真夏の夜の話




  「そうだ、サイ!」

すっかり溶けたかき氷の、きれいなグリーンのマーブルを、銀のスプーンで弄んでいたサクラは、何かを思いついたらしい。
  「なに?」
まだ、ゆっくりかき氷を食べていたサイは、その動きを止めずに目を上げた。
チリンと、軒に下がった風鈴が夜風に揺れる。
夏祭りに合わせて、商店街の店先にも色とりどりの提灯が下がり、縁台が出されて、お客が涼んでいる。
その、賑やかな所からちょっと離れた店先で、サクラ達も涼んでいた。
暑い、寝苦しい夜が続いていたが、今夜はいくらか、風がある。
任務後に、何とはなしに連れ立って、カラフルなかき氷にしばらく熱中したあとだった。
  「ほら、この間の」
イチゴシロップが、サイの唇を赤く染めている。その色を舌で舐めとり、サイはちょっと考えて、
  「ああ、先週の、廃屋の任務?」
と返した。
  「なんだってばよ?・・・・・あ、宇治金時ね!!」
ナルトが3つ目のかき氷を注文する。
  「それがさあ・・・サイと二人での、まあ、Dランクの任務だったのよね?」
大きな任務の合間に、ついでに、みたいな任務が付帯していることがある。
7班にとってのDランクは、もう、任務とも呼べない雑用だったが、忍者のレベルが上がれば、文字通り何でも屋になってしまう今の里の事情もあった。
サクラにサイが補足する。
  「ただの実態調査。その廃屋の位置確認、内部調査・・・それだけ」
里や国内の廃屋調査は、頻繁にある簡単な、しかし重要な調査ではあった。不穏な人間が、拠点に使用する場合が多いので、位置と状況の確認は、怠ることができない。
  「そこで・・・ね」
サクラが、意味ありげに座る一同を見回す。
  「どういう方向の話だい?」
色っぽい話だったら、適当に退散しようという意図見え見えのヤマトの確認に、
  「出た・・・話ですよ」
と、サイが返した。
その目には、若干、ヤマトに対する呆れも入っていた。
  「サイ、複雑な表情だってば」
ナルトが感心する。
  「でも、出たってのは・・・・」
ヤマトが、今度こそ退散する勢いで尋ねる。
そんなヤマトの、サクラは右を、サイは左を抑えて、二人で返す。
  「もちろん」
  「幽霊よ」
チリンと、タイミング良く風鈴がヤマトの背後で鳴って。
動けないヤマトが情けない悲鳴を上げた・・・・・





実際、任務内容としては簡単なもので、数件の廃屋を手分けしてまわって記録する、というものだ。
  「でも、私、手抜きはできないタチだから、時間かかっちゃうのよね」
サイが、思い出したようにちょっと顔をしかめる。
  「サクラの調査は、本当に徹底しているよ。あんなに時間をかけたのは初めてだ」
  「違うよ。みんなが適当なのよ。有事に調べ直しなんてしてられないんだよ?」
ヤマトが頷く。
  「サクラの言うとおりだな。そのときの状況だけじゃなく、将来的な可能性も加味すれば、時間はかかるだろうな」
サイが肩をすくめた。
ナルトが、次のかき氷の吟味をしながら言う。
  「で?夜に行ったのか?」
  「いや、昼だよ」
  「昼?」
ヤマトが拍子抜けしたように言う。
  「お化けの話だろ?昼に出たのか?」
  「お化けじゃないです!!霊ですよ!!」
サクラが訂正した。
サイが、また呆れたようにヤマトに言う。
  「隊長、わかってないですね。定番の夜じゃなく、昼に出たんですよ」
  「え・・・?どういうこと・・・・?」
  「最強ってことでしょ?」
サクラが言うのと、ヤマトが立ち上がるのが同時だった。
  「ぼ、僕は、帰るよ・・・あ、これ、かき氷のお金。も、もちろん、僕のおごりで」
が、今度はナルトがヤマトの肩をグッと押さえた。
  「隊長ってば、彼女いないんだろ?帰ったら、暗い部屋に一人だってばよ?」
それに、このお金足りないよ、俺の4杯目が入ってないってば、とトドメを刺す。
ヤマトは顔面蒼白になりながらも、再び座った。
  「で・・・・どんな話なの?」
サイが紙挟みの中から、数枚の写真を出した。
  「写真?」
  「そう。調査自体は滞りなく終わったんだ」
  「でも、提出書類に添付する写真を現像したら・・・ぶっ!!」
サクラが言い終わらず吹き出す。
ヤマトの目がしっかりと閉じられていた。
  「このどこに霊がいるんだってばよ?・・ん?」
ナルトの目が一枚に注目する。
  「ここ・・・廃屋?なんだよね」
  「そう・・・それよ、ナルト」
  「じゃあ・・・この、こっち見てる人って・・・・?」
  「はっきり写ってるよね」
  「ホントに誰もいなかったのか?」
  「うわああ!!!!」
何も見てないのに、会話を聞いただけでヤマトが叫んだ。
道行く人たちが、びっくりして足を止める。
蒼白になってブルブル震えているヤマトと、そのまわりで爆笑している3人を、怪訝な目で見ていた。





  「サクラちゃん、ちょっと怒ってたよ」
遠くから蛙の大合唱が聞こえる縁側で、ナルトは「ああ、食い過ぎた」と寝転んだ。
  「怒る?なんで?」
カカシが、ナルトのお土産のたこ焼きを食べながら言った。
  「納涼だろ、夏の怪談ってさ。それなのにヤマト隊長がもう、ね」
カカシが笑う。
Tシャツとトランクスだけの格好で、縁側から足を下ろしている。
寝ようとしていたところに、ナルトがやってきたのだ。
  「あいつ、ひどい怖がりだったんだなぁ」
  「雰囲気、ぶちこわしだってば。たぶん、今夜、サイが隊長の所にお泊まりだよ。怖がっちゃってみんなで送ったんだから」
  「はははは・・・」
カカシがたこ焼きの一つをナルトの顔の上に持って行って口に落とす。
ナルトがそれを食べる。
  「食い過ぎたって言ってたよな?」
ナルトは起き上がると、
  「そういや、サクラちゃんが言ってた」
  「何を?」
  「怖い話って、身体が興奮して、体温が上がるんだって。で、相対的に、外気を涼しく感じるって
   ことらしい」
  「へえ。さぞかしヤマトは涼んだことだろうね」
カカシはそう返事をして、蛙の声を聴くようだった。
ナルトは、そっとカカシの様子をうかがう。
少し乱れた銀髪が、カカシの生活を垣間見させてくれているようで、静かに心音が高くなる・・・・・


少し前。

帰らないでとすがるヤマトを二人に押しつけて、ナルトは夜道を駆けた。
もう、とっくに祭りも終わり、道をゆく人は少ない。
気が急いて、ナルトは走る。
なぜだかわからない。
任務の最中には感じない何かを、みんなと一緒にいるときには感じてしまう。
激しい時間の最中には、思い出しもしない懐かしい感じが、何気ない時間には・・・・
感じられてしまう。
足は、自然にカカシの家に向かい、
ああ、俺のこの気持ちにはカカシ先生が関係しているのか、と気づく。
もう寝静まった住宅地の一角の、古い木戸を開ける。
  『先生、寝てた?』
静かな障子の向こうに、少し気落ちして、それでも声をかける。
全く気配がしないのに、すっと障子が開いて、
  『どうした?』
と、いつもの声がした。
体温が、上がる・・・
寝間着代わりであろう下着姿で、カカシが姿を現す。
  『遅くにごめん。たこ焼き、だ』
ナルトがたこ焼きを掲げてみせると、カカシが縁側に出てきて、『終わったのか?お疲れさん』と笑顔を見せた・・・・


  「先生、なんかさ、お祭りなんか見てると、」
  「うん」
  「こう・・・気持ちが揺さぶられるんだ」
  「・・・うん」
  「俺、この里が好きなんだなぁって思うよ。何より、大事なんだ」
カカシが微笑んで、
  「やっぱり頼もしいな、ナルトは」
と言った。
身体の芯が熱くなる。
わからない。
わからないけど、
先生との、こんな時間が、
凄く・・・・
好きだ・・・

  「しかし、暑いな、今夜も」
カカシが立ち上がって庭を見渡す。
  「先生、俺は涼しいってば」
  「え?なんで?サクラの怪談か?(笑)」
ナルトは応えず、縁側から庭に飛び降りた。
  「火影候補には、やることがいっぱいあるってばよ」
  「ナルト?」
  「帰って、寝るっ!!」
  「なんだよ、急に」
走り出そうとするナルトにつられて、カカシも裸足で庭に飛び降りた。
  「な、なにやってんの、先生!?」
  「あ、いや、お礼言おうと思って」
  「は?」
カカシがナルトの腕に手をかけて、まっすぐこっちを見る。
  「たこ焼き」
と言った。
  「え?」
  「たこ焼き、どうもありがとう」

ナルトは、もう、後も見ず駆け出す。
乱暴に木戸をくぐって、鎮まりはじめた夜の空気を裂いて走る。
ああ、と自分の身体を抱く。
無意識に、里と先生を重ねて話していた、自分の比喩にやっと気づく。
せんせい、せんせい、かかしせんせい、
荒くなる呼吸と一緒にカカシを呼ぶ。

好きだ、好きだ、好きだ

初めてそう、はっきりわかったのに、ずっと前から好きだった。
わかったはずのこの気持ちは、気がつかなかったときより、強く、強く、ナルトを揺さぶる。
自分を無理に制御しなければ、また、カカシの家に戻っていきそうだった。
隊長みたいとふっと思って、ナルトは苦笑する。
今、一人でいたくはなかった・・・・

暗い夜空を見上げると、耳に蛙の声が戻ってくる。
遙かで鳴く恋の声は、すぐカカシに結びついて、一人でいたくない気持ちに拍車をかける。
カカシに熱せられた身体は、いまは、ただ走る熱の塊になって、
  「やっぱ暑いよ」
ナルトは暗い虚空にそう言った。



2009.07.01.

暑いから縁側の雨戸は閉じてなかったのです
コレはこれで完結ですが、違う展開で続けてみました。次の同タイトルです