原色 2




深夜の繁華街は、まだ夜の騒ぎのままにざわついていた。それを聞きながら、カカシとサクラはゆっくりと歩く。
肌寒い温度だが、ほてった肌にはちょうどいい。
途中で、サクラに「ねぇちゃん、いい女だな」と声をかけた酔っぱらいがいて、
  「わかってるわ」
とつっけんどんに言い放ったサクラに、絡もうとして、カカシに腕をねじ上げられた。
酔っぱらいが、捨て台詞で去る。
カカシが、
  「俺がいてよかったよ」
と笑う。サクラが、
  「先生、私、強いのよ?」
と言うと、カカシは、
  「だからさ。お前なら、あの酔っぱらい、ただじゃすまなかったと思ってね」
  「や~だ~(笑)」
  「な?(笑)」
カカシとサクラは声をあげて笑う。
隣を歩くカカシを見る。
サクラは、ささくれた感情に、じんわりとした明かりが灯るような、暖かさを感じた。
先生にしか見えなかった時。
ただ見上げて、その背を必死に追いかけて、ミスも間違いもこの人に受け止めさせて、時に命も守ってもらった。
あれはあれで、本当に幸せな時間だった・・・・・
・・・7班。
あの頃の私のすべて。
でも。

さっきのナルトの顔を思い出す。
そして、それを、受け流す先生。
もうこの年になれば、あの離れたところにいた二人の空気が読める。
  「先生・・」
  「ん?」
道は、少しずつ賑やかな通りを離れ、静かな住宅街へと続く。
明かりで見えなかった星空が、今ははっきりと見えた。
  「静かね」
  「そうだな」
いつもの先生。
  「星も見える」
カカシが夜空を見上げた。
  「ホントだ。でもなあ~」
  「なあに?」
  「もう、綺麗な星空に見えないんだよね」
  「ふ~ん?」
  「地形を認識するための図面に見える(笑)」
カカシが自嘲気味に笑う。
  「私も部下にしか見えないのかしら?」
口を突いて出たセリフは、たぶん、どのようにも、止めようがなかった。
カカシは反応しない。
夜道を歩く二人の足音が単調に続く。
さっきまで無風だったのに、いまは肌に柔らかい風を感じる。
サクラの髪が風にふんわりと乗って、カカシの腕をかする。
もう、サクラの家が見える、そのときやっとカカシが沈黙を破った。
  「もう俺の部下じゃないでしょ」
それは、単に事実だけを述べたようにもとれて、一瞬、サクラはナルトを思い浮かべた。
ずるい先生。
あの真摯なナルトは、恋愛に於いても多分、とっても真剣で。
この、優しい人を、求めて求めて・・・・・
こんな風にはぐらかされる。

サクラは立ち止まった。
その急なストップに、カカシも数歩遅れて止まる。
そして、その長身をちょっとだけ翻して、サクラを見た。
その立ち姿に、心臓が音を立てて数度打った。
サクラはもう一度繰り返す。

  『もう・・・一人の男にしか見えない・・』

サクラはカカシのところに二歩で追いつくと、その腕を掴んだ。
それは確かに確認行為だったのに、カカシは何も言わなかった。
  『本当に・・・』
腕を掴んだ手に力を込める。
  『ずるい男』
サクラに引かれるまま、カカシも歩き出す。
  「飲み足りなかった?」
そんなことを言って。
もう、星は落ちそうに輝き、たぶん里のすべての生き物が、夜に包まれて眠っている。
馬鹿な連中は二次会かもしれないけど。
自分の家から離れて、もう、すっかり寝静まった住宅地の辻を横切る。
鍛えた心肺は、長い早足にも、息一つ乱れない。
  「ナルトとは・・」
  「え?」
  「どうなってるの?」
聞かなくてもわかる。ナルトの、あの青い瞳は、昔から雄弁だった。
カカシが立ち止まる。サクラも足を止めた。
  「なんのこと?」
『先生』なら当然だ。
でもさっき、言ったよね、もう俺の部下じゃないって。
  「知ってるのよ」
カカシは、もしかしたら、猛烈に動揺していたのかもしれないが、まとう雰囲気を変えずに、ただサクラを見おろした。
サクラはフッと短く息を吐く。
子供のころは、破壊行為が大嫌いだった。
そのことで、苦しむ人や体制を、厭と言うほど見てきた。
でも今は・・・・
  『私・・・・なんかワクワクしてる・・・』
自分の言葉が、7班を壊し、カカシ先生を傷つけ、そうなれば多分ナルトも苦しむと知って、でも、今の状況が楽しい。
壊してもいい。
そう思ってる、今、私。

  「どうにもなってないよ、俺とナルトは」

不意に、カカシが言う。
サクラは、微笑んだ。
  「ねえ、先生」
カカシが、また、サクラをじっと見る。
覆面をした背の高い忍者は、いま、初めて出会っていたら、簡単に恋に落ちそうなほどカッコ良かった。
  「私だってね」
カカシがわずかに首を傾ける。
  「すっごくずるいのよ」
サクラが笑う。
カカシの空気が柔らかくなる。
もう、サスケのことなんか頭になかった。
カカシの腕を引っ張って歩き出す。

降ってきそうな星と、遠くで鳴く蛙と、二人の足音だけが、サクラを取り巻く。
  『私、先生を落とした・・・のかしら?』
これが、落とすって言うのかしら?
カカシは、なにも言わず、サクラに引かれるまま、
  「あ、俺の家?」
と、そのサクラの向かう方向を確認しただけだった。
風が少し強くなって、サクラは身震いする。
腕を掴まれているカカシは、ふっと目を落としてサクラを見た。



2008.05.13