真夏の夜の話 (繋がる) 1




[ 注意 ] 同タイトルとは違う展開になっています




  「サクラちゃん、ちょっと怒ってたよ」
遠くから蛙の大合唱が聞こえる縁側で、ナルトは「ああ、食い過ぎた」と寝転んだ。
  「怒る?なんで?」
カカシが、ナルトのお土産のたこ焼きを食べながら言った。
  「納涼だろ、夏の怪談ってさ。それなのにヤマト隊長がもう、ね」
カカシが笑う。
Tシャツとトランクスだけの格好で、縁側から足を下ろしている。
ふっと顎を上げて、ナルトは障子の開いた間隙から、暗みに白っぽくある寝具を見た。
横になるかならないで起きたらしく、乱れてはいなかった。
  「あいつ、ひどい怖がりだったんだなぁ」
カカシが笑いながら言った。付き合いが長いだろうに、そういうことは知らないらしかった。
  「雰囲気、ぶちこわしだってば。たぶん、今夜、サイが隊長の所にお泊まりだよ。怖がっちゃってみんなで送ったんだから」
  「はははは・・・」
カカシがたこ焼きの一つをナルトの顔の上に持って行って口に落とす。
ナルトがそれを食べる。
  「食い過ぎたって言ってたよな? (笑) 」
カカシの声は、静かで穏やかで、適度な距離から発せられているのに、随分近い感じがする。
それを避けるようにナルトは起き上がると、
  「そういや、サクラちゃんが言ってた」
  「何を?」
  「怖い話って、身体が興奮して、体温が上がるんだって。で、相対的に、外気を涼しく感じるってことらしい」
  「へえ。さぞかしヤマトは涼んだことだろうね」
カカシはそう返事をして、そのあとは蛙の声を聴くようだった。
ナルトは、そっとカカシの様子をうかがう。
少し乱れた銀髪が、カカシの生活を垣間見させてくれているようで、静かに心音が高くなる・・・・・


少し前。

帰らないでとすがるヤマトを二人に押しつけて、ナルトは夜道を駆けた。
もう、とっくに祭りも終わり、道をゆく人は少ない。
気が急いて、ナルトは走る。
なぜだかわからない。
任務の最中には感じない何かを、みんなと一緒にいるときには感じてしまう。
激しい時間の最中には、思い出しもしない懐かしい感じが、何気ない時間には・・・・
感じられてしまう。
足は、自然にカカシの家に向かい、
ああ、俺のこの気持ちにはカカシ先生が関係しているのか、と気づく。
もう寝静まった住宅地の一角の、古い木戸を開ける。
  『先生、寝てた?』
静かな障子の向こうに、少し気落ちして、それでも声をかける。
すると、全く気配がしないのに、すっと障子が開いて、
  『どうした?』
と、いつもの声がした。
一気に、体温が、上がる・・・
寝間着代わりであろう下着姿で、カカシが姿を現す。
  『遅くにごめん。たこ焼き、だ』
ナルトがたこ焼きを掲げてみせると、カカシが縁側に出てきて、
  『終わったのか?お疲れさん』
と笑顔を見せた。
さっきまでの急いた気持ちが落ちどころを見つけて、全身がゆるんでいく。


  「先生、なんかさ、お祭りなんか見てると、」
  「うん」
  「こう・・・気持ちが揺さぶられるんだ」
  「・・・うん」
  「俺、この里が好きなんだなぁって思うよ。何より、大事なんだ」
カカシが微笑んで、
  「やっぱり頼もしいな、ナルトは」
と言った。
身体の芯が熱くなる。
わからない。
わからないけど、
先生との、こんな時間が、
凄く・・・・
好きだ・・・
  「しかし、暑いな、今夜も」
カカシが立ち上がって庭を見渡す。
  「先生、俺は涼しいってば」
  「え?なんで?サクラの怪談か?(笑)」
ナルトは応えず、縁側から庭に飛び降りた。
  「火影候補には、やることがいっぱいあるってばよ」
  「ナルト?」
  「帰って、寝るっ!!」
  「なんだよ、急に」
走り出そうとするナルトにつられて、カカシも裸足で庭に飛び降りた。
  「な、なにやってんの、先生!?」
  「あ、いや、お礼言おうと思って」
  「は?」
カカシがナルトの腕に手をかけて、まっすぐこっちを見る。
  「たこ焼き」
と言った。
  「え?」
  「たこ焼き、どうもありがとう」
瞬間、動けなくなる。
ガキな俺に、律儀に礼を言う、淡い色の唇。
俺に、礼がキチンと伝わっているか、確認するように丁寧に言う言葉。
背が伸びた俺の手は、容易に先生の髪に触れる。
止まらない。
そのまま先生の頭をおさえて、伸び上がるように口付けた。

少しだけ俺より冷たい唇の、ちょっと内側の滑らかな粘膜。
美味しそうな青のりとソースの味がする舌。
たぶん、先生は、俺の舌に残るかき氷の甘味を感じている。

息継ぎに唇が離れた時、
  「ごめん」
と先生が言った。
  「なに言ってんの?」
チューしたのは俺だから、と言うと、
  「お前を止めなかったのは俺だ」
と言った。
ナルトの指が、カカシの髪を梳きながら離れていく。
  「せん・・せい・・」
カカシの右手が伸びてきて、その指がナルトの唇を拭った。
  「なに・・・どうして?」
  「お前の気持ちが大事だから」
  「え?」
  「俺・・・お前を惑わせたかもな。ごめんね」
触れてくる指を払って、ナルトは怒鳴る。
  「ばっかじゃねえの?キスしたのは俺だってばよ。先生じゃねえ」
カカシは、払われた指をそのままに、でも、強く言い返す。
  「若いと、そう錯覚するんだよ」
  「馬鹿にすんなよ」
ナルトはカカシをにらみつけた。
こんなに好きなのに。
こんなに愛おしいのに。
なんで俺らは言い争ってるんだろ。
  「先生のことは好きだけど、俺の気持ちまではコントロールできないよ」
  「ナルト、お前・・・」
  「先生がどうしてもしなくても、俺は先生が好きだし、この気持は俺のもんだ」
  「だから!!」
今度はカカシが、両手でナルトの髪をつかんだ。グイとこちらを向かせる。
それはちょっと乱暴で、ナルトは顔をしかめる。
  「先生、好きだ!!」
  「やめろって、ナルト!!」
  「いやだ!!」
言い終わらないうちに、カカシが口づけてきた。
  「!!!」
息をし損なったナルトが苦しそうに眉を寄せる。
何かのスイッチが入ったように、カカシのキスは濃厚で、乾いた口中に、カカシの唾液が流れ込んでくるのがわかった。
唾液がこんなに澄明な水のように感じられるなんて、ナルトは知らなかった。

長いキスから解放されて、見上げるカカシの唇は、互いの唾液で濡れていて、夜目にも色づいているのがわかる。
肩で息をするナルトに、カカシが言った。
  「やめろって言ったろ?」
カカシの表情は、今まで見たどんなシーンのものとも違っていた。
  「先生・・・・」
  「俺だって・・・」
言いながら、カカシの腕がナルトの頭を胸に抱きしめた。
その抱きしめる加減は、本当に優しくて、ナルトは泣きそうになる。
  「どうしていいか分からなくなるんだよ、ナルト・・・・」
カカシの肩越しに、もう次の日になった暗い夜空が見えた。
涙に歪んだ夜空は、星を金平糖のように見せ、頬に流れ落ちる涙と共に消える。
  「ごめんなさい」
小さくカカシが言うのが聞こえて、
それはたぶん俺にじゃない、とナルトは思った。




2009.07.04.