鳴門の案山子総受文章サイト
強い朝の日差しに虹彩が急に縮んで、いつも痛い思いをしているテンゾウは、ゆっくりうすく目を開ける。
しかし、射すような元気のいい明るさも、カーテンの隙間から覗く透明な青色も見えず、まぶたは抵抗無く、スルスルと開いた。
暗い―――
一瞬時間の感覚をなくし、少しの間考えたが、床に沈殿している空気は、やっぱり朝だ。
薄暗い部屋の天井を見て、テンゾウはため息をついた。
気分は「がっかり」だ。
例え何の予定がなくても、とにかく「せっかくの休み」なのに・・・・・
と、
隣で暖かい塊がわずかに動く。
あ、先輩と一緒だったんだ
そう再認識した途端、曇天の灰色も、暖かな閉鎖系に感じられて、じわじわと浸透するような喜びを感じる。
その伝わってくる体温に感覚を向けて、じんわりしてみた。
晴天だったらめぐらない思考と言うのは
確かに、ある
◇
カカシがどう考えているかは、本当は定かではない。
テンゾウにしてみれば、この関係を維持することに前向き、いや、超積極的ではあるが、かといって具体的に何か行動しているわけではない。
どうしていいか、わからないのだ。
未だに、告白のあとの初デートのような、完璧運任せの手探り状態だった。
綱渡りのようだというのは、テンゾウの実感なのである。
それでも、嫌われていないせいか、カカシの気まぐれなのか、月に一度くらいは、身体を重ねてきた。
結果、
テンゾウはますます混迷し、
カカシの本心は、本当にわからない・・・・・・
だいたい、カカシはテンゾウの部屋に泊まることがほとんどない。
それもまた偶然か否か、次の日、どちらかに予定があったり、時間的に泊まる状況にならなかったりするのだ。
だから、今日のように、朝起きたら隣に寝てたというパターンは珍しい。
◇
曇天ではあるが、少しずつ外は明度を上げる。
テンゾウは昨夜のことを思い出す。
昨夜、カカシが部屋に来たときは、すでに深夜近く。
しかも、互いの思いや色々を語り合ってしまい・・・・・
ありえないほど緊張しながら申し出た「遅いから泊まっては?」というテンゾウの言葉を、「ありがとう、そうする」と受け入れて、あっさり寝入ったカカシに、
結局、手が出せなかった・・・・・
静かに上下する塊を見る。
まあ、でも、僕の隣でこんなに熟睡してくれるだけで嬉しいかな
テンゾウはクスクス笑った。
きっちり目が覚めていないのは、自分のほうかもしれない。
灰色の穏やかな空間の中で、自然に左手が延びる・・・・
いつもならしない・・・・できない動きの流れの中に、ぽんと乗っかってしまったようだった。
いつも、熱をただ放つだけの、こういう部分(テンゾウの思う「気持ち」とか)に拘泥しないカカシのドライな印象の強いセックス。
そんなカカシの心に踏み込めないテンゾウは、だから互いにはっきり覚醒していたら、とうていできない動きだと、寝ぼけた頭のどこかで思っていた。
伸ばした左腕が、カカシの銀髪に触れる。
硬めの髪も、深海の底の様な沈滞した空気の中では、淡い光を含んで暖かい。
そっと指を差し込んで、
そっと地肌に触れる
「ん・・・」
カカシがかすかな声を出す。
それに誘われるように、テンゾウは手を動かした。
頬に下りてきたテンゾウの手を、嫌がりもしないカカシの様に、いつもは解放してはいけないような心の奥の感情が自然に溢れる。
「先輩」
言葉が口を突いて出る。
そのまま抱き寄せて、目元に口付けた。
目覚めきらないまま、カカシもその動きに逆らわない。
本当は、ずっと、こうしたかった・・・・
曇天は心地よく、唇で触れながら、首まで降りる。
カカシがちょっとぴくっとして
「ん・・・・あ・・」
と息を漏らす。
その声に、テンゾウの首のあたりがざわついた。
口付けはもはや触れるだけではなく、テンゾウは、首筋に歯をあて、舌で舐めた。
「あ・・・・な、に・・・」
ようやくカカシが言葉を発する。
テンゾウはそれには応えず、愛撫を続行した。
身体をカカシに密着させ、今度はその口にキスをする。
半分、夢の中のカカシは、それも拒まない。
粘膜の音が、深海で自然に響く。
「好き」
ああ、ほんと、素面だったら言えない、と、なぜか眠気と酔いがごっちゃになっていても、別に変に思わない。
「好きだ・・・・すき」
テンゾウのキスに寝ぼけながらも応えるカカシに、多分、きっと、告白は聞こえている。
両手でカカシの頭部を支え、今までできなかった、純粋に「すき」だけでできたキスをする。
ああ・・・・気持ちがいい・・・・
キスだけでどうかなってしまいそうだ・・・・
唇の粘膜は柔らかく、舌は滑らかで、陶酔するに十分な質感だった。
本当に、すきで・・・・
心から、大事・・・
唾液まで水のように流れて、じんわり熱が籠もる
・・テ・・ンゾウ
ほら・・・幻聴まで聞こえてきた
テンゾ・・・・
繋がったままの唇で、カカシが言っている
え・・・?
オレも、好きだよ
驚いて唇を離すと、カカシが上気した顔でこちらを見つめている。
落ち着いた色味の中で、カカシの顔は覚醒している人の表情だった。
「先輩・・・」
「こんなの、今までしてくれたことなかった」
「え?!・・あ・・・いや・・・」
「凄く・・・」
カカシがちょっと言い淀む。
「はい?」
「・・・良かったよ・・・・」
カカシの声は低くて、それは静かな言葉なのに、ガンッと目の奥に衝撃を喰らった感じだった。
テンゾウの目に思いがけなく涙が滲んで、それは肯定に満ちた気持ちのせい。
「口って、きっと心に一番近いよね」
なんですか、その、かわいい言い草。
「本当に好きな奴とじゃなきゃできない」
カカシは、そう言って、深い灰色の底で笑む。
そんなセリフが、テンゾウを滅茶苦茶にするって気づかない顔で。
カカシの腕がテンゾウの首にまわされる。
カカシの顔に見とれて、カカシのセリフに感動していたテンゾウは、何か言おうとして、今度は、カカシに口を塞がれた。
もう・・・・
つながった・・・・
確信はじんわり身体に広がり、ついに溢れた涙が鼻を伝ってカカシに落ちたろうけど、
処理しきれない感情と欲情に煽られて、もう、それどころじゃない。
◇
曇天でいい日もあるし。
曇天でしか巡らない、奇跡の時間も
確かに、ある。