格差ラブ




ものすご~く好きなんだけど・・・・・・なあ・・・



ナルトはジリジリに焼けた、古いベンチの前に立つ。
乾いた白い道の傍らにあるベンチは、太陽の加減で木陰から逸れ、その大半を容赦ない光線に晒していた。
ただでさえ暑いってのに、木製のベンチは、炎天下で熱を吸って・・・・
  「あち~~・・・」
ナルトに向かって、その熱を吐き出していた。
ちょっと心臓をドキドキさせて、いつも先生が座っているベンチまで来てみたけど、
  「こんなに暑くちゃ、・・・」
ベンチに触れる。
覚悟してたより熱くて、ナルトは顔をしかめて手を離した。
自分の濃い影がベンチにクロスして、自分の影と、そこにいつも座っているカカシが網膜の奥で重なった。
自分たちがまだ未熟だった頃は、カカシもそのお守りに忙しく、カカシ自身も慣れていないこともあって、カカシがこんなところにゆっくり座っているところなんて見たことがなかった。
でも、いつしか時間が経って、気づくと、カカシはいつもこの風景に溶け込んでいた。
  「時間が経って・・・・」
そう、時間だけが過ぎたんだ。
俺はなんにも変わっちゃいないし、先生だって、ずっと・・・・


  「ずっと、俺たちの先生だ」


焼けたベンチは、焦げたにおいすらする。
先生、か。
ずっと先生。
その呼称は、ずっと一緒だという安心感と、どこまでいっても平行線から脱せない味気なさを含んでいた。
空を見上げかけて、太陽の強烈さにまた、足下のベンチを見つめる。

すごく
すごく
好きだ。

もうわかっている。
先生が、この気持ちに応えてくれるはずなど無い。
俺の好きは・・・・・


ベンチに乗る影の濃さが、目をくらませる。
焼かれた首筋から、汗が流れ落ちた。
白い地面に落ちた汗は、聞こえない音を立てて地面に吸い込まれる。


俺の好きは、あれだ。性欲が伴う好きだ。


そう、心の中で言い切って、「へへへ」と笑ってみるが、でも、ナルトには照れもない。



障害が多すぎるのは・・・わかってるってば



自身の影で、ほんの少しだけ熱を鎮めたベンチに、腰を下ろしてみる。
  「!!!・・・・・やっぱ熱いってばよ」
我慢して体温で熱を下げる。
  「俺が37℃で、えっと、ベンチは・・・・何度あるんだ?」
近くなった地面は、容赦ない輻射熱をナルトに浴びせ、低くなった視界は、顔を上げられなかったさっきより、より遠くが見渡せた。
熱で揺らぐ空気の向こうに続く白い道を、見るともなく見た。


  「暑い・・・・」

俺も・・・・・熱い。


と、道の向こうから、のんびりした気配を漂わせてカカシがやってくる。
  「あれ、ナルト?」
ベンチが我慢できるギリギリの熱さでよかった。
でなきゃ、今の動揺しまくりの気持ちなんか隠しきれなかった。
ナルトは苦笑いして、カカシに向かって手を上げる。
カカシが来ることなんて想定内なのに、実際そうなると、心臓は想定外の動きをする。
  「お前もここ、気に入ったのか?」
  「え?・・・ああ」

でも、熱くて座れそうもないね、お前、熱くないの?

カカシがしゃっべっている。
暑さと、熱さでボーッとなった頭に、大好きなカカシの柔らかい声が響いた。
もっと聞いていたい。
もっと近くで、聞いていたい。

そして、多分。
今しかない。


暑さにコントロールされた無責任な脳は、そんな勝算のない答えをはじき出した。

俺は座れないなぁ~。お前は変なトコ凄いよね~・・・・

  「好きだってばよ」
  「え?」
ちゃんとカカシには聞こえたらしい。
見上げたカカシは太陽を背負っていて、ナルトより太陽に近い分、暑いに違いない。
輝線をまとった自身の影の中のカカシに、ナルトはもう一度言う。
  「好きだ、先生」
沈黙が茹だった空気を支配して、ナルトが唾を乾いた喉に押し込む音が、響く。

  「ダメだよ、ナルト」

カカシがいつもと変わらぬ調子で言う。
ナルトの身体の緊張が、一気に解けた。
足下に目を落としたナルトの耳に、暑さから目を覚ました、一匹の蝉の鳴き声が響く。


ジジジーーーー・・・・


  「下忍じゃあ・・・ね~?」


え?
なに?

ナルトが慌てて、カカシを見上げる。
影になったカカシの顔は、覆面の奥で、確かに笑っていた。
  「な・・・なんだって?」
  「お前、まだ下忍だろ?」
言われるまま頷く。
  「萌えないよね」

は?

思わず立ち上がりかけるナルトの肩を、カカシが愛読書を持った手で、やんわり押し戻した。
  「火影になったら、もう一回言ってよ」
唖然としてベンチに座り直したナルトに、もう一度笑いかけると、カカシは今来た道を戻っていった。

馬鹿みたいに蝉が競って鳴き始める。
確かに流れた現実の時間を消化し切れず、ナルトはその背を見送るばかりだった。




  「いいじゃないの」
アンタ、両刀だったのね、と軽く納得したあと、サクラが言った。
  「よくないよ。振られたんだってばよ」
  「慣れてるでしょ?」
  「・・おい」
ナルトにおごらせたラーメンをすすりながら、サクラが続けた。
  「先生もかわいいわよね」
  「うん・・・・・あ、いや、どういう意味で?」
  「照れてるんじゃないの?」
  「え?」
  「先生っていう立場に困ってるのは、先生のほうかもね」
ナルトはサクラの顔を見た。
サクラがウインクする。
ナルトはその様にもドキドキして、サクラから目を背けた。

店の外はもう暗い。
火照った空気は、とっくに、そのギラギラしたトーンを落としていた。
  「暑い日だったよね」
ラーメン屋ののれんをわけて、サクラが外に出る。
  「ああ・・・・」
そのあとにナルトも続く。
  「あつい日だった」
あついという言葉に、別な意味を込めて、ゆっくり、そう言った。





2008.09.07.

夏の話を書き上げたら、もう、秋・・・・・