストーブのオレンジを映して、何かの演出のように輝いていた。
   「あまりに近すぎて、触れることもできないよ」
そう言うナルトは笑い顔なのに、その言葉はずっと、ずっと沈んでいくようだった。





俺がすっきりしたいだけ

ナルトはそう言って、長くなる任務に出て行った。
テンゾウは詰め所を出る。
なるほどねえ、とつぶやく。
ナルトが大人に見えたのは、この休みに先輩と、
   「話をしたからだ」
ナルトは、先輩とのしがらみが多すぎる。それは、傍観している僕でもわかる。
ナルトの告白にも驚いたが、状況がいくらか進んだような現状でも、イライラが収まらない自分にも驚く。

外に出る。
雪の上に、さっきつけた自分の足跡をみつけ、テンゾウはそこに足跡を重ねる。
ナルトのものは、目に入る範囲にはなかった。
暗いことを話していても、悲惨な状況に陥っても、情けない事を考えていても、
ナルトはどこまでもナルトで。
持ち前の底抜けの明るさで、カカシに迫ったのだろう。

でも、そんなことよりどんなことより、
年明けの数日のいくらかを、カカシがナルトと過ごした、という
そんな単純にイライラしている自分に気がついて、テンゾウは奥歯を噛みしめた。



2013/01/05



書いている私が凄くイライラした。
お読みになってイライラしたらすみません・・・・