原色 3
暗い中で、アパートの扉が開閉する。
カカシの家に来る時は、いつもちょっとドキドキしたものだ。
『女の人の気配がしやしないかって、いつも思ってたっけ』
幼かった自分にも、プライベートのカカシの生活に対する興味はあった。
でも、いつ寄っても、寄ると宣言しないで行っても、そんな気配は全くなかった。
サクラの頭の中で、そのこととナルトが結びついたのは、いつだったろう。
無意識では、とうにわかっていた。
先に部屋に上がったカカシが明かりをつける。
無機質な蛍光灯は、どうも無遠慮すぎて、サクラは、「ダメ」と言った。
「え?」
カカシが振り返る。
もうその覆面は、下ろされていた。
「変に明るくて厭なの、この明かり」
「ああ・・・蛍光灯?」
サクラが頷く。
カカシは一瞬サクラを見つめたが、それはサクラの意図を計るものではなく、蛍光灯以外の光源を考えていたのだと、次のセリフで知る。
「ロウソクしかないよ?」
「それがいい」
サクラも部屋に上がって、薄いコートを脱いだ。
ロウソクに火を灯して、カカシが蛍光灯のスイッチを切る。
部屋の中央で、明らかにクリスマス用のキャンドルが、ほのかに部屋を照らしていた。
「もう、服が臭い!!」
「え?なんで?」
「髪も。居酒屋の焼き鳥だわ」
「ああ(笑)」
座ってもいい?とベッドを指すと、カカシが頷く。ロウソクを前に、カカシもベッドに座った。
穏やかな炎は、ゆらゆらと揺れて、最前まではあり得ないような今の状況を、静かに心に積もらせる。
「クリスマス」
サクラがつぶやく。
カカシは「ああ」と、ロウソクを見る。
「ナルトね」
言って、カカシを見る。
頷かない。
でも、否定もしなかった。
また沈黙が部屋を満たす。
長い沈黙は、この照度にあっては心地よく、サクラは戸外の音を聞いた。
強くなってきている風は、高い木や電線を揺らしている。
そのざわめきは、逆に室内の穏やかな空気を感じさせた。
「風が強いみたいだね」
ポツリとカカシが言う。
「先生」
声のトーンを違えて、サクラが言った。
「なに?」
カカシも静かに返す。それは意志的で、やっと、サクラに向き合う気になったらしい。
「質問に答えてくれてない」
フッとカカシが笑む。
「・・・ナルトか?」
「うん」
カカシがいきなり身体を後ろに倒した。弾みでベッドのスプリングが軋む。仰向けになって、カカシは、頭の後ろで手を組んだ。
「凄いんだ、あいつの求愛」
言いながら、カカシはちょっと咳をした。
「あ、サクラもそれは知ってるか」
アカデミー卒業直後の事を言ってるのだろう。たしかに、アカデミーにいたときから、サクラはナルトの初恋の人だった。
「問題はナルトの熱心さじゃないわよ」
切り捨てる。
風が窓をカタカタ鳴らす。カカシが、髪をいじる音がした。
「・・・そうだな」
カカシが言った。
「奴と寝たよ」
先生、それなのに・・・・
「まだ迷ってるの?」
「サクラは」
「ん?」
「なんでそんなこと聞くの?」
サクラは、身体をよじって、カカシの顔を見た。
額当ても、ベッドの上に落ちていて、こうやって見れば、どうして以前は「先生」に見えたのか不思議なくらい、恋愛対象の男にしか見えない。
「だって、私とも寝るでしょ?」
カカシがサクラを見る。
サクラは、その手をカカシの胸の上に置いた。
静かな外観とは裏腹に、カカシの心臓が激しく鼓動しているのがわかる。
愛しい感情が、身体の奥からわき上がる。
「帰れって言わないの?」
言えないことを知ってて、そう問う。
カカシは、返事をする代わりに、胸に置かれたサクラの手を握った。
「困ってるでしょ?」
カカシは素直に頷いた。
「ああ・・・困ってる・・・・な(笑)」
「先生、誘惑に弱いのね?」
「そうかな?」
カカシの言葉は、サクラの手を握る手の強さと連動していた。喋りながら、時々キュッと強くなる。
「弱いわよ。イルカ先生なら、ナルトとも私ともこうならないもの」
カカシがサクラの手を放す。
酷いことを言っている自覚は、もちろんある。
「責めてるの?俺のこと」
まさか、とサクラは、カカシの身体に寄り添って、自身も横たわる。
「先生がかわいくってしかたないの」
「・・・かわいい?」
「ふふふ・・・」
その手を下半身に滑らせた。まだ柔らかいそれは、確実に血液を集めはじめている。
カカシの手が、サクラの髪に触れる。
「結構酷いこと言うね、サクラ」
「わざとよ」
「・・・・そうなんだ」
サクラの手がカカシのズボンのファスナーを下ろす。
カカシの手が、サクラの手を抑えた。
「先生?」
「・・・・先生って言うな」
「せんせい!!私だってずるい人間だって言ったわよね?」
「だって、五代目に」
「え?」
「綱手様に怒られる・・・」
サクラが吹き出した。
「ほんと・・・もう、ツボ」
「サクラ・・・」
「ねえ、せんせい!!」
先生と呼ばれるたびに、カカシが唇を歪める。
サクラは、カカシの耳に口を寄せた。そしてささやく。
「カカシ先生、あなたが『先生』だからよ」
カカシが理解していない目でサクラを見る。
馬鹿ね、ホントに。
サクラは笑った。
その無駄に完璧な容姿。他を圧倒する強さ。そして、先生というアナタらしくない呼称。
その全部に、感じてるの。
「だから、みんな、アナタのこと、」
サクラは、カカシの耳に口付けた。
「好きなのよ」
2008.05.13