原色 1



[ 注意 ] ナルカカ前提のサクカカです。



大人に近づくと、わかってくることがある。
幼い時は無意味に見えたことが、知識が形を補完して、急に原色で立ち上がってくる。


たとえば、カカシ先生だ。


ナルトが里に戻ったことを餌に、内輪で飲み食いしていたときの事だった。
里の忍者は、私の年でも酒・煙草は当たり前。私もかなり酔っていた。
目の前にカカシ先生が座っている。
見慣れた銀髪。相変わらずの露出30パーセント。

でも。

もう、私の先生じゃない。
それはとっくにわかっていたし、アスマ先生と紅先生に絡めて、異性としてからかった事もある。
でも、その過去のどのシーンとも違う様子で、カカシ先生は座っていた。
ガヤガヤと、あまり品のよくない場末の居酒屋で、その心地よい音の中に没するように先生は座っている。
ナルトが馬鹿なことを言って自来也様に突っ込まれ、その馬鹿騒ぎに空気が動いた。
動いた空気に圧されて、酔った私の手が滑る。
猪口がチンと澄んだ音を立てた。
先生がこちらを見る。
  「今日は酔っていいよ」
ナルトのほうを見やって、私の手に猪口を持たせた。
7班のメンバーの再会。
特別な日には違いない。
  「俺がちゃんと送ってあげるから」
私は目の前の「男」をじっと見る。
その優しげな瞳の色は、知識で補完されるべき、私が知らなかった世界の色だった。
私が応えて頷くと、先生が視線を横に流した。
つられて私が見ると、ナルトがこっちを見ていた。
私は笑って見返したが、ナルトは無表情にこっちを見ている。
  『あ・・』
と思った。
ナルトが見ていたのは、カカシ先生だった。
私は、そっと先生の様子を伺う。
先生は、じっとあからさまな視線を送るナルトに気がついていないかのように、私に微笑みかける。
私は深い喪失感を感じて、それがどうして私を満たすのか、そのときは理解できなかった。
  『7班か・・・』
いろんな意味で崩壊しかかっているそれを、ただサスケくんの里抜けが原因であると、馬鹿な私は、その寸前まで思っていた。
本当の事こそ、いつももの凄い衝撃を持っている。
私は、カカシ先生の白々しい笑顔と、ナルトの真剣な澄んだまなざしに、本当はもう何か、感じていた。


ナルトが各地を修行して、里を留守にしていた頃。
私も必死に修行していた。
彼らの本気が、私を立たせ、一人前の忍者に仕上げる。
たぶん、私の力も必要になるだろう。
サスケくんの肩にあった不気味な文様が、私を挑発し続けていた。
いつしか、その文様だけが目の前に立ち上がり、私をこうしているサスケくんの存在をも超えて、初めて私は自分自身のために、「ためだけに」生きていることを感じた。
サスケくんが戻ってきて、すべてが元に戻っても、私の挑戦は終わらないし、それはもはやサスケくんとは関係ない。
私の行動の動機であるサスケくんは、もうホントにきっかけでしかなく、私はもう別なところを見ている。
  『こうして大人になるんだろうか?』
陳腐な感想も、今はリアルだ。
サクラは、もうすっかり大人の女性の美しい形になった手を、じっと見つめた。



  「サクラ?サクラ!!」
はっと我に返る。
カカシ先生がこちらを見ていた。
  「もうお開きだよ?」
ふっと時計を見上げる。
油膜がついた居酒屋の時計は、もう12時を指していた。
  「どうかしてるわ。まだ一次会じゃないの」
  「ま、いつもの事だしね」
カカシ先生は立ち上がって、サクラが立つのを待っている。
スカートの裾を気にしてゆっくり立ち上がるサクラに、手をさしのべた。
その手を握って、サクラが立ち上がる。
  『もう、この人に男しか感じない』
安心感に満ちた「先生」の手では、もはや無かった。
  「サクラ、綺麗な指」
カカシも同じ事を感じたのだろうか、つぶやくようにそう言う。
それは、確かにサクラに聞こえて、でも、サクラは何も言わず、その手を離した。
  「サクラちゃん!!二次会行くってば?」
ナルトが、出口で叫んでいる。
サクラは、そっとカカシを伺う。先にカカシに声をかけない事が、作為的に感じられた。
カカシはいつもの雰囲気で、のっそり出口に向かった。
  「馬鹿じゃないの、ナルト。もう、女性を誘う時間じゃないわ」
サクラも後を追う。
  「じゃあ、男のカカシ先生は行くよな?」
  「男だけど、勘弁して」
ナルトは一瞬、無表情になったが、すぐに笑顔になって、
  「あ、わりー、老人枠を忘れてたってば(笑)」
と言った。
  「ワシは現役男枠でお願いするぞ」
  「人間外の仙人枠だってばよ」
後は笑いが巻き起こって、肌寒い夜の空気にざわめきがこだまする。
  「サクラ」
カカシが、ざわめきを背に、サクラの前に立った。
  「約束だ。送っていくよ」
  「先生、いいの?」
騒いでいるナルト達の背に視線を送る。
  「ああ、いいよ、帰ってきたんだ。送別会じゃない」
  「そうね」
サクラが微笑む。
やがて遠ざかる飲み会続行の一行とは反対の方に、サクラとカカシはゆっくりと歩き出した。




2008.04.26./05.13

後半手直しして、再アップしました。