欠片(かけら)




横から射していた強烈な日差しは、今は、植え込みの程よく茂った広葉樹にさえぎられて、ギラギラとしたオレンジの光の欠片が、相対的に薄暗くなった部屋のそこここにへばりついていた。
カカシの身体についているそれを、思わず手を伸ばしてはがしそうになって、サクラは笑った。
  「鮮やかね」
  「サクラにもついてるよ」
カカシはそう言って、目でサクラの身体を示す。
右の肩に、ゼリーのように綺麗なオレンジ色が乗っかっている。
  「美味しそう」
と言ってしまったサクラに、カカシは笑むだけだった。


***


外は一面の雪景色。
そう思って油断していたら、夕暮れにはやっぱりすべてが綺麗なオレンジ色に染まる。
ときどき、あの暖かな初夏の夕暮れを思い出し、そして、自分がどうしてそのシーンを思い出すのか、わからないでいた。
白く曇る窓は、その曇りの中に太陽のオレンジを閉じ込めて、それ自体が冷たく発光しているかのようで、サクラは思わず指で冷たい面をなぞる。
キャンディーの様に溶け出した雫は、ゆっくりと重力に引かれて伝い落ちた。


今はもう誰もが忙しく、でも、里に居るカカシとは、時折、顔を会わせることはある。
忙しい時には視線を交わし、時間があれば「どう?」と立ち止まって話をする。
そんな、なんの変哲もない日常。
いつもと同じ、先生とちょっと前の教え子。
でも。
いつも脳裏に引っかかるのは、フッと笑んだあの日のカカシの横顔。
鮮やかなオレンジの輝線が、カカシの横顔をトレースして・・・・・


溶けた雫も、冷たいガラスに、みるみる再結氷していく。
さっきまでの黄色がかったまぶしい橙色は、いまは、濃いブラッドオレンジの色だった。
美味しそうな色に沈んだカカシの横顔は、いつも通り覆面をしていたはずなのに、素顔の印象を持っていることに、ようやく気づく。
未だ、先生の顔なんて見たことないのに、私の記憶では、先生が素顔で笑ってる・・・・
おかしな、誤った、変な記憶・・・・・・


  「あ、サクラ!!」
不意に呼ばれて振り返る。
外から戻ったばかりらしい、冷たい空気を纏ったカカシが立っている。
  「先生」
  「怪我した。診て」
乱暴な足音とともに近づくと、いきなり右腕をグイと突き出す。
  「利き腕?なにやってんですか!!」
利き腕を怪我して、それでも顔が緩んでいるカカシにいらだって、サクラはカカシの腕をとる。
袖をまくり上げて傷がないのを認め、ついで、硬く握られている拳に気づいた。
  「え?手のひら?・・・ですか?」
そ、と軽く頷くと、カカシはサクラにされるがまま、手のひらを開く。
そこには、透き通ったセロハンに包まれたオレンジ色のキャンディーが数個、乗っていた。
  「なに・・・・これ・・?」
  「もっとあるんだよ。でも、俺の手に隠せるのはこれくらい」
  「・・・どうしたんですか?」
カカシはちょっとだけ逡巡すると、
  「サクラは覚えてないかもしれないけどさ」
と、サクラの手に、キャンディーを握らせる。
  「前に、夕日が美味しそうって言ってたじゃない」
あ・・・
  「ここに来る途中、お菓子屋の店先で、コレが綺麗に光っててさ」
  「・・・・・」
  「思い出したの」
カカシが、その見えてる目で、にっこり笑う。
あの日、あの、暑い初夏の午後、私が見ていたのは・・・・
  「これで願いがかなったね、サクラ」
  「え?」
  「食べれるじゃない、夕日の色(笑)」
間違いの記憶なんかじゃない。
本当の先生、だったんだ・・・・・
カサカサと軽い儚い音をさせて、オレンジ色の塊が手のひらで遊ぶ。
  「私も思い出してたの」
  「え?」
  「あの時のこと」
あの日の先生の顔。
いや、先生なんかじゃなくて。
たぶん、私は、カカシっていう男の人を見ていたんだ。
  「そうか。きっと同じ色だったんだろうな、今日の夕日」
軽く頷くと、カカシは「じゃ」と背を向けた。
その唐突な行動と、僅かに見えた狼狽の色に、サクラも鼓動が激しくなるのを感じる。
  「先生」
つぶやくように、思わず出た声は、確かにカカシには聞こえていて、軽く上げられたその右手に、サクラは頬を抑える。
セロハンの音が耳に響いた。


振り返って見た窓は、もう暗く、僅かに白さを残した群青に染まっている。
さっきつけた指の跡も、綺麗に白く凍っている。
そこに指先を置いて、冷たい外気を確認する。
はじまる前には、意識するどころか、気づきさえしなかったのに、動き出すと、途端に、締め付けられるような切ない感傷に満たされる。
サクラは深い溜め息をついた。
ゆっくりセロハンを剥く。
味わう前に窓にかざしたオレンジは、陰気な空に浮かぶ月のようで。
とても太陽の欠片には見えなかった。



2009.03.01.