前へ前へ




俺は縁側に座っている。
空を見上げる。
あまり天気はよくない。
少し肌寒い感じすらする休日の午後。


カカシは、借りていた部屋を出て、今では、古いが庭付きの一戸建てに住んでいる。
ナルトは、時々、こうしてカカシの家に押しかけた。
カカシは、拒否こそしないが、歓迎も月並みだ。
腹が減ったと言えば、「なんか喰うか?」と言う。
泊まっていっていい?と聞くと、なんでもないように「ああ」と言う。
ナルトは、なにやら家事をしているらしいその背を、つくづく眺める。
無防備といえば無防備な、その、あまりにこちらに無関心なその背を、もうどのくらい、見てきただろう。
無関心っぽいのをいいことに、
  「先生、・・・いい?」
とか言って遊ぶこともある。心の中で「抱いても」を叫んで、そこだけ声にしない。
部屋の奥で、何かしている先生は、やっぱり「いいよ」とか言って、いつもナルトを苦笑させた。


その日も、そんな馬鹿げた一人遊びに興じていたら、カカシが、珍しく尋ね返してきた。
台所から持ってきたらしい、手には缶コーヒーを二つ持っている。
一つを静かにナルトの横に置いた。
  「さっき、なんて言ってたの?」
  「え?」
  「なんか、俺に聞いてたろ?」
ナルトは、隣に座ったカカシを見た。
なんの思惑もない、純粋にただ質問している。
その質問が、俺を窮地に追いやって、アンタ自身をも巻き込むことを、まったく知らないで、あの、写輪眼のカカシが、こういうことには本当に無防備で。
缶コーヒーのプルをプシュっとさせて、カカシは、やっとナルトの視線に気付く。
  「何?」
もう、我慢できなかった。
  「どうしてそんなに初心(うぶ)いんだ?」
  「は?」
意味を理解できず、カカシはナルトの目を真っ直ぐに見る。
ナルトと至近距離で見詰め合うことは、カカシの本意でもなかったらしく、ちょっと狼狽したように見えた。
あわてて目をそらして、「初心いって意味わかってんの?」と言った。
うなずく代わりに、飲もうとするその缶を、横から奪う。
  「!!」
意味不明なナルトの行為の連続に、カカシは、少し不機嫌に眉をしかめる。
空は相変わらず曇っていて、ナルトはちょっとだけ天を仰いだ。
横でため息が聞こえた。
ナルトが、心をむき出しにした顔でカカシを見る。
それでも、先生は、まだ先生のフリをする。
  「ナルト、そんなに喉乾いてんのか?」
わざとだろ。気付かないふりだろ?
  「いいよ、それもやる」
もう少しで口をつけそうだった、今はナルトに奪われたそれを、カカシは目で示した。
それは、挑発っていうんだよ、先生。
  「2本もいらないってばよ」
ナルトは、バカ丁寧にそっと、缶コーヒーを縁側に置いた。
カカシは何かを諦めて、おとなしくナルトの茶番に付き合っていた。

無関心の次は、思考放棄だ。
つまりは、俺次第っていうわけ?
どこまでも先生か。
ずるいよな。
そして、それすら初心いと誤解釈する俺は、
  「牛乳はないよ?」
なんていう、その先生の作為まがいの発言に思いっきり笑う。
本気の爆笑は、曇天に心地よく響いた。
俺の先生は、呆れたように、缶コーヒーを手に取る。
  「最近変だよ、お前」
そう言って、冷たい缶を両手で暖めるように持ったまま、庭を見つめた。
俺が変だという先生は、それが「きっかけ」になること、わかっているんだろうか?
ナルトはカカシを見る。
俺にきっかけをくれるの?
  「俺は変じゃない」
もう少し押してみる。
  「いや、変だ」
ナルトは、視線をまた、空に戻した。
  「それ、告白に聞こえる」
そう言ったつもりで、でも、言わない。
黙って、雲を見つめる。
カカシが缶コーヒーを飲む。
その姿を目の端に入れて、ナルトは、雲が垂れ落ちるのを見ていた。


何度も、先生がくれたきっかけを無駄にして(多分)、それでも時間は、俺を前へと押しやる。
しまいには、ラストシーンがわかっているのに、知らないふりをして演じる役者みたいになっちまっていた。


それでも、ナルトは今日もカカシの家に行く。
垂れ込める雲の下、いつもの道を、心が急いで、息が弾む。
  「先生!」
縁側から大声で呼ぶ。ちょっとだけ顔を出して、「おう」と言って、また引っ込んだ。
  「先生ってば」
先生は台所で、また生返事。
  「うん?」
抱いて、抱いて、滅茶苦茶にしたいってば。
  「いいかな?」
  「ん~?いいよ?」
先生の返事に、嘘でも心がはしゃぐ。
そして、溜め息も一つ。
  「いいのか、こんなんで、俺」
ナルトは空を見上げると、カカシを待つ。
やっぱり缶コーヒーを持って、カカシは縁側に座るナルトの隣に来る。
  「天気が良くないね?」
そんなことを言う。
  「雨の季節がくるってばよ」
そうか、と言ってカカシが缶コーヒーを開ける。
  「うっとうしい季節だってば」
そうかな、とカカシがナルトを見る。

その視線は、この間みたいな、うっかり間違って至近で見つめた視線じゃなくて・・・

そして、

  「俺は好きだよ」

と、そう言った。
ナルトは缶コーヒーを握りしめる。

前に進んでいるのは、先生の方なのかもしれない。

ナルトも缶コーヒーを開ける。
窒素ガスが抜ける音がして、やがてぽつぽつと雨が降ってきた。



2008.04.28(拍手) / 05.04再up

2009.04.23 一部修正