34.緑の嵐 [×カカシ+ヤマト]

 

カカシ先輩に浮いた噂がないことに、僕はとっくに気づいていた。
あまりにストイックすぎる彼の生き方は、そのまま外に垂れ流し。
僕は、色々な意味で先輩のことを意識していたから、そのストイックさを手に取る勢いで見ていたが、
多分、「写輪眼のカカシ」という認識以上がない連中にとっては、それはあたりまえの先輩像として
なんの疑問も抱かない程度にデフォルトだったと思う。

一番よくないのは、例の18禁本だ。
性欲なんかない無味無臭の人が、一生懸命読んでいるようで、僕は痛々しさすら感じる。
自来也様の御本であるという以上に、敢えてそんなジャンルの本を、しかも人前で読む意味なんてあるのか?
無理してる、そういう印象を拭えない。
でも、もしかしたら。
僕は、まだ、先輩の何かを見落としているのだろうか・・・・

 

 

激しい戦闘の後に、先輩の後ろ姿なんかを見ると、全身にゾクと鳥肌が立つことがある。
先輩と組まされることが多い僕は、その現象が先輩限定で起きていることにしばらく気がつかなかった。
腹の奥に生まれる、ジワジワとくる性欲の塊もセットだったが、そういうことは、
戦闘時や後にはよくあるので、そこはあまり気にしなかった。
僕の鳥肌の原因が先輩だと気づいてから、僕はそのことをよく考える。

里にこれだけ忠実で、自分の生に無欲(のように見える)人も、あまりいないのではないか。
里に影響を及ぼすほどの実力があると、普通はどうしても、自身の欲が出てくるように感じる。
それは、なにも、私利私欲、といったことだけじゃない。
この里をこうしたい、平和にしたい、繁栄させたい、といった「理想や方針」の形をとる欲だ。
ある意味、年若いナルトにすら感じるそれらが、先輩には感じないのだ。

先輩がストイックに見える大きな理由はそこかも知れない。

鳥肌については、先輩の華麗な術さばきに興奮しているわけでもないだろう、と、
選択肢を一つ消すに留まった。

 

 

その日。

急転直下という言葉を、僕は身をもって知った。


蝉が五月蝿い夏至の午後。
公園近くの小さな駄菓子屋で、僕はアイスを買う先輩を見た。
どうせ、子供達に買うんだろうと、遠くからその姿を避けて行きすぎようとした僕に、
先輩は手を振った。
でも、近づいた僕が見たのは、二つのアイスを買う先輩だった。
  「こう暑いとさ、」
言いながら、一つを僕に手渡す。アイスボックスから出したばかりなのに、その包装の表面にはすでに水滴がついている。
  「逆に熱い物でも食べて、ギャフンと言わせたいよね」
  「誰にです?」
  「ん?え~と、太陽?いや、この暑さか」
僕は、口をつける前に、もう雫を垂らすアイスを手に、先輩を見た。
無欲な上に、無垢ときたか。
公園のベンチは、先輩のお気に入りで、そこにいるのをよく見かけた。
当たり前に先輩はそこに向かったので、炎天とは思ったが、アイスの手前、僕も続く。
偶然タイミングが合ったのか、蝉が一度に黙り込む。
その合間に、ベンチの所に来た僕らは、大きく緑を揺らす風の音を聴いた。
  「あ、ちょうど日陰なんですね」
  「ふふ」
小さく笑うと、先輩はベンチに座った。
顔を出して、白い半透明のスティックアイスを舐めて。
雫はどうするんだろうという僕の不躾な視線にも反応せず、ピンクの舌で自分の指を舐めている。
  「いつもの本はどうしました?」
食べ終わったアイスのスティックを口にくわえて、僕は言う。
先輩がなにも持っていないことに、とっくに気づいていた。
  「ん?ああ・・・あの本・・・」
  「珍しいですね」
僕のセリフを聞いているのかいないのか、先輩の目は遠く噴水の方を見て、多分、別なことを考えている。
  「バイブルなんでしょ?」
  「・・・・どうだろ」
僕は、心臓が激しく動き出すのを感じた。
先輩の。
先輩の、何か別な面が、今・・・
  「好きだったね、とても」
目線は遠くを見たまま、やっぱり別なことを話している。
僕の知らない先輩を、今、見ているという激しい驚きと興奮は、抑えるのに骨が折れた。
  「過去形、なんですね?」
  「うん・・・」
先輩は、頭の後ろに腕を組むと、身体を仰向けて、ベンチを守る木を見上げた。
  「もう、死んじゃったからなあ」
先輩のセリフの終わりは、再び鳴きだした蝉の求愛にかき消され。
うるさい音に、僕の耳は塞がれて、ちょっとだけ孤独になった。
死んじゃったって・・・・
自来也様のこと?
  「あ、なんのことかわかんないよね、ごめん」
先輩は持ち前の優しさを、こんな時にも発揮して、姿勢を戻すと僕を見た。
  「自来也様のことですか?」
先輩は優しい笑みを浮かべたまま、僕の言葉を聞いている。
  「でも、それじゃ、過去形ではないですよね?」
僕の恐る恐る言った言葉に、先輩は額当ても外して、素顔になる。

ああ

僕は、懐かしさに喉が塞がる思いがした。
暗部の写輪眼のカカシ
この人と、ずっと一緒にいたのに
僕は、まだ、何も知らないで此処にいる
  「俺さ、」
先輩は、また公園の方を向いて、すごく言いにくそうに言葉を押し出す。

  「どう思ってくれてもいいけど、」
  「はい?」
  「ホントはゲイなんだ」

緑の風は、ゆっくり僕らの間を動いていく・・・
時間が空回りして。
前にも後ろにも進めない。
理解は一気に僕を打つ。
  「え、じゃ・・・自来也さま・・・・?」
先輩は僕の方を見ると、軽く頷いた。
僕が、押し寄せる情報に息を吸うのも忘れていると、先輩はあわてて、
  「あ、ごめん。忘れて」
と、僕の顔を覗き込む。
その頬が、赤く染まっているのを見て、僕は自分の鳥肌の意味を、同時に悟る。

失いたくない

先輩を、
死なせたくない

暑いのに、こんなに暑いのに、僕はまた全身に鳥肌がたつのを感じた。

これだったんだ。
僕はゲイじゃないから、先輩の気持ちはわからない。
でも、この人が大事で、失う恐怖をいだきながら共に闘っていて。
  「なぜ、過去なんです?」
この人が大事なら、僕にはそれを知る必要がある。
  「好きな人なんでしょう?」
亡くなったからという単純な理由ではないことは自明だ。
先輩は、僕が聞き手になることに新鮮な、でも違和感を感じているようだった。
  「俺一人だったら、ずっと縋っててもいいんだけどさ」
色恋を話す先輩は、僕にとっても新鮮で、さっきとは違う緊張を感じた。
整った唇が、ちょっとかさついていて。
  「ナルト達がいるからね」
ああ、僕は何も見落としていない。
この人は、本当にすべてが無色透明だ。


僕は、イチャパラの新刊を先輩に突き出す。
それは、先輩が大事にしていたモノではなく、本屋から買った新品だったけど。
  「え?何?どうして?」
  「僕も忍者なんで、速攻、分身に買わせました」
  「あ」
先輩に気づかれないように行動するのは、彼が告白に気を取られていたから、簡単だった。
先輩は、僕からその本を受け取ると、ちょっと唇を歪めた。
色恋を話す先輩、泣きそうになっている先輩、か。
本質は変わりなく、僕は、最初からこの人を正しく理解していたのに、
でも、この人の見たことがない違う表情は、僕を刺激する。
  「先輩が自分の大事なモノを捨てるのは」
僕が耐えられない、とそこは言えなかった、
でも、蝉が五月蝿いから、ちょっとクサイことなら紛れて言えそうだった。
  「聞くしかできないけど、僕がいることを忘れないで欲しい、です」
先輩は不思議そうに僕を見る。
その目が、今ははっきり僕を、僕という存在を、今までの位置ではない新しい位置づけで見てくれているのを感じて、
僕は満足だった。

 

 

先輩から衝撃の告白を受けて、僕の中で何かが変わったかというと、
なにも変わらなかった。
より、ストイックな印象が強くなっただけ。
自来也様への思いを断ち切ってまで、ナルトや里に尽くそうとする姿。

でも、新たに知った彼のプライベートが、
なぜか強烈に僕を苛むのは、想定外だった。



2013/01/13


このあと、自来也とのラブシーンを入れるつもりでしたが、
長くなったのでここでやめました。
後ほど書きます・・・・ってか、需要ありますか?